EUがパリ協定のCO2削減目標を提出できないかも

butenkow/iStock
温暖化ガス排出削減目標、国・地域の8割未提出 COP30まで2カ月
国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)事務局によると、10日時点で35年時点の削減目標を含むNDCを提出したのは日本や英国、カナダなど28カ国にとどまった。パリ協定に加盟する195カ国・地域のうち、8割以上がまだ提出していない。未提出の中には、二酸化炭素(CO2)排出量の多い中国、欧州連合(EU)、インドも含まれる。
8割以上の国々と同様に我が国も、2035年60%削減、2040年73%削減なんて無茶な目標を提出しなければよかったのにと、改めて思います。計算間違いがあったとか何とか言って、今からでも取り下げたらいいのに。京都議定書第二約束期間と同じことを繰り返せばよいのです。
そして日本経済新聞さん、以下の説明ではEUの動向を省略し過ぎではないでしょうか。
EUの執行機関である欧州委員会は7月、40年までに1990年比で温暖化ガスを90%削減するとの新たな目標を提示した。EU内で関連法を改正したうえで、NDCに反映させる方向で調整する。
90年比90%削減は、2050年までに温暖化ガス排出を実質ゼロにするEUの方針に向けた中間目標と位置づける。域内では産業競争力の観点から新規の制約に否定的な意見が強まっており、加盟国や欧州議会など諸機関との協議が難航する可能性がある。
7月2日に欧州委員会(EC)が2040年90%削減法案を提出しましたが、翌週の7月8日、欧州議会でこの採決を迅速に行いたい、という動議が賛成300票、反対379票、棄権8票で否決されました。
#EPlenary rejects the request for urgent procedure on the revision of the European Climate Law (2040 target)
300 379 ↔️8
Next: Presentation of proposal by DG Kurt Vandenberghe during @EP_Environment meeting on Monday 14/07 (+/-17.00h)https://t.co/Uob7QVjV9Z
— ENVI Committee Press (@EP_Environment) July 9, 2025
#EPlenary(筆者註:欧州議会本会議)は、欧州気候法(2040年目標)の改正に関する緊急手続きの要請を否決しました。
300 379 ↔️8
本来は2025年2月が期限だったパリ協定の排出削減目標(NDC)提出に間に合わずEUの面目は丸つぶれでした。EC側は早く国連に提出したいので焦っていますが、EU各国は否決したいという本音の表れが7月の採決だったのです。これは当時から世界中で報道されており、筆者も同様の認識でした。
そして今週、9月18日(木)に再び欧州議会で2040年90%削減法案の採決が延期されました。
Europe champions fighting climate change but misses emissions deadline
欧州連合(EU)加盟国の気候変動担当大臣らは木曜日、EU加盟国間の計画をめぐる意見の相違により、新たな排出削減目標を設定するという国際的な期限に間に合わないことを確認した。 期限に間に合わなければ、11月に開催される気候変動枠組条約締約国会議(COP30)に先立ち、来週国連で他の主要国と共に新たな目標を提示する予定だったEU首脳にとって打撃となる可能性がある。
EUは今月、2040年と2035年に向けた新たな気候目標で合意する予定だった。しかし、ドイツ、フランス、ポーランドなどの国々が、10月の首脳会議でまず2040年の目標について議論するよう各国首脳に要求したため、両目標に関する協議は頓挫した。
気候変動対策のコストに対する懸念の高まりと、国防費・産業支出の増額圧力が、一部加盟国からの反発を引き起こしている。
EU諸国は、欧州委員会が提案した2040年までに温室効果ガスの純排出量を90%削減するという気候変動目標をめぐり、対立している。
日経はじめ各紙が7月2日の法案提出時には報じていましたが、7月8日、9月18日の採決延期について報じた日本語記事は見当たりません。
欧州連合(EU)欧州委員会は2日、2050年までに温暖化ガスの域内排出を実質ゼロにする目標の達成に向け、40年までに1990年比で90%削減するとの新たな中間目標を提案した。域外の発展途上国から二酸化炭素(CO2)を買い取る「排出量取引」も初めて導入する。
域外との排出量取引は、40年の中間目標達成に向けて3%相当分まで許容される。
この7月の報道だけで、翌週や9月の採決延期を報じなければ、日本の読み手は2040年90%削減もEU域外から炭素クレジットを買う排出量取引も欧州議会で決定したものだと誤解してしまいます。
そして本法案の採決が進まない理由のひとつとして、域外クレジット活用への批判もあります。
Clima, slitta l’accordo per il target UE del 2040 Materia Rinnovabile
