COP30の結果と評価:パリ協定10年目に見えた1.5℃目標の限界
11月15日~22日、ブラジルのベレンで開催されたCOP30に参加してきた。筆者にとって20回目のCOPにあたる。以下にCOP30の経過と評価につき、私見を述べたい。
COP30の位置づけ
COP30で採択された「グローバル・ムティラオ決定」(ムティラオとはブラジルのポルトガル語で「協同作業」を意味する)にあるように、2025年はパリ協定採択10年目にあたり、更に国連が発足してから80年目にあたる節目の年である。しかも議長国ブラジルは1992年に気候変動枠組み条約が採択された国でもある。
他方、地球温暖化をめぐる国際情勢は不透明の度合いを強めている。2025年1月に発足した米トランプ第2期政権は1日目にしてパリ協定から離脱し、国内では「掘って掘ってほりまくれ」方針の下、国内エネルギー資源の生産拡大を進める一方、インフレ抑制法(IRA)の解体、危険性認定の廃止を通じて温室効果ガス規制の根こそぎ廃止を狙っている。更にトランプ大統領は「気候変動は今世紀最大の詐欺」と述べ、地球温暖化の科学そのものに疑義を呈している。
だからこそCOPの場で地球温暖化防止に向けた国際的な決意とパリ協定に体現された多国間主義の堅持を明確に打ち出すことはますます重要になる。加えてアマゾンでの初開催という地理的文脈もあり、気候・森林・生態系を一体で扱うアプローチが強調された点も特徴である。
政治4案件をめぐる争点
COP28においてはグローバルストックテイク、COP29においては新資金目標(NCQG)合意といった大きな議題が存在した。これに対してCOP30はグローバル適応目標(GGA)の合意やCOP29からの積み残しである公正な移行作業計画、UAE対話のスコープを固める等、過去2回のCOPに比して大きなイシューがなく「地味な」COPになるというのが当初の認識であった。
しかし蓋を開けてみればCOPウォッチャーの期待に違わず(?)「最終日を超えても揉めるCOP」となった。その背景には高度に政治的な4案件をめぐる途上国と先進国のせめぎあいがある。
途上国側が強く主張したのは、第1にパリ協定9条1項に基づく先進国の資金協力義務の厳格な実施のための作業計画の導入である。気候資金問題について先進国は、気候変動への資金の流れの拡大を規定したパリ協定2条1項Cを強調することが多い。資金ソースには官民両方の資金が含まれ、先進国による公的資金に限られない。
他方、あくまで先進国の責任を追及したい途上国は先進国の資金援助義務を規定したパリ協定9条1項を強調する。先進国の立場からすればCOP29においてようやく新資金目標(NCQG)に合意した以上、更に9条1項に基づく作業計画を立ち上げることは避けたいところである。
更に途上国は適応資金をNCQGとは別枠で2030年までに3倍増することも要求したが、先進国はNCQGに加えて更なる数値目標を設定することには消極的であった。
途上国が主張した第2の点は、気候変動対応を目的とした貿易措置に関する協議である。EUの炭素国境調整措置(CBAM)に強く反発する中国、インド等は「気候対策に関連する貿易措置が不当な差別や偽装された貿易制限としてはならない」との枠組み条約やパリ協定の原則を根拠にCBAM等の措置を枠組み条約の場で協議すべきであると主張した。他方、EU、英国等は「貿易措置はWTOで議論すべき」としてこれに強く反対した。
6月の補助機関会合において途上国がこの2案件を正式議題とすることを強く主張し、先進国と激しく対立した結果、議事が2日間空転することとなった。結局、玉虫色の決着でCOP30まで結論先延ばしとなった。
他方、先進国及び島嶼国は、1.5℃目標に整合した野心レベル引き上げをエンカレッジするため、2つの議題案をCOP30直前に提案した。島嶼国は1.5℃目標を達成するために必要な削減経路と各国のNDCとのギャップを埋めるためのプロセスの導入を提案し、EUはNDCの統合報告書や隔年報告書を活用したレビュー制度の強化を提案した。
両者は密接に関連するものであり、いずれも野心レベル引き上げへのプレッシャーが高まることを嫌う中国、インドなどの新興国にとって受け入れがたいものである。
グローバル・ムティラオ決定に至る経緯
これらの議題提案はいずれも先進国、途上国のレッドラインに関わるものであり、その採択に合意することは不可能である。議題をめぐる不毛な議論に時間を空費することを防ぐため、4案件以外の議題を採択し、あらかじめ議長が先進国、途上国から指名した共同議長の下で交渉を進める一方、4案件については議長国ブラジルの下でムティラオ(協同作業)を実施することとなった。
