新冷戦勃発で気候変動「問題」は終了する

2024年06月16日 06:50
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

3alexd/iStock

日本政府は2050年CO2ゼロ(脱炭素)を達成するためとして、「再エネ最優先」でグリーントランスフォーメーション(GX)産業政策を進めている

だが、世界情勢の認識をそもそも大きく間違えている。

政府は「世界はパリ気候協定のもと地球温暖化を1.5度に抑制する。その為に日本も脱炭素を達成する責務がある。いま脱炭素に向けて国際的な産業大競争が起きている」としている。

だがこれは本当か?

気候変動問題のために、ロシアが石油を減産し、天然ガスの輸出を止めるだろうか? そんな筈はない。ロシアにとって、石油と天然ガスの収入は、国家経済を支えるものであり、莫大な軍事予算を可能にするものだ。

そのロシアの石油を買っているのは中国とインドで、どちらも日量200万バレルという莫大な量を買っている。

たしかに多くの国はCO2ゼロを宣言している。だが実態を伴わず、本当に熱心に実施しているのは、日本と英独など、欧州の数か国ぐらいだ。

米国はといえば、バイデン政権は脱炭素に熱心だが、議会の半分を占める共和党は猛烈に反対してきた。実際のところバイデン政権の下ですら、米国産業は世界一の石油・ガス生産量を更に伸ばしてきた。

グローバルサウスのCO2排出は増え続けていて、かれらは「2050年に脱炭素を宣言せよ」というG7の呼びかけを端から拒否している。中国は、表向きはいずれ脱炭素すると言うが、実際のところは石炭火力発電に莫大な投資をしている。中国の石炭火力発電設備容量は日本の20倍ある。そして、今後数年で更に6倍分を建設する予定になっている。インドもベトナムも、石炭火力発電に投資している。

つまり世界は日欧のごく一部を除いて脱炭素に向かってなどいない。理由は簡単で、エネルギー、なかんずく安価な化石燃料は、経済活動の基盤だからだ。

そもそも気候変動が国際的な「問題」に格上げされたのは、リオデジャネイロで1992年に開催された「地球サミット」からである。これが1991年のソ連崩壊の翌年であることは偶然ではない。冷戦期は米ソの協力は不可能だった。冷戦が共産主義の敗北に終わり、民主主義が勝利したことで、ユートピア的な高揚感のもと、国際協力で気候変動問題を解決しようと言う機運が生まれたのだ。

これは当初からじつは幻想に過ぎなかったのだが、2022年にロシアがウクライナに侵攻したことで完全に破局が明らかになった。

そしていま、ロシアはイラン製のドローンを輸入し、北朝鮮から弾薬を購入している。中国へは石油を輸出して戦費を調達し、ドローンなどの軍民両用技術を含むあらゆる工業製品を輸入している。かくしてロシア、イラン、北朝鮮、中国からなる「戦争の枢軸」が形成され、NATOやG7はこれと対峙することになった。ウクライナと中東では戦争が勃発し、日本周辺においては台湾有事のリスクも高まっている。

この状況に及んで、自国経済の身銭を切って、高くつく脱炭素のために全ての国が国際協力することなど、ありえない。戦費の必要なロシアや、テロを支援するイラン、すでに米国に匹敵する軍事予算に達したと推計されている中国が、敵であるG7の説教に応じて、豊富に有する石炭、石油、ガスの使用を止めるなど、ありえない。かつての冷戦期にありえなかったことは、これからの新冷戦でも起こるはずは無い。ごく近い将来、気候変動はもはや国際的な「問題」ですらなくなるだろう。

次期米国大統領は「たぶんトランプ」だと言われている。すると米国の脱炭素政策は180度変わる。米国共和党は、気候危機など存在せず、中国やロシアの方がはるかに重大な脅威だと正しく認識している。バイデン政権が推進した脱炭素政策はことごとく撤廃される。グリーンディールも、ESG投資も、電気自動車推進も、パリ協定も、気候変動枠組み条約も、全てオシマイだ。

それで日本はどうするのか? ドイツなど欧州の一部と共に自滅的な脱炭素政策を続けるのか。それとも自国経済を滅ぼし中国を利する愚かな脱炭素政策を止めるのか。

すでにEV推進やESG投資は衰退をはじめ、EUでは農民の叛乱も起きて、EU議会ではグリーンディールに反対する右派が躍進した。SDGsエコバブルは終焉を迎えつつある。詳しくは新刊本「SDGsエコバブルの終焉」をぜひご覧ください。

This page as PDF
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

関連記事

  • 原子力発電に関する議論が続いています。読者の皆さまが、原子力問題を考えるための材料を紹介します。
  • 震災から10ヶ月も経った今も、“放射線パニック“は収まるどころか、深刻さを増しているようである。涙ながらに危険を訴える学者、安全ばかり強調する医師など、専門家の立場も様々である。原発には利権がからむという“常識”もあってか、専門家の意見に対しても、多くの国民が懐疑的になっており、私なども、東電とも政府とも関係がないのに、すっかり、“御用学者”のレッテルを貼られる始末である。しかし、なぜ被ばくの影響について、専門家の意見がこれほど分かれるのであろうか?
  • 前回お知らせした「非政府エネルギー基本計画」の11項目の提言について、3回にわたって掲載する。まずは第1回目。 (前回:強く豊かな日本のためのエネルギー基本計画案を提言する) なお報告書の正式名称は「エネルギードミナンス
  • 17の国連持続可能目標(SDGs)のうち、エネルギーに関するものは7番目の「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」である。 しかし、上記の資料は国連で採択されたSDGsの要約版のようなものであり、原文を見ると、SDG7は
  • EUのEV化戦略に変化 欧州連合(EU)は、エンジン車の新車販売を2035年以降禁止する方針を見直し、合成燃料(e-fuel)を利用するエンジン車に限って、その販売を容認することを表明した。EUは、EVの基本路線は堅持す
  • アメリカ議会では、民主党のオカシオ=コルテス下院議員などが発表した「グリーン・ニューディール」(GND)決議案が大きな論議を呼んでいる。2020年の大統領選挙の候補者に名乗りを上げた複数の議員が署名している。これはまだド
  • 国際エネルギー機関(IEA)は、毎年、主要国の電源別発電電力量を発表している。この2008年実績から、いくつかの主要国を抜粋してまとめたのが下の図だ。現在、日本人の多くが「できれば避けたいと思っている」であろう順に、下から、原子力、石炭、石油、天然ガス、水力、その他(風力、太陽光発電等)とした。また、“先進国”と“途上国”に分けたうえで、それぞれ原子力発電と石炭火力発電を加算し、依存度の高い順に左から並べた。
  • 企業で環境・CSR業務を担当している筆者は、様々な識者や専門家から「これからは若者たちがつくりあげるSDGs時代だ!」「脱炭素・カーボンニュートラルは未来を生きる次世代のためだ!」といった主張を見聞きしています。また、脱

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