“ネット・ゼロ”というイデオロギーは、将来世代に破壊をもたらす

Pavel Muravev/iStock
米国のプロフェッショナル・エンジニアであるRonald Stein氏と、3度目の共同執筆を行ったので、その本文を紹介する。
Net Zero emission ideologies is destructive to future generations
はじめに
石炭、石油、天然ガスといった地下に眠る膨大な資源は、そのままでは役に立たない。精製や化学処理を経て初めて、80億人の生活を支える燃料や製品となる。
製油所、石炭ガス化や液化プラントなどはCO₂排出を伴う施設ではあるが、現代文明にとって欠かせない存在である。
恩恵
わずか数世紀の間に、人類は石炭・石油・天然ガスといった地下資源を有用化する250以上の革新的な技術を発見した。今日では石油から6,000を超える製品や燃料が生み出されている。
プラスチックや合成ゴム、農業用肥料、洗剤、塗料、医薬品、化粧品、さらにはLPG、ガソリン、灯油、ディーゼル、潤滑油、道路用アスファルトなど多岐にわたる。世界人口のほぼ半数は、化石燃料を原料とした合成肥料に依存している。
これらの製品や燃料は、人類の寿命と健康を飛躍的に延ばしてきた。1900年、世界の平均寿命は32歳だったが、2021年には71歳と2倍以上になり、今日では75歳を超えている。
世界の輸送、貿易、宇宙開発でさえ石油精製由来の製品に支えられている。毎日5万隻以上の商船、2万機の民間航空機、5万機の軍用機が人や物を運んでいるが、それらはすべて石油製品によって造られ、動いている。
需給の実態
しかし、これら不可欠な製品の需要が続く一方で、それを供給する施設を新設することは先進国ではますます難しくなっている。米国では数十年に亘り新たな製油所は建設されず、既存施設の閉鎖も進んでいる。環境規制や政治的反発、「自分の裏庭には置きたくない」という住民感情により、新規プロジェクトの認可はほぼ不可能となっている。
対照的にアジアでは“前進”が見られる。2021年時点で88の新しい製油所が計画中または建設中であり、とりわけ中国やインドが中心となっている。2030年までに必要な新しい精製能力の大半は、発展途上国に依存すると予想されている。
こうした増設がなければ、燃料や製品の供給網は深刻な不均衡に陥り、将来世代に高コストと不足をもたらすことになる。
なぜ「ネットゼロ」が破壊的になるのか
「ネットゼロ排出」というイデオロギーは、政治的には魅力的に聞こえるが、実際には、将来世代にとって破壊的である。
先進国での新規製油所や処理施設の建設を阻むことで、社会が必要とする燃料や製品を支える供給網の基盤が弱体化している。このままでは、“よりクリーンで安全な世界”ではなく、供給不足、コスト上昇、生活水準の低下に直面する世界が広がることだろう。
このような暗く不確かな未来を子や孫に残してしまってよいのだろうか?そうではなかろう。この破壊的な道を避けるためには、現世代が発想を転換する必要がある。
「ゼロ」という幻想を追うのではなく、炭素を賢く、クリーンに、効率的に使う資源として認識すべきである。その新たなパラダイムの輪郭を以下に示す。
パラダイム転換の必要性
もっとも、来る未来を「衰退と不足」としてだけ描く必要はない。先進技術はすでに、化石資源をよりクリーンかつ効率的に利用できることを示している。
日本の磯子火力発電所(USC:超々臨界圧)は、石炭であっても極めて低排出で利用できることを実証した。さらに日本ではIGCC(石炭ガス化複合発電)も導入され、従来型火力に比べて高効率かつ低排出を達成している。こうした高効率・低排出(HELE)技術は、既存燃料の環境負荷を軽減できることを証明している。