4案件をめぐる対立は、俯瞰すれば「野心レベル向上を求める先進国(+島嶼国)」と「資金援助拡大を求める途上国」の対立構図そのものであり、パッケージとして一体的に解決するしかない。ムティラオにおける議論は、COP30における先進国、途上国のせめぎあいの主戦場となった。
更に大きな対立軸となったのが、化石燃料からの移行をめぐる議論である。それに火をつけたのが11月6-7日の気候自然サミットにおいて「森林破壊の反転、化石燃料への依存の克服(overcome dependence on fossil fuels)、資金の動員に関し、公正で計画的なロードマップが必要である※1)」と発言したルーラ大統領であった。
更に英国、EU、島嶼国、南米、アフリカ諸国等の83か国が1.5℃目標と絡めて化石燃料終了に向けたロードマップ策定を要求した※2)。COP28において最大の対立軸となった化石燃料問フェーズアウト問題が再び前面に躍り出ることとなり、片や先進国+島嶼国、片やサウジ、ロシアをはじめとする資源国、中国、インド等のLMDCが正面衝突した。
1週目から続いてきたムティラオを経て、週明けの17日には議長サマリーが、18日には「グローバル・ムティラオ:気候変動に対する世界的な動員を通じた人類の結束(Global Mutirão: Uniting humanity in a global mobilization against climate change)」と題するオプション付きの決定案が発出された※3)。
この時点では先進国、途上国の主張を取り入れた「尖った」オプションが多数含まれていた。
例えば資金問題については「第9条第1項の実施に関する3年間のベレン作業計画及び法的拘束力のある行動計画の策定」、貿易措置については「気候変動に関連する一方的な貿易制限措置に関するプラットフォームの設置」、野心レベル引き上げについては「NDCを強化・実施するためのNDC統合報告書及びBTR統合報告書の年次レビューの確立」、化石燃料については「化石燃料への依存を段階的に克服する(progressively overcome dependency on fossil fuels) こと及び森林破壊を停止、逆転するためのロードマップ策定」がオプションに含まれている。
この一次案をベースに議長と各交渉グループの水面下の交渉が丸三日間続いたが、最終日の21日朝に提示されたオプションなしのクリーンテキストは上記の尖ったオプションが落とされた穏当なものになった※4)。
4案件についての最終決着は以下のとおりである。
【資金問題】
- 新たなNCQGの実施、定量的・定性的要素検討のための閣僚級ハイレベル円卓会議を開催。
- 気候資金に関する2年間の作業計画をパリ協定第9条全体との関連において第9条第1項に関する事項を含む形で設定。
- 2035年までに適応資金を2025年水準の3倍に増やす努力を求めるとともに、先進締約国に対し、途上国締約国への適応のための気候資金の集団的提供の軌道を増加させるよう促す。
【貿易問題】
- 気候変動対策として講じられる措置(一方的な措置を含む)が、恣意的または不当な差別手段、あるいは 国際貿易に対する偽装制限となるべきではないことを再確認。
- 64(2026年6月)、66(2027年6月)、68回(2028年6月)補助機関会合で締約国及びWTO、UNCTAD、ITCその他の関連ステークホールダーの参加を得て対話を実施。2028年に開催されるハイレベル会合において関連事項に関する経験及び見解を交換することを決定し、補助機関に対し、ハイレベル会合における議論を要約した報告書を提出することを要請。
【1.5℃、NDC野心】
- CMA7(2025)、CMA8(2026)議長国の下、協力的、促進的かつ自発的なイニシアチブとして、「グローバル実施加速化枠組み(Global Implementation Accelerator)」を発足。これはUAEコンセンサス(筆者注:この中に「化石燃料からの移行」が含まれる)等、パリ協定採択後のCOP決定を考慮しつつ、1.5℃を射程に入れ続けるための全てのアクターの実施を加速し、NDC、NAPの実施を支援。議長国に対し、SB64(2026年6月)、SB65(2026年11月)に併せて公開かつ包括的な情報セッションを開催することを要請し、2026年に開催されるハイレベル会合において経験と見解を交換。
- CMA6、CMA7、CMA8議長国の下で、「1.5℃に向けたベレン・ミッション.」を開始。これはNDC及びNAPの野心と実施加速、国際協力及び投資について検討することを目的。これらの議長に対し作業を要約した報告書を作成するよう要請。
