ドイツの総選挙前夜:沈みゆくレッド・グリーン政権と台頭するAfD

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ドイツでは各政党にシンボルカラーがあり、昨年11月までの政府は、社民党=赤、自民党=黄、緑の党=緑の三党連立だったので、「アンペル(信号)」と呼ばれた。しかし、今は黄色が抜けて、「レッド・グリーン(rot/grün)」政府だ。
蛇足ながら、中道保守と言われるCDU/CSU(キリスト教民主/社会同盟)が黒で、極右として糾弾され続けているAfD(ドイツのための選択肢)が青。そして、旧東独の独裁党の流れを引く左派党がピンクで、極左の疑いをかけられている新興の党、BSW(サラ・ヴァーゲンクネヒト同盟)がオレンジ、または燕脂(えんじ)。現在、ドイツは小党乱立なので、政界は誠にカラフルだ。
なお、緑の党はスイカと同じで、外は緑でも中身は社民党よりもさらに赤く、現在のドイツは堂々たる左翼政権。この3年間、補助金をばら撒き、企業や国民を規則でがんじがらめにし、社会主義のイデオロギーに基づいた独善的な国造りに励んできた実績を誇る。当然の結果としてドイツ経済の崩壊が進んでいる。
一方、11月に与党から離脱した自民党は、市場経済を信奉するリベラル派だ。産業寄りで、過剰な規則を嫌うので、元々、社民党とも緑の党ともソリが合わず、連立を組んでいた3年余り、喧嘩ばかりしていた。ちなみに今回の破談の背景にあったのは、エネルギー問題と言われる。
ウクライナ戦争でロシアからのガスが止まっているのに、さらに原発も止めてしまったドイツでは、電気代が高騰。EUで2番目に高く、今や米国や中国のほぼ2倍だ。その上、急激な再エネ拡大のせいで電力供給も不安定化しており、産業の立地条件としてはまさに最低。これでは誰もドイツに投資などできない。
エネルギーの高騰には、当然、国内の企業も悲鳴を上げているが、レッド・グリーン政府の耳にはそれも届かず、結局、諦めた企業がすごい勢いで、国外に逃避し始めている。
緑の党にとっての脱原発とは、ようやく叶った50年来の夢だ。しかも、それを成し遂げたのが、自分たちのハーベック経済・気候保護相。彼らが次期首相候補として担ぎ上げている英雄である。彼のせっかくの快挙を、産業の衰退だとか国民の困窮などといった一過性の“些細”な理由で崩せるわけはない。自党の偉大な業績は、未来永劫、歴史に刻まれるべきと、思っている。
ところが、自民党は産業界の惨状をこれ以上看過できず、「原発を動かし、エネルギー価格を下げよう」と提案。ただ、ショルツ首相にすれば、野党がそう言うならまだしも、自民党がいうのは沽券に関わる。結局、内閣は破裂。
自民党と緑の党との間に、エネルギー政策に関する重大な齟齬があるのは今に始まった事ではない。例えば2017年9月の総選挙の後、メルケル首相の下では、CDU、緑の党、自民党の連立交渉が進行し、この3党の連立はほぼ確実と見られていた。
ところが、最終的に交渉は決裂し、リントナー氏が「悪い政治なら、しない方がマシ」と言って退場。これにより、メルケル氏は念願だった(と、今では皆が知っている)緑の党との連立を叶えられず、緑の党は念願だった与党入りを棒に振った。皆がリントナー氏を恨み、メディアは自民党を「妥協のできないダメ政党」と決めつけ、囂々と非難した。
ただ、メディアが報じなかった破綻の主原因は、この時もエネルギー。当時、緑の党は、20基の火力発電所を即刻止めることを主張し、それに対して自民党は、原発と、さらに石炭火力まで急激に減らせば、電気の供給が保障されないとして強く反対した。
奇妙だったのは、交渉が暗礁に乗り上げていた10月、突然、主要メディアが、2020年のCO2削減目標がこのままでは達成できないという、すでにわかっていたニュースを大々的に流したこと。その原因は石炭火力のせいだと示唆する報道は、緑の党への強力な援護射撃となった。
