電力改革、語るべき論点 — レッテル貼りを超えよう
(IEEI版)
昨年末の衆議院選挙・政権交代によりしばらく休止状態であった、電力システム改革の議論が再開されるようだ。茂木経済産業大臣は、12月26日初閣議後記者会見で、電力システム改革の方向性は維持しつつも、タイムスケジュール、発送電分離や料金規制撤廃等、個々の施策をどのレベルまでどの段階でやるか、といったことについて、新政権として検証する意向を表明している。(参考:茂木経済産業大臣の初閣議後記者会見の概要)
これに関し、朝日新聞は1月14日の社説で次のように釘を刺している。
- 電力需給が逼迫する状況が続くなかで、送電部門が発電部門と分離され一体運用できなければ、安定供給に支障が出かねない、として、電力会社は発送電分離に強く抵抗している。
- かつてのように電力会社の既得権益を守るような動きを見せるなら、自民党への期待はたちまちしぼむだろう。
朝日社説への違和感
しかし、これまで欧米諸国で進められてきた電力システム改革を振り返ってみると、その多くは、比較的需給に余裕がある中で試行錯誤を繰り返してきたものである。需給がタイトな中で改革を敢行したのはカリフォルニアの事例くらいしか無く、そこでは結果して電力危機を引き起こしている。(過去記事「発送電分離の正しい論じ方」参照。バッファーが乏しい中での大きなシステム変更はリスクが大きいと考えるのは妥当であり、これを既得権益とレッテル貼りするのはいただけない。ちなみに同日の朝日のもう一つの社説は「成人の日―レッテル貼りを超えて」であった。)
他方、社説では、「自前で新たな電源を整備するより、市場を通じて電力を売買する。価格メカニズムを働かせることで節電を促す。その方が供給力を確保できるし、効率化もはかれる」と説いている。だから、電力システム改革を断行せよ、との主張と理解するが、リアリティがあるのかどうか。
国民に価格メカニズムへの備えはあるか
価格メカニズムによる節電については、震災後、経済学者を中心に盛んに論じられた。しかし、実際のところ量的にどれほど期待できるのか(計画停電を防ぎ得たほどのものなのか)は検証されていない。またこの場合に、日本の電力市場価格が、時に数百円〜千円/kWh程度まで上昇しうることをどれほどの国民が理解しているだろうか。このような世界に移行することに、社会の理解あるいは備えが十分とはとても思えない。
さらに市場を通じて電力を売買するなら、市場に電源が豊富に存在しなければならない。震災直後に一部で期待が高まった「埋蔵電力」はカラ振りであったので、原子力の再稼働を良しとしないのであれば、今後の新規電源投資に期待するしかないが、新政権は、非現実的な原発ゼロ政策の見直しを公言している。
しかしそれに代わる新たな政策の見通しが立たない中では、既存電力会社であろうが、投資判断は困難だ。思えば、明快とは言い難い原発ゼロ政策の一方で、発送電分離などを含む電力システム改革は「断行」と謳っていた革新的環境・エネルギー戦略は、政策議論の優先順位としても疑問を感じさせるものであった。新政権には本来あるべき優先順位に基づいた議論を望みたい。
雑な議論はこの際検証を
さて、これまで開催されてきた「電力システム改革専門委員会」では、総じて電力会社の取り組みについて、厳しい意見が多かった。中には、今までの審議会の議論は、電力会社の政治力ゆえに歪められていたと公言する委員もいた。したがって、上記の朝日社説のように新政権が「電力会社の既得権益を守るような動きを見せる」ことを警戒して、システム改革の議論を急ぐよう主張する向きもあるかもしれない。
しかし、レッテル貼りの中で拙速に議論が進むのも不幸である。これまでの議論にはかなり雑なものもある。この機会に検証してみることも重要だろう。以下、これまでの委員会の議事要旨の中から、目に付いた委員発言について、いくつかコメントしてみる。
(1)震災からの復旧が早かったとしても、垂直統合や資本関係があったことが理由にはならない。資本関係がない自動車部品産業であっても、結果として復旧が遅かったということはなく、復旧のスピードと関係する会社の資本関係の有無は無関係。(第4回)