METI、企業情報から作成
さらに、CO₂自体も手頃な価格の水素や触媒と組み合わせれば、有用な化学製品や合成燃料の原料となり得る。それを難しくしているのは、CO₂を「人類の敵」と悪魔化し、CO₂を排出しないといわれる再エネ由来の現時点では相当高価な「グリーン水素」を主要な解決策として捉えているからである。産業の強靭化、社会のQOL向上のためには、化石燃料由来の水素を継続的に利用することができるのである。
重要なのは「ゼロ」の幻想を追うことではなく、手にしている資源を賢く利用する知恵を培うことだ。廃棄を最小化し、再利用を徹底し、新しい技術探索を続けることだ。アンモニア合成が100年以上ほとんど変わらなかったように、本当の技術的飛躍は小手先の改良ではなく、原子力など次世代技術のようなパラダイム転換から生まれる可能性がある。
この40億年の地球には、まだ膨大な石油や石炭の埋蔵量がある。人類に必要なのは、それらを責任ある方法で使い続ける勇気と、よりクリーンで効率的なプロセスを革新し続ける姿勢である。未来は炭素を禁じることでなく、賢く共に生きることで守られる。
本当の課題は、「いかなる犠牲を払っても、CO₂排出をゼロにすること」ではない。繁栄と炭素を分かつのではなく、ともに織り合わせて生きる文明を築くことである。
おわりに
私たちの物質的な豊かさと長寿は、石炭・石油・天然ガスといった地下資源を精製・化学処理して有用化する能力によって築かれてきた。ネットゼロのイデオロギーはこの基本的事実を無視し、その結果、将来世代に不足と不安定を残しかねない。
より賢明な道は、環境保全と技術革新のバランスを取りながら、効率化・リサイクル・ブレークスルーを受け入れ、炭素を敵視する幻想を退けることにある。

関連記事
-
今後数年以内に日本が自国で使える以上のプルトニウムを生産することになるという、重大なリスクが存在する。事実が蓄積することによって、世界の核物質管理について、問題になる先例を作り、地域の緊張を高め、結果の蓄積は、有害な先例を設定し、地域の緊張を悪化させると、核テロの可能性を高めることになるだろう。
-
以前から、日本政府が10月31日に提示した「2035年にCO2を60%削減という目標」に言及してきたが、今回はその政府資料を見てみよう。 正式名称はやたらと長い:中央環境審議会地球環境部会2050年ネットゼロ実現に向けた
-
脇山町長が示していたあるサイン 5月10日、佐賀県玄海町の脇山伸太郎町長は、高レベル放射性廃棄物(いわゆる核のごみ)の処分に関する文献調査を受け入れると発表した。苦渋の決断だったという。 これに先立つこと議会の請願採択を
-
国境調整炭素税を提唱したフォンデアライエン次期欧州委員長 先般、次期欧州委員長に選出されたフォンデアライエン氏は今後5年間の政策パッケージ案において6つの柱(欧州グリーンディール、人々のために機能する経済、デジタル時代へ
-
トランプ政権のエネルギー温暖化対策やパリ協定への対応に関し、本欄で何度か取り上げてきたが[注1]、本稿では今年に入ってからのトランプ政権の幹部人事の影響について考えて見たい。 昨年半ば、米国がパリ協定に残留するか否かが大
-
世界エネルギー機関(IEA)は毎年中国の石炭需要予測を発表している。その今年版が下図だ。中国の石炭消費は今後ほぼ横ばいで推移するとしている。 ところでこの予測、IEAは毎年出しているが、毎年「今後の伸びは鈍化する」と言い
-
経済危機になると、巨大企業は「大きすぎて潰せない」とされて、政府による救済の対象になるのはよくある話だ。 だが、科学の世界では話は別かと思いきや、似非気候科学に金が絡むと、明白に誤った論文ですら撤回されない、すなわち「大
-
COP30議長国ブラジルは11月にベレンで開催されるCOP30を実行力(Implementation)、包摂(Inclusion)、イノベーション(Innovation)を合言葉に、アクション中心の会議にすることを目指し
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間