またEUのCBAMで出鱈目:CO2排出量データに大量ミス

筆者はEUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)はうまく行くわけがないのでこのために日本国内で排出量取引制度を義務化する必要はない、とアゴラ上で繰り返し述べてきました。
日本企業を苦しめてきたEU脱炭素規制の潮目が変わるか | アゴラ 言論プラットフォーム
排出量取引義務化は国によるグリーンウォッシュ教唆 | アゴラ 言論プラットフォーム
杉山大志氏、手塚宏之氏もCBAMの問題点についてたびたび指摘されています。
米国も途上国も猛反対のEUの国境炭素関税CBAMは骨抜きの運命にある | アゴラ 言論プラットフォーム
竜頭蛇尾の兆候を示すEUのカーボンプライス政策 | アゴラ 言論プラットフォーム
そして2026年1月1日よりCBAMは本格導入されましたが、案の定、早くも大きな混乱が生じているようです。
筆者や杉山氏、手塚氏が指摘してきたのは制度の中身や国際関係にかかわる具体的な問題点ですが、実際に起きた混乱は我々の想像をはるかに上回る(下回る?)お粗末ぶりでしたのでご紹介します。
炭素関税の根拠となるCO2排出量データリストで膨大な転記ミス、漏れ・抜け、計算ミスが発覚
CBAMは2026年1月1日から本格導入されましたが、これは2023年5月16日に正式決定していました。一方で、本格導入のために必要だったCO2排出量の「デフォルト値※)」に関する規則は2025年12月16日に採択され、官報掲載されたのがなんと開始日の前日である2025年12月31日だったのです。
※)EUへ輸入される当該製品のCO2排出量(実測値)がない場合に適用される「みなしCO2排出量」。ECが国別・品目別に定めたこの「デフォルト値」を使ってCO2排出量を計算し、EU-ETS(欧州排出権取引)の炭素価格を反映したCBAM証書価格をもとに、実質的な炭素コスト負担が決まる仕組みになっている。
ところが、このデフォルト値に膨大な転記ミスや漏れ・抜け、計算ミスがあったことが発覚しました。そこで2026年7月31日、ECはウルズラ・フォン・デアライエン委員長名で修正規則(EU 2026/1740)を公開しました。
Implementing regulation – CFSP – 2026/1740 – EN – EUR-Lex
今回の修正規則の前文において、EC自身が「非常に短期間でデータを統合した結果、転記ミス(transcription mistakes)やうっかり見落とし(inadvertently omitted)が生じた」と、その失態を公式に認めています。
2025年12月に公表された元データ(EU2025/2621)と今回の修正データ(EU2026/1740)を筆者が確認した限り、日本向けのデフォルト値には修正は見当たりませんでした。他方、影響した国・品目が膨大な数にのぼるようで、一部を整理して以下に示します。
なお、「CN(Combined Nomenclature)コード」とはEU域内外の貿易・統計・関税率等に使用される独自の識別番号であり、いわば国際標準であるHS(Harmonized System)コードのEU版です。
大幅マイナス(=負担軽減)の例
・台湾(ステンレス鋼:CN 7218〜7223)
元の表では「8.67〜10.0tCO2eq」という不当に高い数値を割り当てられていたが、これが完全に削除され「その他の国・地域(Other Countries and Territories)」の共通データ(4.82~5.02 tCO2eq)が適用された。台湾製ステンレス鋼に適用されるCBAM上のデフォルト排出量は、おおむね半分の水準となる(負担減)。
・ガボン・リベリア(水素:CN 2804 10 00)
これまでは高水準な共通枠の適用、ならびに数値の欠落があったが、本来の数値が追加された。この結果、デフォルト値が17.74から10.82 tCO2eqへと大幅に低下した(負担減)。
・アルバニア・グアテマラ・ニューカレドニア・ザンビア・ジンバブエ(フェロアロイ:CN 7202)
該当する国・品目についてデフォルト値の欠落があり、今回の訂正で値が追加された。これまでは高水準な共通データを割り当てられていたため、今回の修正で軒並み負担が下がる見込み。
プラス(=負担増加)の例
・アンゴラ(鉄鉱石:CN 2601 12 00)
元の表で「間接排出(電気等)」の欄がなぜか「適用なし(N/A)」と掲載され、直接排出および総排出量が「その他の国・地域」のデータになっていた。今回の修正により間接排出のカウントが義務付けられ、総排出量の値が0.617から0.686 tCO2eqへ引き上げとなった(負担増)。