- 資本関係がない自動車部品産業も災害復旧は迅速であったとして、垂直統合が迅速な災害復旧に資するとの主張に反論しているが、在庫が利き、供給が滞っても直ちに生活に直結するものでもない自動車部品と、電力で求められる迅速性の程度は当然違うと思われ、自動車部品産業で問題ないから電力も分離しても大丈夫というのは、反証としてはかなり乱暴である。
- また、自動車部品産業は、強固な系列取引等、資本会計に代わる関係によって、迅速性が支えられている可能性がある。これは垂直統合と実質変わらないので、発送電分離における発電と送電の関係には敷衍できない。
- むしろ、本件については、海外の発送電分離型システムとのパフォーマンス比較を行うべきだろう。昨年秋に米国東海岸を襲ったハリケーン・サンディによる停電被害とその復旧状況を見る限りは、発送電分離型の電力システムが、自然災害の復旧において良いパフォーマンスを上げているとは言えそうもない。むしろ、各部門間のインターフェースを適切に設計するという課題を浮かび上がらせていると言えそうだ。(過去記事「ハリケーン・サンディによる米国東部大規模停電が問いかけたもの」参照)
(2)再生可能電源と発送電分離は無関係ということについては全く証明されていない。一般電気事業者が自らのビジネスモデルと異なる分散型電源の事業者を差別しているのではないか、または差別しようと思えば可能である懸念が繰り返し指摘されている中で、再生可能電源と発送電分離は無関係とは言い難い。(第4回)
- 発送電分離をすれば再生可能電源の導入が進むとの意見は時々見かけるが、分離をした送電会社が、再生可能電源の系統接続を積極的に認めるだろうとの期待があるものと思われる。しかし、再生可能電源の出力変動をバックアップするのは、分離した発電会社である。発電会社がバックアップを拒否したら、再生可能電源は導入できない。
- 従来のRPS(Renewable Portfolio Standard)法の下では、一定の義務量を超えて電力会社が再生可能電源から電気を購入するインセンティブは全くなかった。そればかりか、再生可能電源が接続されれば、出力の変動に備えたバックアップ電源の確保等コストがかかるが、そのコストをだれが負担するかという議論はほとんどなされず、結局電力会社の持ち出しであった。これで、電力会社に積極的になれと言っても無理である。
- つまり、バックアップ等に係るコストが適切に支払われる仕組みこそ重要なのであり、結局は費用負担を誰がするか、という問題である。
(3)発電と送電が分離していたら危ないということであれば、今の制度でも、新電力のシェアが増えたら危ないということと同義なので、そのようなシステムは速やかに見直すことが必要。株式会社の電源開発の発電所は現状の制度でも送配電部門から分離されているが、電力会社との連携が悪く、問題が生じていると言えるのか。(第7回)
- 電源開発の電源は、電力会社と長期の卸売契約を締結しており、電力会社(の発電部門)の競合相手ではないので、発送電分離における発電と送電の関係には敷衍できず、反証としては乱暴である。
- 新電力のシェアが増えれば、お互いに競合関係にあり、自社の利益を優先するインセンティブを持つ複数の発電会社(発電部門)と、送電部門の連携を確保するルールが必要になり、その点で指摘は正しい。ただし、新電力の電源のシェアが増えるにしても、電源の建設には数年から十年単位の時間がかかるので、「速やかに見直すことが必要」とは言えない。慎重に議論を進める時間はある。
(4)今までの電力システムは、平常時は問題ないが、災害などにより需給がひっ迫した場合に需給の調整が効かなくなる問題が生じることは今まで指摘してきた。それが震災で顕在化した。分離は、危機の時に有効だという側面もある。(第7回)
- 市場メカニズムの活用が重要との指摘であるが、リーマンショック等を思い浮かべても、市場メカニズムが非常事態においても機能するとの考えは楽観的過ぎると思われる。
- 電気の場合も、需給が極端に厳しい時、系統運用者は、市場原理を無視して様々な手段を講じるのが、海外においても普通である。これは、調整に失敗すれば、コントロールできない広域停電を引き起こすことになり、この外部不経済が膨大であるからで、経済学でもこのような系統運用者の行動は説明可能である。
(2013年1月21日掲載)
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