欧州気候変動科学諮問委員会(ESCABCC)が、炭素クレジットの使用は国内の脱炭素化への直接投資から資源を奪うリスクがあるとして、推奨しなかった。こうした懸念にもかかわらず、欧州委員会は2036年から域外クレジットの利用を導入し、1990年のCO₂純排出量の3%をカバーすることを提案している。この数字はわずかであるように見えるかもしれないが、Oeko Institutの分析によると、2040年のEUの純排出量は、設定目標よりも最大30%高い排出量になる可能性がある。つまり、炭素クレジットの「傘」で相殺される限り、総排出量は高いままである可能性があるということだ。さらに、この3%が2036年から2040年までの対象クレジットの総量を指すのか、それとも年間ベースを指すのか不明である。後者の場合、非営利団体カーボン・マーケット・ウォッチによると、2040年までに7億以上の炭素クレジットが使用される可能性があるという。
民間の炭素クレジット利用についてはすべてグリーンウォッシュと考えている筆者ですが、パリ協定第6条に基づく高品質クレジットに限定した国際間取引であれば二重計上や追加性の問題が建前上はクリアされていると認識しています。
従って、ECが提案している通り2036年以降に3%分だけパリ協定第6条に基づく国同士の取引であれば「まぁしょうがないのかな」と個人的に考えていましたが、欧州内では第6条クレジットでもダメだという指摘があるようです。素晴らしい。日本の脱炭素界隈とは大違いで、多様な議論が交わされています。以下は7月8日の欧州議会否決当時の記事です。
欧州最大の環境NGOネットワークである欧州環境局(EEB)の農業・気候政策担当官、マチュー・マル氏は、「気候危機は待ってくれません。ましてや会計上のトリックなど気にも留めません。こうしたいわゆる『柔軟性』は、真の行動を遅らせるための抜け穴に過ぎません」と述べた。EEBは、 EC自身の科学顧問が国内のみの気候変動目標を推奨しているにもかかわらず、計画に国際的な炭素クレジットを組み込むことは「EUの責任をアウトソーシングすることであり、詐欺や検証不可能な排出削減のリスクが高い」と述べている。
トランスポート・アンド・エンバイロメント(T&E)の気候政策マネージャー、フェデリコ・テレーニ氏は次のように警告した。「気候変動目標達成のためにオフセットを認めるのは言い訳に過ぎず、欧州グリーンディールを無駄にしてしまう危険性があります。オフセットが実際に意図通りに機能しているという証拠はなく、これは欧州の気候変動規制の深刻な弱体化を反映しています。また、COP30が近づくにつれて、EUのリーダーシップと信頼性に甚大な打撃を与えるでしょう。」
ただのサラリーマンである筆者ですら追うことができる欧州議会のCO2削減目標に関するこの3か月間のゴタゴタをなぜ日本の大手メディアは報じないのでしょうか。まだ審議が継続中との判断かもしれませんが、この7月から9月にかけて議会で起きているプロセスはCOP30に向けて非常に重要です。EUのNDCが国連へ提出されない可能性が極めて高いのですから。
代わりにEUは「2035年に90年比66.3%~72.5%削減をめざす」という「意向」を「宣言」するとみられています。これ、「目標」が「提出」できないので「がんばるぞ!」という気合いを示すだけです。こんなことになったら日本の産業界は驚く(またはズッコケる)はずなので、ちゃんとプロセスも日本語で報じていただきたいものです。
■
関連記事
-
ロシアの国営ガス会社、ガスプロムがポーランドとブルガリアへの天然ガスの供給をルーブルで払う条件をのまない限り、停止すると通知してきた。 これはウクライナ戦争でウクライナを支援する両国に対してロシアが脅迫(Blackmai
-
EUの行政執行機関であるヨーロッパ委員会は7月14日、新たな包括的気候変動対策の案を発表した。これは、2030年までに温室効果ガスの排出量を1990年と比べて55%削減し、2050年までに脱炭素(=実質ゼロ、ネットゼロ)
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクであるGEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。
-
NHKスペシャル「2030 未来への分岐点 暴走する温暖化 “脱炭素”への挑戦(1月9日放映)」を見た。一部は5分のミニ動画として3本がYouTubeで公開されている:温暖化は新フェーズへ 、2100年に“待っている未
-
IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 地球温暖化の予測には気候モデルが使われる。今回IPCCで
-
2月24日、ロシア軍がウクライナ侵攻を始めてからエネルギーの世界は一転した。ロシアによる軍事侵攻に対して強力な経済制裁を科すということをいち早く決めた欧米諸国は、世界の生産シェアの17%を占めるロシアの天然ガスについて、
-
2023年からなぜ急に地球の平均気温が上がったのか(図1)については、フンガトンガ火山噴火の影響など諸説ある。 Hunga Tonga volcano: impact on record warming だがこれに加えて
-
昨年の震災を機に、発電コストに関する議論が喧(かまびす)しい。昨年12月、内閣府エネルギー・環境会議のコスト等検証委員会が、原子力発電の発電原価を見直したことは既に紹介済み(記事)であるが、ここで重要なのは、全ての電源について「発電に伴い発生するコスト」を公平に評価して、同一テーブル上で比較することである。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間

















