バランスの取れたエネルギー政策 書評「Energy for Future Presidents: The Science Behind the Headlines」
(アゴラ版)

「福島後」に書かれたエネルギー問題の本としては、ヤーギンの『探求』と並んでもっともバランスが取れて包括的だ。著者はカリフォルニア大学バークレーの物理学の研究者なので、エネルギーの科学的な解説がくわしい。まえがきに主要な結論が列記してあるので、それを紹介しよう:
- 福島原発事故もメキシコ湾の石油流出事故も、メディアが騒ぐほど破局的な事故ではなく、エネルギー政策を変えるものではない。
- 原子力は安全であり、核廃棄物の処理は技術的には解決ずみである。人々の恐怖は誤った情報と政治的宣伝によるものだ。
- 地球温暖化の大部分は人為的なものだが、それをコントロールするには中国を中心とする新興国の協力が必要だ。
- シェールガスの発見はエネルギー産業に大変革をもたらし、今後のアメリカのエネルギーの中心となるだろう。
- アメリカのエネルギー問題の弱点は自動車だ。重要なのは化石燃料を減らして合成燃料や天然ガスなどに代える技術だ。
- エネルギー効率の改善はもっとも有望な技術で、収益性も高い。
- 太陽エネルギーは急速に進歩しており、風力のポテンシャルも大きいが、こうした電源は送電網の改良を必要とする。
- エネルギー貯蔵技術はもっとも重要だが、技術的には困難で高価だ。もっとも効率的な方法は蓄電池だが、天然ガスによるバックアップのほうが安い。
- 水素燃料には未来がない。地熱や潮汐発電や波力発電も、大した規模にはならない。
- ハイブリッド車には将来性があるが、プラグイン・ハイブリッドや電気自動車のコストは高すぎ、今後ともガソリンと競争できない。
福島事故については、著者は「悲観的な予測」として、癌による死者が最大100人ぐらい増えるだろうと予測している。これは22000人が220mSvも被曝したという想定によるものだが、このデータは間違いだ。中川恵一氏によれば被災者の実効線量は最大でも数mSvで、死者は1人も増えない。ただ本書もいうように、最大の被害は日本のすべての原発を意味もなく止めることによる莫大な経済的損失と環境汚染だ。
核廃棄物を地層処分する技術は確立しており、政治家や大衆がそれを理解していないだけだ。特に恐れられているプルトニウムは、水に溶けないので地下水に漏れ出しても害はない。それ以外の核廃棄物も、100年後にはほぼ無害になる。しかしメディアが恐怖をあおるため、ユッカマウンテンの処理場は凍結されてしまった。このために廃棄物は原発の中に保管されているが、これは福島第一の4号機のような事故の原因となる。
この種の問題を論じるとき、「リスクの値がわからないときは最大だと想定して防護する」という予防原則なる言葉を使う人がいるが、そんな原則は環境政策で認められていない。そんな原則に従ったら、世の中の化学製品のほとんどは使用禁止になるだろう。
エネルギー政策を「原発比率」に矮小化し、それを「世論調査」で決めるなんて、ナンセンスもいいところだ。上のような事実を理解している一般大衆がどれぐらいいるのか。政治家でさえ森ゆうこ氏のような程度で「エネルギーの専門家」を自称しているのだから、こうした科学的事実を踏まえ、経済的バランスを考えて専門家が判断すべきだ。政治家や国民は、その結論について判断すればよい。
(2012年9月10日掲載)

関連記事
-
人形峠(鳥取県)の国内ウラン鉱山の跡地。日本はウランの産出もほとんどない 1・ウラン資源の特徴 ウラン鉱床は鉄鉱石やアルミ鉱石などの鉱床とは異なり、その規模がはるかに小さい。ウラン含有量が20万トンもあれば
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンク、GEPRはサイトを更新を更新しました。 1)トランプ政権誕生に備えた思考実験 東京大学教授で日本の気候変動の担当交渉官だった有馬純氏の寄稿です。前回の総括に加えて
-
以下、読者の皆さんに役立つ発言の要旨を抜粋します。福島20km圏からの緊急避難者の震災時の外部被曝は5mSvと低線量で、福島県全体としても震災元年の線量は概して5mSv以下。また放射性ヨウ素の吸引などによる甲状腺の内部被曝は40mSv以下と低線量。
-
途上国からの要求は年間1兆ドル(140兆円!)に跳ね上がった。 全部先進国が撒いた種だ。 ここのところ先進国の代表は何を言ってきたか。以下のバイデン大統領のCOP27でのスピーチが典型的なので紹介しよう: 米国では、西部
-
コロナの御蔭で(?)超過死亡という言葉がよく知られるようになった。データを見るとき、ついでに地球温暖化の健康影響についても考えると面白い。温暖化というと、熱中症で死亡率が増えるという話ばかりが喧伝されているが、寒さが和ら
-
7月17日のウォール・ストリート・ジャーナルに「西側諸国の気候政策の大失敗―ユートピア的なエネルギーの夢想が経済と安全保障上のダメージをもたらしているー」という社説を掲載した。筆者が日頃考え、問題提起していることと非常に
-
六ケ所村の再処理工場を見学したとき印象的だったのは、IAEAの査察官が24時間体制でプルトニウムの貯蔵量を監視していたことだ。プルトニウムは数kgあれば、原爆を1個つくることができるからだ。
-
ESGだネットゼロだと企業を脅迫してきた大手金融機関がまた自らの目標を撤回しました。 HSBC delays net-zero emissions target by 20 years HSBCは2030年までに事業全体
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間