ドイツの年越しに想う:花火の輝きと社会の影

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新年ドイツの風物詩
ドイツでは、色とりどりの花火で明るく染まる夜空が新年の風物詩だ。日本のような除夜の鐘の静寂さとは無縁。あっちでドカン、こっちでシュルシュルの “往く年、来る年”だ。
零時の時報と共にロケット花火を打ち上げるのは男性の仕事。その他大勢は、ほろ酔い気分でシャンペングラスを片手にゾロゾロと道端に出てきて、近所の人たちと手当たり次第ハグしては、「ハッピー・ニューイヤー!」 アルコールで熱った頬に冷気が心地よく、今、思い出しながら書いているだけで、その感触が蘇るほどだ。
ただ、その頃には次第に付近が火薬臭くなり、空が煙でぼんやり霞む。大都市の場合、一時的に塵埃の値が普段の100倍になるといい、当然、環境保護団体からは花火を禁止しろという声も挙がるが、日頃は環境保護に熱心なドイツ人も、これにだけは同調しない。
ただ、ロケット花火はかなりの威力を持っており、規格品以外のものを買わないようにと当局がアピールしているが、毎年、暴発による事故や火災は絶えない。12時10分ぐらいになると必ず救急車や消防車のサイレンが聞こえ始める。日本人の感覚から言うと、「こんな危険なものが許可されているなんて信じられない!」と呆れるレベルだ。
ただ、誰が見ても確かに危険なので、線香花火など無害な花火以外は、一年のうち12月29日から31日までのたった3日間しか販売されない(昨年は31日が日曜日でお店がお休みだったので1日前倒し)。そして、その3日間の売り上げが80〜100万ユーロとか。
つまり、いつもは倹約家のドイツ人が、この時だけは一気に数百ユーロも出して花火を買ってくるわけで、40年以上暮らしていても、彼らの心理は時に私の理解の範疇をこえる。いずれにせよ、彼らが大晦日の花火に類いまれな情熱を傾けていることだけは間違いない。
たいていの住宅地では、こうして深夜の花火を楽しんだ人たちは、1時間ぐらいすると綺麗に後片付けをして三々五々消えていく。そして、元旦は皆、昼まで寝ていて、2日からは社会は平常通り。これが、庶民の間に古き良き時代より続いている微笑ましい風習である。ドイツのお正月には、1年の最初の日という以外に何の意味もない。
問題視される特定地域の治安
ただ、全てのところでこういうふうに平和に年が明けるわけではない。まさにこの大晦日に、風物詩である花火のせいで、あちこちで問題が起こる。
ドイツには、少なくとも年に2回、ある一定の地域で治安が極度に乱れる日がある。それが大晦日と5月1日のメーデーで、その代表的な危険地区の一つが、たとえば旧西ベルリン市のノイケルン。住人の半分以上がアラブ系で、ドイツの移民政策の失敗を見たければ、ここに行けば良いと言われている場所だ。元々、治安が悪いが、大晦日とメーデーには飛び抜けて悪くなる。
一昨年、つまり22年から23年にかけての大晦日は、このノイケルンでタガが外れ、内乱のような騒ぎとなった。火をかけられた車やバスがあちこちでメラメラと燃え、ロケット花火が武器と化し、消防士や救急隊員が攻撃されて逃げ惑った。これまでになく常軌を逸したレベルと言われた。
ベルリン市は当時、社民党、緑の党、左派党の3党が治める真っ赤な都市だった。この3党は日頃から難民・移民擁護に徹していたため、フランスだったら放水車や装甲車が出ただろうと思われるほど険悪な事態に至ったこの時でさえ、警官は手足を縛られた状態だったのだ。結局、この夜の逮捕者は145人(18の国籍)。負傷した警官の数は41人に上った。
しかし、さすがにベルリン市政府のこの軟弱対応は、市民の安全を守るという重要な義務を怠ったとして大きな批判を招いた。それもあって、2月の市政選挙後、政権はCDU(キリスト教民主同盟)の手に移った。
さて、そこで昨年。一昨年の醜聞を繰り返してはならぬと、人の多く集まる繁華街や、治安の悪い地区では、花火が全面的に禁止され、さらにベルリン市が動員した機動隊の数が5000人。1月4日の時点で、能登半島地震の救助で出動している自衛隊員が4500人というから、どれだけの規模であるかは想像できる。しかも、 “戦場”となるのは全ベルリン市ではなく、ほんの一部の地域なのだ(ちなみに、やはり不穏地域の複数あるノルトライン=ヴェストファーレン州では、6600人の警官が警備についた)。
さて、翌日の元旦、ベルリン市長の状況報告は「満足」。市警の広報官も、「十分な予防措置と早急な対応により、エスカレートを避けられた」とやはり自分たちに合格点をつけた。また、市の消防は、「前回とは違い、的確な計画と事前の訓練のおかげで、どうにか切り抜けることができ、全員が署に戻れた」と安堵のコメント。そして、多くの主要メディアも、「おおむね平穏」とか、「前年のようなエスカレートはなかった」と、あたかも治安が十分に保たれたかのような書き振りで、国民を安心させた。
では、実際の“収支決算”はどうだったのか? ベルリン警察の発表をよく見ると、大晦日の逮捕者は390名、負傷した警官が54名だ。逮捕者が前年より増えた理由は、職務質問や逮捕についてのハードルが下げられたため、警官が不審者を積極的に捕まえられたから。例えば、禁止されている場所でロケット花火を打ち上げた者、あるいは、ナイフや火薬(花火?)の所持者などをどんどん逮捕した。なお、負傷した警官のうち30名はロケット花火での攻撃によるものだった。つまり、5000人を動員しても、ロケット花火による警官への攻撃は完全には防げなかったわけだ。
なお、暴動とは関係のない一般の花火事故についても触れたい。救急外科が専門のベルリンのある病院では、同夜は人員を強化し、特に手の怪我に特化した外科医が待機していたという。この病院に搬送された重傷者が27人。指を吹き飛ばされた人、顔や目の負傷、火傷が主で、97%が男性だったという。アルコールの影響も大きそうだ。
あらためて思う日本とドイツの相違
いつも思う。日本だったらこの10分の1ほどの騒乱でも、何日間もニュースになるだろうと。以前、日本から遊びに来ていた友人たちとミュンヘンを訪れた時、市役所広場で大きなデモに遭遇した。数千人が集まり、幟を掲げて、ごく平和的に何かの要求をしていただけだったが、もちろんそういう時には、多くの警官も警備に就く。ただ、こんなことはドイツではしょっちゅうあるので、私にとっては見慣れた風景だったが、友人たちが驚いたように見入っていたのが印象的だった。
思えば、日本では大型デモもあまりなく、たとえあっても、それが暴動に発展することなどほぼ皆無だ。日本の町が不穏な状況になったのは、50年も前の学生運動の頃まで遡らなければ思い当たらない。日本の治安が良好だったことで、これまでどれだけ膨大な機動隊の経費を節約できたことか。
いずれにせよ、ドイツの住宅街の長閑でお行儀の良い花火風景と、暴徒と警官の戦う様はあまりにも対照的。毎年のことながら、不思議なドイツの新年である。
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