そこで、リントナー氏は、どうにか減らせる火力の発電量は、20年までに3GW、最高でも5GWという試算を提出したが、緑の党は8〜10GWを堅持。そこで、交渉決裂を恐れたメルケル首相が、7GWという極めていい加減な妥協案を出し、緑の党がそれをすかさず受け入れた。そして、メディアが緑の党を、「最大の痛みに耐えて妥協」と褒め上げた。
しかし、リントナー氏は妥協せず、退場。緑の党好きのメディアの自民党評は、「妥協できないダメ政党」から、「政治をしたくないダメ政党」に変わった。
ただ、自民党の予見していたことは、その後の8年間でことごとく現実となった。特に、21年、アンペル政権ができてからは、経済の崩壊に拍車がかかり、緑の党と社民党の目的は産業破壊であったかと、皆が疑い始めている。
ただ、緑の党と社民党が破壊したのは産業だけではなく、自民党も木っ端微塵に破壊された。ドイツでは2月23日に前倒しの総選挙が行われるが、自民党はすでに見る影もないほどの落ち込み方だ。
2月6日に第1テレビが発表した世論調査(infratest dimap)では、1位がCDU/CSU(31%)、2位がAfD(21%)、3位が社民党(15%)、4位が緑の党(14%)、5位が左派党(5%)。しかし、自民党は4%で、このままだと国会から脱落。ドイツは、ワイマール時代に小党乱立で政治が機能しなくなったことへの反省から、得票数が5%未満の政党は、議席を持てないことになっている(5%条項)。
かつての自民党は、小党といえども存在感があった。元はといえば、中堅企業の経営者などを強力な支持者層に持つ党だ。16年間のコール政権を支えたのも自民党だったし、特に、東西ドイツ統一の際のゲンシャー外相の活躍は歴史に残るといっても過言ではない。
それが、レッド・グリーンという2つの左翼政党と連立したがために、公約を次々と破らざるを得なくなり、失望した支持者が離れた。2017年に無理な連立を拒絶してメディアに非難された自民党だが、21年は無理は承知で連立に踏み込んで、罠に落ちた。結局、皆が潰そうとしているAfDは潰れず、自民党が瀕死だ。
では、2月23日の選挙はどうなるか?
第1党のCDUは、左傾した政治を保守に戻し、それどころか経済の立て直しのため原発を再稼働させるとか、治安回復のため移民・難民政策を厳格化するなどと大口を叩いている。それらはAfD、および自民党のかねてよりの主張でもある。
ところが、問題は「防火壁」。CDUが、“反民主主義”のAfDとは絶対に連立しないという決意を象徴的に表した言葉が、この「防火壁」だ。
では、CDUは防火壁の内側で、いったい誰とそれらの政策を実行するつもりなのか? たとえ自民党が5%の壁を越えられたとしても、2党では40%にも届かない。
防火壁のこちらにいるのはレッド・グリーンと左派党。どれも左翼政党だ。彼らと組んで原発再稼働や、移民・難民政策の厳格化などという話がまとまるはずもない。それでも防火壁を主張するCDUを見ると、ひょっとして、CDUとレッド・グリーンの間では、すでにカルテルのごとく、国民無視の妥協が成立しているのではないかという疑いさえ湧いてくる。
一方、反民主主義だのナチだのと言われているAfDは、ますます激しくなる誹謗中傷にもかかわらず、着実に支持を伸ばしている。おそらく、既存政党の主張を欺瞞だとみなす有権者が増えているせいだ。
ちなみにAfDは、筋の通ったエネルギー政策と、筋の通った移民・難民政策を10年も前から一貫して主張している唯一の政党だ。しかし、CDUはそれを、自分で自分の前に立てた無意味な「防火壁」で阻んでいる。
すでにドイツという大船からは、多くの企業が下船してしまった。それでも船は、これまで蓄積した富を浪費しながら、果敢に脱産業に向かって突進している。
脱出した企業はそう簡単には戻ってこない。いったい、国民の痛みがどこまで大きくなれば、ドイツ丸は旋回するのか。メルツ党首は、果たして船長が務まるのか?
ドイツの政治の混沌は、おそらく23日の選挙後も収まらず、さらに拡大するだろうと言うのが、私の予測である。

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