【化石燃料】
- 言及なし
島嶼国、EU、英国等は化石燃料への言及が落とされたことに強く反発し、「悪い合意よりは合意なしの方が良い(No deal is better than bad deal)」と21日夜時点では決裂のリスクも取りざたされた。
しかしトランプ政権のパリ協定離脱、一国主義の台頭等、多国間主義が危機に瀕している中でパリ協定10周年となるCOPを決裂させることはできない。最終的には23日昼頃に開催されたクロージング・プレナリーで21日のバージョンがほぼそのまま採択された※5)。
ちなみにクロージング・プレナリーではブラジルのド・ラーゴCOP議長が決定文につき異論がないかどうか、会場を見渡し、「反対がないものと認めます(I see no objection)」と言って木槌を下す(採択する)ということをせず、一連の決定文を矢継ぎ早に採択するという異例な展開となった※6)。
化石燃料に関する言及がないことへの反発を念頭に、ド・ラーゴ議長は一連の決定文を採択後、「公正かつ公平な化石燃料からの移行、2030年までに森林破壊を停止・逆転させるための取り組みに関し、議長ロードマップを立ち上げ、COP31で成果を報告する」と述べた。
しかし強引な議事運営に対しては多くの国がPoint of Order(議事進行に関する異議申し立て)を提起した。
本稿では交渉経緯に触れなかったが、適応に関するグローバル目標や緩和作業計画等についても不満が提起された。特に後者についてはコロンビアが緩和作業計画のテーマの中に化石燃料からの移行を明記すべきであり、これが受け入れられない限り、合意に反対するとして、一時プレナリーが中断した。
しかし議長が木槌を下した以上、採択は法的に有効というのが事務局の解釈である。採択後に異議を申し立てた国々も本気で合意をブロックするつもりがあったとは思えない。自分たちの主張を記録に残すための「歌舞伎」であったと解すべきだろう。
COP30の評価
COP30において最後まで争点となった化石燃料フェーズアウト問題は、2023年のCOP28で熾烈な交渉の結果、エネルギー転換を扱うGST決定パラ28において「化石燃料からの移行」を含む8つの行動を列挙し、「それぞれの国情、道筋、アプローチを考慮し、国ごとに決定された方法で貢献する」という玉虫色の合意で決着した経緯がある。
正反対の主張をしている欧米諸国もサウジ・ロシアも満足させる以上、同床異夢は不可避であり、欧米諸国は「初めて脱化石燃料を明記した」と自画自賛する一方、サウジは「8つの行動はアラカルトメニューであり、どれをどの程度やるかは各国次第である」と解釈している。
そうした中で化石燃料のみを特掲し、しかも「化石燃料への依存を克服する(overcome dependency on fossil fuels)」という特定の価値判断に基づくロードマップの策定は、微妙なバランスに立脚したCOP28の合意をリオープンするものに他ならない。ロシア、サウジ等がこれを受け入れる可能性は皆無であり、もともと無理筋な提案であった。
化石燃料フェーズアウト問題がハイライトされた一つの理由は、議長国ブラジルのルーラ大統領自身が脱化石燃料ロードマップに言及し、期待値を引き上げてしまったこともある。国際的な評価を求めるルーラ大統領と、とにかく合意をまとめねばならないド・ラーゴCOP議長との温度差もあっただろう。
予想されたように最終結果からは化石燃料への言及は削除され、新たに設置される「グローバル実施アクセルレーター(GIA)」は化石燃料からの移行を含むUAEコンセンサスを含む過去の決定を考慮することとなっているものの、「1.5℃へのベレン・ミッション」と同様、協力的、促進的、自発的なものであり、強制力はない。
クロージング・プレナリーでド・ラーゴ議長が脱化石燃料に向けた議長ロードマップ策定に言及したが、あくまでブラジルのイニシアティブであり、COP決定とは重みが異なる。
目をCOPの外に転じてみれば、近年の地政学リスクの高まりにより、先進国、途上国問わず、温暖化防止よりもエネルギー安全保障や手ごろなエネルギー価格(affordability)の優先順位が高い。
AIやデータセンター等により世界のエネルギー需要が今後も増大を続ける中で、「エネルギー転換(energy transition)」ではなく「エネルギー増加(energy addition)」であり、そのためには再エネ、原子力のみならず化石燃料も役割を果たし続けるというのがエネルギー専門家の見方である。
