ウクライナの戦争で変わったエネルギー地政学は脱炭素政策の見直しを迫る

metamorworks/iStock
ウクライナの戦争は、地政学上の再編をもたらした。ロシアは中国との結びつきを強めた。対ロシア制裁に加わるようにトランプに関税で威嚇されたインドは、かえってロシアとの結びつきを強めてしまった。
この地政学上の再編は、エネルギー貿易の再編を伴って起きた。
欧州はロシアからの石油とガスへの依存をやめ、アメリカから高価な液化天然ガスを買うようになった。
欧州の自滅的な脱炭素政策も加わって、欧州経済は疲弊している。ドイツは過去5年にわたってゼロ成長であった。
欧州が輸入しなくなった石油とガスは、中国とインドなどが引き取る形になった。
2021年、ウクライナ戦争の前には、ロシアは日量470万バレルの石油を輸出し、その半分にあたる240万バレルはEU向けで、160万バレルが中国向けであった。
それが2025年には、EU向けの石油輸出量は激減し、その一方で中国向けが200万バレルに増加、インド向けも大幅に増加して150万バレルに上るようになった。日本の石油消費量は320万バレルだから、中国・インドへの輸出量は日本全体の消費量を上回る規模になっている。
天然ガスについても、2021年時点では、ロシアは210bcmの天然ガスを輸出し、その75%はEU向けであった。
それが2025年には、EU向けのパイプライン輸出はトルコ経由の20bcmにまで激減し、その一方でロシアは中国にパイプラインで38bcmを供給するようになった。
こうしてロシアは、中国に対して年間数百億ドルから最大で1,000億ドル規模(1ドル=150円換算で数兆~15兆円程度)のエネルギー輸出を行うようになり、インドに対しても年間数百億ドル規模のエネルギー輸出を行うようになった。
対ロシア制裁の影響やエネルギー価格の変動によって金額は上下するものの、それでも名目GDPが約2.5兆ドル規模のロシア経済にとって、重要な外貨収入源となっていることには間違いがない。
さらに、この関係は強化されようとしている。2025年9月の中露首脳会談では、両国がロシア産天然ガスを中国へ送るための大型パイプライン「シベリアの力2」建設に関する法的拘束力のある覚書に署名し、既存のパイプラインの供給量も増強する合意に至った。加えて、2025年12月に行われた露印首脳会談では、プーチン大統領とモディ首相が、2030年までに二国間貿易を年間1000億ドル規模に拡大する経済協力プログラムについて合意し、エネルギー安定供給は重要な柱として位置付けられた。
さて、米国が先日発表した「国家安全保障戦略」には、ウクライナにおける敵対的関係を止め、ロシアとは「戦略的安定」を構築するとしている。つまりはロシアとの関係回復を望んでいる。
これは、世界戦略としては全く妥当である。
米国にとって、世界戦略上の最も愚かな手は、ロシアを中国陣営に追いやることである。かつてキッシンジャーは、中国をソ連から引き剥がしたが、今アメリカがやらねばならないことは、ロシアを中国から引き離し、味方にすることである。
ウクライナの敗戦は、かなり確実性が高くなった。米国はこれに関して、やはり「国家安全保障戦略」において、欧州では国民の支持を得ていない少数政権がこの戦争を遂行しており、これは国民の意思に反していると指摘している。
ウクライナでの敗戦が確実になれば、これまで積極的な戦争指導をしてきたイギリス、ドイツ、フランスの現政権は、ますます力を失う。レームダック化は免れず、順次、崩壊するかもしれない。
勢いを得た右派勢力が政権を取ればどうなるか。彼らはロシアとの関係回復を試みることを示唆してきた。
すると米国と欧州は、再びロシアと友好的な関係を結ぶことを模索するようになるのではないか。
だがもちろん、ロシアも完全に西側に身を委ねることはもうしないだろう。ソ連崩壊後に西側に酷い目に合わされてきた経験から学び、経済的にも西側に過度に依存することはなく、中国やインドとの関係も一定程度重視し、また強大な軍事力を維持していくことは間違いない。
エネルギー政策に関して言えば、欧州でトランプ政権に考え方の近い右派が強くなり、米国と地政学上の協調をするようになれば、エネルギーに関しても安全保障と経済を重視した現実政治型のエネルギー政策に還り、脱炭素政策は放棄されるようになるのではないか。
このような将来像を前提にするならば、日本はウクライナへのテコ入れをやめ、脱炭素も一時停止すべきである。
これ以上ウクライナにテコ入れを続けると、来るロシアとの関係修復はより困難になる。脱炭素の法制化を進めてしまうと、既得権益が生じて、軌道修正が難しくなる。
日本より排出量の多い中国、アメリカ、インド、ロシアはいずれも脱炭素などしておらず、地政学的な競争のために化石燃料を最大限生産し、利用し、また貿易している。この4大国だけで世界のCO2の半分を占める。日本はわずか3%に過ぎない。
今、日本が脱炭素の制度化を進めることは、有害無益でしかないのではないか。
■
関連記事
-
「福島の原発事故で放射能以上に恐ろしかったのは避難そのもので、精神的ストレスが健康被害をもたらしている」。カナダ経済紙のフィナンシャルポスト(FP)が、このような主張のコラムを9月22日に掲載した。この記事では、放射能の影響による死者は考えられないが、今後深刻なストレスで数千人の避難住民が健康被害で死亡することへの懸念を示している。
-
原発事故をきっかけに、日本のエネルギーをめぐる状況は大きく変わった。電力価格と供給の安定が崩れつつある。国策として浮上した脱原発への対応策として、電力会社は「ガスシフト」を進める。しかし、その先行きは不安だ。新年度を前に、現状を概観するリポートを提供する。
-
GEPRを運営するアゴラ研究所はドワンゴ社の提供するニコニコ生放送で「ニコ生アゴラ」という番組を月に1回提供している。6月5日の放送は「2012年の夏、果たして電力は足りるのか!? 原発再稼動問題から最新のスマートグリッド構想まで「節電の夏を乗り切る方法」について徹底検証!!」だった。
-
1. はじめに 2015年12月のCOP21で採択され、2016年11月4日に発効したパリ協定から約8年が経過した。我が国でも、2020年10月菅首相(当時)が、唐突に、2050年の脱炭素、カーボンニュートラルを発表し、
-
はじめに 本記事は、エネルギー問題に発言する会有志4人(針山 日出夫、大野 崇、小川 修夫、金氏 顯)の共同作成による緊急提言を要旨として解説するものである。 緊急提言:エネルギー安定供給体制の構築を急げ!~欧州発エネル
-
第6次エネルギー基本計画の検討が始まった。本来は夏に電源構成の数字を積み上げ、それをもとにして11月のCOP26で実現可能なCO2削減目標を出す予定だったが、気候変動サミットで菅首相が「2030年46%削減」を約束してし
-
日本のすべての原発は現在、法的根拠なしに止まっている。それを確認するために、原子力規制委員会・規制庁への書面取材を行ったが、不思議でいいかげんな解答をしてきた。それを紹介する。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間















