農業でIT活用、生産増やす米国農家(下)
(上)より続く
受け入れられた遺伝子組み換え作物
イリノイ州の農家のダン・ケリーさん(68)の農場も訪れた。
よく手入れされた美しい農園だった。大学卒業後に会社務めをした後で、父親の農場を手伝いながら金を貯め、土地を自分で買ったという。父の農園は兄の一族が経営している。大豆とトウモロコシの畑は1200ヘクタールだ。農地に作物が密集して植えてあり、緑が濃いことで、より美しい景観になっていた。「かつてはここまで作物を密集させなかった。遺伝子組み換え作物を使うことで、害虫のリスクが減り、生育がよくなったので、密集させ、収益を上げている」という。(写真6)
(写真6)ケリーさんと農場の遺伝子組み換えトウモロコシ。今年は豊作という。
遺伝子組み換え作物は米国の農業生産を拡大させた最近の新技術の代表的なもので1996年に商品化されて20年が経過した。米農務省によると2015年現在、米国では大豆の94%、トウモロコシの92%、綿の93%が組み換え作物だ。
バイオ技術を使って遺伝子を操作して、「害虫を寄せ付けない」「特定の化学成分の農薬や除草剤をかけても枯れない」「生育がよい」「水が少なくても成長する」などの性質を作物に与える。それによって農薬の使用量が減り、収穫が増えコストも減った。従来から交配による品種改良は続けられてきたが、この種の作物を使うことでより便利な性質を与えられるようになった。
一方で、遺伝子組み換え作物では、健康被害は確認されていないものの、それを懸念する声はある。米国を含めて、消費者の間にはそして米国では今年7月に成立した連邦法、ここの種の作物から作られる食品に、そのことを表示する義務が課せられた。それまでは各州に委ねられていた。
2人とも、この作物を使っており、ためらいはなかったという。自分の利益になるためだ。
取材した2人の農家とも、遺伝組み換え作物で、農作業の手間が減ると答えた。農薬を使う場合に、自分が健康被害を受けないようにする防護対策が大変という。「遺伝子組み換え作物を自分も食べるし、健康は問題ない。それによって農薬が使われないため、消費者の健康リスクは減る」とケリーさんは指摘した。2人とも、今年4月に全米科学アカデミーが作成した遺伝子組み換え作物のリポートを読んでおり、自分の仕事をめぐる勉強をプロとしてしっかり行っていた。
また収穫は、遺伝子組み換え作物を使うことで1−2割増えたという。虫に食べられず、密集して植えられるようになったためだ。
遺伝子組み換え作物とそれより種は安い従来種の種苗のいずれかを選択して、米国は栽培してきた。これまで後者の方の値段が高かったが、ここ数年はあまり値段が開かなくなったので後者を減らしている。「消費者がそれほど気にしなくなったのではないか」(ケリーさん)という。
しかし課題もある。特定の除草剤に耐性をもつよう作られている組み換え作物の場合、普通はその除草剤をまけば大豆は生き残り雑草だけが枯れる。ところが、米国で最も普及しているグリホサートという除草剤をまいても枯れない雑草が出てきてしまった。また複数の性質を重ねた複雑な操作をした組み換え作物も出ている。その検証も必要になる。技術が進歩すると、その管理も複雑になっていく。また最近の課題は価格の値下がりだ。2012年夏は干ばつで、また南半球の異常気象で、同年1月にはシカゴトウモロコシ先物市場では非遺伝子組み換え作物の当月渡しで、1ブッシェル(36リットル・25キロ)が、1月に810ドルだった。しかし、ここ数年は大豊作で今年9月には300ドル台まで下落している。「値段が上がらないと経営は厳しい」(ウェンデさん)という。今年も豊作が見込まれ、価格はまた下落してしまうだろう。
こうした問題はあるものの、米国の農業の力強さが取材で印象に残った。
日本の農業が学ぶべき米国の市場志向
農業団体も市場開拓に知恵を絞り、穀物から作るエタノールの開発と販売を支援していた。2011年まで連邦政府の補助金が出て、今では米国のガソリンスタンドの大半でエタノール入りガソリンが売られている。そして今では、米国の穀物の3割弱がエタノール向けになっている。イリノイ州立大学ではバイオエタノールの開発や利用で、地元農業穀物協会は共同で研究している。
同州トウモロコシ生産者協会のフィル・ソーントン氏はトウモロコシから作られた85%のエタノールで走る車で、地元の農家から要望を吸い上げている。イリノイのトウモロコシの大半は飼料向けで、そのうち1割程度が日本向けという。
「中国の商社もイリノイも来たが、彼らは突然買わなくなるなど荒い商売をした。日本の皆さんはこちらの利益に配慮してくれる。みんな日本との関係を大切にしている。エタノールにも注目してほしい」とPRをした。
(写真7)巨大なサイロとイリノイ州トウモロコシ生産者協会のソーントンさん。このような組合、企業の運営する巨大なサイロが同州各所にある。
(エタノールについては、別原稿で紹介する)
TPPによって米国の強い農業が、日本を席巻すると懸念が広がる。しかし米国の農業関係者は誰もが、主要な商品の買い手である日本の消費者と良い関係を結びたがっていた。そして日本の農業は生まれ変わろうとしている。そのために米国の農業から学ぶべきところはたくさんあった。
米国の農家も農業団体も市場志向だ。付加価値を付け、役立つ新技術を導入し、コストを削減し、商品を魅力的にして、どのように売るか、つまり「儲けの追求」を農業関係者すべてが考えている。そして企業家精神を持つ農業生産者を、業界団体、学界、関連企業による支援が支えている。今回の訪問はトウモロコシ、大豆生産の視察だったが、食肉や果実、ワインなどの食品でも、同じ傾向が米国の農業にはあるようだ。
日本の農業関係者の話を聞くと、すべての人には当てはまらないものの、儲けの追求への意識が米国に比べて乏しい気がする。国の支援に頼ることを常に考え、コストカットや新技術導入に鈍感な傾向がある。
日本と米国では、農業をめぐる国情が違いすぎる。しかし、遺伝子組み換え、ITなどの技術革新を積極的に取り入れ、生産性の向上を行う農家の姿勢も違う。
「守る農業から攻めの農業に転換し、若い人が夢を持てるよう、万全の対策を講じていく」
安倍晋三首相は昨年10月、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)総合対策本部の初会合で、こう宣言した。「攻め」に転じるために、米国農業の強さの理由である、市場志向、最新技術への感度の高さを、取り入れていくべきだろう。
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