筆者は11月初めにアブダビで開かれた「アブダビ国際石油展示会議(ADIPEC)」に参加したが、COP28でグローバルストックテイク決定をとりしきったアル・ジャーベルADNOC総裁の冒頭あいさつの中で、1.5℃目標、2050年カーボンニュートラルはおろか、パリ協定にすら言及がなかった※7)ことは象徴的である。
ADIPECでダニエル・ヤーギンがいみじくも指摘した通り、エネルギー転換に関する国際的な議論は「イデオロギーからプラグマティズム」へ転換しているのである。そうした現実を考えれば、「化石燃料フェーズアウト問題への言及がCOPの成否のメルクマール」という議論は世界のエネルギーの現実から遊離したものと言わざるを得ない。
筆者は2021年のグラスゴー気候合意のときのような脱炭素への熱狂がフェードアウトしており、一国主義、ポピュリズムが台頭する中で、とにもかくにも温暖化防止に対する国際的な結束を打ち出した議長国ブラジルの努力は評価すべきであると思う。
今回のCOPを俯瞰すれば、資金面で団結した途上国が先進国を押し込む構図となった。9条1項を含む作業計画の設置、適応資金を2035年までに3倍増、貿易措置をめぐる対話の実施等、途上国の主張がある程度通っている一方、NDCの野心引き上げのための強力なプロセスや化石燃料フェーズアウトといった先進国の主張は通っていない。全体としてみれば途上国に有利な決着であったと言えよう。
バイデン政権時代は先進国側の強力なプレーヤーであった米国がいなくなったことにより、先進国の交渉力が相対的に低下したことは否めない。他方、中国が米国の穴を埋めて交渉のリーダーシップをとっている様子も見られなかった。COP29でNCQGが不十分であると大演説をぶったインドの首席交渉官はCOP30においても大活躍であり、グローバルサウスの代表としてのインドの存在感の高まりがうかがえた。
交渉全体を俯瞰すれば、「1.5℃目標達成のため、化石燃料フェーズアウトを含め、野心レベル引き上げとそのためのプロセス強化を最重要視する先進国」と「野心レベル引き上げよりも先進国からの公的資金援助大幅拡大が先決と主張する途上国」の対立構造は全く変わっていない。
1.5℃目標達成に必要な新興国の抜本的行動転換も、先進国からの巨額な資金動員も期待できない中、1.5℃目標を前提とした議論を続ける限り、現実解不在の状況は続く。
来年には2028年の第2回グローバルストックテイクに向けたプロセスが始まるが、1.5℃目標の破綻がだれの目にも明らかな中で、どのような議論になるだろうか。
環境派からは総スカンを食らっているが、「気候変動は深刻な影響を及ぼすだろう。最貧国の人々にとってはなおさらだ。ただし人類の滅亡にはつながらない」「これは、排出量や気温変化よりもさらに重視すべき指標、つまり生活の向上に再び焦点を当てる機会だ。私たちの最大の目標は、最貧国で過酷な状況にある人々の苦しみを阻止することであるべきだ」というビル・ゲイツの最近の発言※8)は、至極、現実的、常識的なものだ。
トランプ大統領のように気候変動を詐欺と否定するのでもなく、1.5℃を至上命令とし、エネルギーの現実を無視して化石燃料を排除するのでもなく、「イデオロギーからプラグマティズム」の下、着実かつ現実的な取り組みがなされることを期待したい。
■
※1)Speech by President Lula at the opening of the COP30 Leaders’ Summit in Belém, Pará
※2)83 Countries Join Call to End Fossil Fuels at COP30
※3)https://unfccc.int/sites/default/files/resource/DT_-cop30-01.pdf
※4)https://unfccc.int/sites/default/files/resource/Mutir%C3%A3o_cop30.pdf
※5)https://unfccc.int/sites/default/files/resource/cma2025_L24_adv.pdf
※6)COP30: Closing Ceremony | UN Climate Change
※7)UAE’s Sultan Al Jaber Opens ADIPEC 2025 with Powerful Call for Pragmatic Energy Policies | AQ1B
※8)Three tough truths about climate
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