デフォルト値の誤りを7か月間放置したままアナウンスせず
修正の理由がこれまたお粗末すぎます。2026年1月1日の運用開始日に間に合わせるため超短納期で作業した際の転記ミス、数値の欠落、四捨五入などデータを丸めるルールの不統一、品目コード(CNコード)の取り違えなどなど、いずれも極めて単純なミスばかりだったようです(ただし率直に開示した点だけは評価できます)。2023年5月から2年半も時間があったはずなのに、短期間の作業でミスしちゃいました、とは呆れます。
さらに驚くべきことに、ECがこの単純な誤りを修正し公表するまでに、実に7ヶ月もの時間を要しました。世界中の何万という企業が自社システムを改修し、ECのデータシートをもとに各国の実務者がシステム対応や排出量計算を進めていた以上、影響は小さくありません。実際、欧州企業などからECには多数の苦情が寄せられていたと報じられています。にもかかわらず、筆者が確認した限り、ECからデフォルト値の誤りや再集計を告知する一般向けリリースは見当たりませんでした。
今回の修正規則は「2026年1月1日に遡って適用(遡及適用)」されるため、旧デフォルト値を前提にCBAM対応、社内システム設定、コスト試算などを進めていた企業では、データの再確認や差し替えが必要になります。2023年から行ってきた試行期間を経て2026年1月に本格導入されたはずなのに、なぜこんなことが起こるのでしょうか。欧州委員会とはどんなガバナンスになっているのやら。企業へ求める前に、ECこそまずはESGのG(組織統治)をゼロからやり直すべきです。
しかも、企業が実排出量を申告する際には厳格な第三者検証を求めておきながら、当局が策定するデフォルト値ではこの体たらく。筆者が企業担当者であれば間違いなく怒り狂っています。世界中の同業者の皆さまに心から同情いたします。
今回の出鱈目なデータ管理によって誤りの確認や修正作業を繰り返してきたEC自身、そして本来不要な確認や修正作業を強いられる世界中の企業現場において、一体どれだけの追加的な電力が消費され、無駄なCO2が排出されたのでしょうか。そうか、ECが炭素クレジットを買って相殺すればオッケーなのかもしれません。
■
関連記事
-
長期停止により批判に直面してきた日本原子力研究開発機構(JAEA)の高速増殖炉の原型炉「もんじゅ」が、事業の存続か断念かの瀬戸際に立っている。原子力規制委員会は11月13日、JAEAが、「実施主体として不適当」として、今後半年をめどに、所管官庁である文部科学省が代わりの運営主体を決めるよう勧告した。
-
1月3日午前6時、独ベルリン南部のSteglitz、Zehlendorf、Lichterfelde、Wannsee地域でブラックアウトが発生した。45,000戸の家庭と2,300軒の店舗や事業所が停電。地域暖房も温水供給
-
中国の台山原子力発電所の燃料棒一部損傷を中国政府が公表したことについて、懸念を示す報道が広がっている。 中国広東省の台山原子力発電所では、ヨーロッパ型の最新鋭の大型加圧型軽水炉(European Pressurized
-
東京電力福島第一原子力発電所の事故は、想定を超えた地震・津波により引き起こされた長時間の全交流電源の喪失という厳しい状況下で炉心溶融に至ったものです。 それでも本来事故以前から過酷事故対策として整備してきていた耐圧強化ベ
-
IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 地球温暖化というと「猛暑で熱中症が増える」ということばか
-
東京都が水素燃料電池タクシー600台の導入目標(2030年度)を掲げた。補助金も手当されるという。 燃料電池商用モビリティをはじめとした「水素を使う」アクションを加速させるプロジェクト発表会及びFCタクシー出発式 だがこ
-
経産省が、水素・アンモニアを非化石エネルギー源に位置づけるとの報道が出た。「製造時にCO2を排出するグレー水素・アンモニアも、燃焼の瞬間はCO2を出さないことから非化石エネルギー源に定義する」とか。その前にも経産省は22
-
このところ小泉環境相が、あちこちのメディアに出て存在をアピールしている。プラスチック製のスプーンやストローを有料化する方針を表明したかと思えば、日経ビジネスでは「菅首相のカーボンニュートラル宣言は私の手柄だ」と語っている
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間
















