グリーン幻想:ネットゼロ思想が見落としているもの
グリーン幻想とは
「ネットゼロ」を掲げる政治指導者たちは、化石燃料を排除すればクリーンで持続可能な未来が実現すると信じているかのようだ。だが、このビジョンは科学と経済の両面で誤解に満ちている。私たちが今見ているのは、いわば“グリーン幻想”である。
風力や太陽光は電力を生み出すことはできるが、電力だけでは現代社会を支える製品や素材をつくることはできない。人類の文明を築いてきたのは電気ではなく「物質」だ。肥料、プラスチック、セメント、鉄鋼など、6,000種類を超える製品が炭化水素、つまり化石燃料を原料として成り立っている。化石燃料は単なる「燃料」ではなく、文明を形づくる化学的な“骨格”なのである。
再エネ政策が進むカリフォルニアでは、その現実が露呈している。送電網の不安定化や電力価格の高騰、輸入電力への依存など、再エネ一辺倒の脆弱性が次々と明らかになった。太陽や風は常に利用できるわけではなく、大規模な蓄電技術も経済的にはまだ成立していない。
「ゼロエミッション車(EV)」もまた幻想の一つだ。リチウムやニッケル、コバルトを採掘する重機はすべてディーゼルで動き、精錬・輸送には石油とガスが使われる。EVを構成するプラスチックや鉄鋼、ガラスもまた化石燃料の副産物である。排出は「見えない場所」に移っただけで、消えたわけではない。
この混乱の根底には、「エネルギー」と「素材」を同一視する誤りがある。電気は機械を動かす力にはなっても、物質そのものをつくることはできない。鉄や銅を精錬するには、炭素という還元剤が不可欠だ。炭素がなければ、私たちは文明の基礎を失うことになる。
「ネットゼロ」という言葉自体も誤解されている。
本来これは、化石燃料を完全に排除することではなく、大気中のCO₂排出と吸収のバランスを保つという科学的概念だった。しかし政策の現場では、「化石燃料を一切使わない」という道徳的スローガンに変質してしまった。
グリーン幻想の根底には
この「グリーン幻想」の根底には、技術の問題だけでなく、思想の問題がある。西洋文明は長らく「自然を支配する」発想のもとに発展してきたが、近年はそれを反転させ、「自然を崇拝する」方向へと向かっている。どちらも人間と自然を対立的に捉えており、その延長線上で「炭素を排除すれば地球を救える」という錯覚が生まれた。そして、自然への「敬意」を掲げる多くの国際的リーダーたちの言葉も、科学的根拠というよりは道徳と政治の道具として機能しているのが実情だ。
一方で、日本のように一万年以上にわたる連続した文化史を持ち、考古学的には三万八千年前にも人類の営みが確認される文明から見ると、このような二元的な自然観は馴染まない。縄文文化は一万年以上続いたが、戦争の痕跡はほとんど見つかっていない。自然と共に生きるという思想が、人々の営みの中に深く根づいていたことを示している。
持続可能性とは、本来、エネルギー・物質・生命が一体であることを理解したときに初めて始まるものである。真の環境責任とは、文明を支えてきた炭素の存在を否定することではなく、自然への敬意と謙虚さ、そして調和の中で共に生きる姿勢を取り戻すことにある。
CCSやCCU、カーボンプライシング
CO₂削減の象徴とされるCCS(炭素回収・貯留)も、実際に経済性が成り立つのは米国で行われているEOR(石油増進回収)と組み合わせた場合に限られる。高圧CO₂を枯渇油田に注入して石油を増産するこの方法は、利益を生むが、炭素を減らすわけではない。
CCU(炭素回収・利用)はより建設的だが、CO₂は非常に安定した分子であり、反応には高温・高圧・大量の水素が必要となる。条件を緩和しようとすれば新たな触媒開発が不可欠だが、コストや耐久性の壁が高い。高コスト水素と合わせて、結果として製品価格は従来の3〜4倍にもなることがある。
将来を見据えた技術開発としては意義があるが、政府が主導して膨大な補助金を投じ、「猫も杓子も今すぐ参入」という形で産業化を急ぐべきテーマではない。基礎研究や試行段階での継続的な努力は必要だとしても、実用化のタイミングと経済性を冷静に見極める視点が欠かせない。焦りや政策誘導によって誤った投資を生むことこそ、真の持続可能性を損なう。
こうした非現実的技術を支えるために導入されるカーボンプライス(炭素価格制度)は、結局のところ電力料金を押し上げ、産業の競争力を奪い、家計を圧迫するだけだ。欧州や日本で進行する産業の空洞化と国民の疲弊は、この政策の帰結にほかならない。
持続可能性は炭素の最適化
持続可能性は、炭素を罰することではなく、炭素を最適化することから始まる。
CO₂は敵ではなく、地球生命系の一部だ。化石燃料と再エネ、リサイクル技術を現実的に組み合わせた「カーボン・ミックス」を志向すべきである。
真の持続可能性とは、科学・経済・倫理を現実に即して調和させることだ。炭素を排除するのではなく、共生(Carbon Symbiosis) の視点から捉え直すことが、この「グリーン幻想」から抜け出す唯一の道である。

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