ESG評価の終焉:SpaceXに最低評価、それでもIPOは大成功

2026年06月25日 06:40
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技術士事務所代表

francescoch/IStock

SpaceXに最低評価、しかし市場は意に介さず

2026年6月11日、世界最大級の金融データ会社MSCIは、宇宙開発企業SpaceXに対してESGスケール最低のCCC評価を付与した。コントロバーシー(論争性)スコアは10点満点中1点、ガバナンススコアは3.2点。MSCIは「業界平均と比較してESGリスクへの露出が高く、その管理が不十分」と総括した。

この評価は、2022年にロシアがウクライナに侵攻した際にMSCIがロシア国家に付与したものと同じ最低ランクである。宇宙ロケット技術で世界を牽引し、再使用型ロケットによってコストを劇的に引き下げた革新企業が、ロシアと同格に置かれたのだ。

しかし市場はまったく動じなかった。SpaceXはこの評価が公表された翌日の6月12日、750億ドル(約11兆円)という史上最大規模のIPOを実施し、初日の取引で19%以上上昇した。その後も株価は買われ続け、時価総額は2.4兆ドルを超えた。ESG最低評価は、投資家の判断に何ら影響を与えなかった。

イーロン・マスクはXに「残念ながら電気ロケットは不可能だ」と投稿し、排出量集約型産業を一律に罰するESGの枠組みを一蹴した。2022年にテスラがS&P500 ESGインデックスから除外された際に「ESGは詐欺だ」と言い放った、あのスタンスそのままである。

4年前、日本での問いかけ

この光景を見て、筆者はある感慨を覚えた。今からちょうど4年前の2022年9月、筆者はGEPRに「米国21州で金融機関を標的とする反ESG運動、さて日本は?」と題した記事を寄稿した。

当時の日本では、ESGは疑うべからざる「善」として受け入れられていた。経産省はESG投資の普及を推奨し、SDGsのピンバッジをつけた経営者がテレビに登場し、国を挙げて取り組んでいるような雰囲気が醸成されていた。

そのような空気の中で、米国では全く異なる動きが起きていることを紹介した。8月16日、米国21州の検事総長がSECに対しESG開示規則案に反対する書簡を送り、8月23日にはフロリダ州のデサンティス知事がファンドマネージャーにESG投資の一掃を要請、8月24日にはテキサス州が化石燃料関連企業をボイコットする金融機関のリストを公表していた。

テキサス州会計監査官はこう述べていた。「ESG運動は、一部の金融会社が株主や顧客の最善の利益のために意思決定を行うのではなく、秘密に包まれた社会的・政治的課題を推進するために資金力を利用するという、不透明で倒錯したシステムを生み出している」。

記事の末尾で筆者はこう問いかけた。「米国21州の動きを参考としながら、闇雲に進んでいくことの危うさをいま一度検証すべき時ではなかろうか」。

その2ヶ月後の同年10月、「ESG投資をめぐる米国の州と金融機関の争い」と題した続編を書いた。

NZBAに参加する119の銀行に対して19州の司法長官が調査に乗り出し、ブラックロックはUBSに格下げされ、フロリダ州は1860億ドルの年金基金からESG基準を削除した。ウェストバージニア州はゴールドマン・サックスやJPモルガンを州の銀行契約から外していた。記事の末尾で筆者は「米国がパリ協定から再離脱することも十分あり得る」と記した。

予測は現実になった

あれから4年が経過し、予測は現実のものとなった。

トランプ政権は2025年1月に発足するや直ちにパリ協定から再離脱し、連邦レベルのESG関連規制を次々と撤廃した。機関投資家への圧力として機能していたSEC気候開示規則も事実上棚上げとなった。2022年に「保守派の反乱」として始まった動きは、米国の連邦政策そのものを塗り替えるに至った。

そしてSpaceXのケースは、この流れの象徴的な結末を示している。ESG評価機関が最低評価を下しても、市場は750億ドルを投じた。評価機関の「権威」は、資本の論理の前に無力だった。

あるアナリストはこう評した。「化石燃料企業がESG全盛期に格下げや除外を受けても、キャッシュ生成インフラとしての重要性から資本は流れ続けた。ESGラベルは貼られ、無視され、そして静かに制約として退場していった。SpaceXでも同じことが起きている」。

ESG評価の構造的欠陥

SpaceXのケースは、ESG評価の構造的な問題を改めて浮き彫りにした。

MSCIがSpaceXに付与したCCC評価の主な根拠は、コーポレートガバナンスの集中(マスクへの権限集中)、ロケット打ち上げによる排出ガス、Starlink衛星によるスペースデブリリスクの3点である。しかしこれらの基準は、既存の大企業を前提に設計されたものだ。

再使用型ロケットによって打ち上げコストを100分の1近くに引き下げ、人類の宇宙アクセスを根本から変えた技術革新は、ESGのスコアカードには現れない。Starlinkが僻地や途上国に提供するインターネット接続の社会的価値も、ガバナンス減点の前には霞む。評価の枠組みが現実の価値創造を捕捉できていないのだ。

2022年にはテスラが、世界最大の電気自動車メーカーであるにもかかわらずS&P500 ESGインデックスから除外された。当時マスクが「ESGは詐欺だ」と言い放ったのは、単なる感情的反発ではなく、この構造的な欺瞞への告発だったと言える。

「さて日本は?」——問いへの答え

4年前の記事の題名に「さて日本は?」という問いを込めた。今、この問いへの答えを考えると、残念ながら状況はあまり変わっていない。

GPIFはESG投資を継続し、経産省はGX(グリーントランスフォーメーション)政策の旗を降ろしていない。米国では連邦政策レベルでの転換が起きているにもかかわらず、日本の政策論議においてESGへの本格的な再検討は見られない。

ESGが「国連や世界経済フォーラムが主導しているから」という理由で採用された経緯は、4年前に指摘した通りだ。しかしその発信源である国連のNZBAに加盟していた大手金融機関が相次いで離脱し、米国ではESGへの反発が政策を変えるまでに至った。

SpaceXという世界が注目する企業が最低評価を受け、しかも市場はそれを完全に無視した。ESG評価体制の権威は、今や実質的に崩壊している。

日本にとって必要なのは、ESGを頭ごなしに否定することではない。しかし「国際的潮流だから」という思考停止を脱し、その評価基準の妥当性を独立した視点から検証することが、今こそ求められている。翻って、我が国のエネルギー政策や産業政策がESGスコアという外部基準に縛られていないか、改めて問い直す時期に来ている。

4年前に問いかけた「さて日本は?」という問いは、今もまだ答えを待っている。

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