前橋地裁判決と東電問題・東芝問題の共通点
前橋地裁判決は国と東電は安全対策を怠った責任があるとしている
2017年3月17日、前橋地裁が福島第一原子力発電所の原発事故に関し、国と東電に責任があることを認めた。
「東電の過失責任」を認めた根拠
地裁判決の決め手になったのは平成14年に政府の“地震調査研究推進本部”が発表した「長期評価」だ。そこにはM8クラスの巨大地震が、30年以内に20%の確率で発生すると書かれている。さらに、平成18年に当時の原子力安全・保安院や電力会社が参加した勉強会で、福島第一原発については14mを超える津波が来た場合、全ての電源が喪失する可能性があると示されていたとしている。
国の地震と津波対策
福一事故の翌月の4月27日、中央防災会議が「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会」を設置した。9月28日の報告には以下のことが書かれている。これまでの地震予測は比較的短期間のデータに基づいていたが、今後はもっと長期間のデータで防災対策全体を再構築する。具体的には、①古文書等の分析、津波堆積物調査、海岸地形等の調査などの科学的知見に基づく他、②地震学、地質学、考古学、歴史学等の統合的研究を充実させる、としている。
正直言って今頃そんなことを言っているのか、という印象である。
津波に関しては今後、二つのレベルの津波を想定するとしている。①発生頻度は極めて低いが甚大な被害をもたらす最大クラスの津波。そして、②発生頻度は高いが津波高は低いものだ。
東電問題と東芝問題の共通点
なぜ東電は対策しなかったのか
東電では平成14年と平成19年に大きな出来事が起きている。
平成14年に起きたのは「東京電力原発トラブル隠し事件」である。福島原発の定期検査をしたGE社員がシュラウドにひび割れがあったこと等を内部告発したのである。シュラウドが強度部材でなかったため、東電は官庁に報告していなかったが、法律違反だった。このため、東電は原発を統括する原子力本部の本部長と副本部長を含む、社長、会長以下5名の幹部が引責辞任に追い込まれた。当時の原子力法制には複雑な事情があった。法律上、原子力は炉心溶融事故が起きないことになっていたが、我が国は法制度上の制約から、5層の内、3層までが法的義務とし、4層目は電力会社の自主的実施とされていた。我が国の原子力事業の安全対策はこの特殊況を勘案しなければならなかったが、東京電力は上述した事情により、経営幹部が突然大幅に交代する事態に追い込まれ、法律にも書かれていない炉心溶融事故対策にまで手が回らなかったのではないかと推察する。
平成19年に起きた中越沖地震では原発に大きな被害発生
東電が上述の不祥事の後始末に追われている時に起きたのが平成19年7月16日の中越沖地震だ。我が国最大、7基もの原発が並んでいる柏崎刈羽原子力発電所を大地震が直撃した。原子炉建屋基礎マット上の設計加速度が273galしかなかった1号機に680galという設計加速度の2.5倍もの大きな地震力が襲った。しかし、制御棒は全基とも無事挿入され、運転中だった3,4,7号機は無事冷温停止した。耐震クラスの低い施設は大幅に壊れたが、炉心周辺は全く異常なかった。
東電は7基の原発を正常復帰させるため膨大な額の修理費を投入した。借入金の推移で見ると平成16年に10兆円まで膨れ上がった長期借入金は平成18年に7.2兆円にまで減少していたが、平成22年に8.9兆円に増加した。恐らく、増加した額の大部分が中越沖地震対策だったと思われる。
通常ならすぐにでも支出していただろうと思われる津波対策強化の費用が出せなかったのはこのためではないかと推察する。
東電問題と東芝問題の共通点
東芝のWH問題が火を噴いたのは平成28年暮れである。実は東芝は平成27年7月に不適切会計問題を起こし、歴代3人の社長と16人の取締役が引責辞任している。今回の事件はその問題が起きてから1.5年後のことである。
私が指摘したいのはマネジメント技量問題である。東電にしても東芝にしても運が悪かったと言えばそれまでの話であるが、大きな事件が起きたのが、不祥事を起こした直後で、両社とも幹部が大幅入れ替えした直後だったという共通点がある。日本の企業は大半が終身雇用制度を守っており、技術畑出身者を幹部に登用する場合、登用寸前にマネジメント教育を実施しているのが実情だ。今回のように不祥事で突然大量に幹部の交代がある場合は恐らく事後教育にならざるを得ない。両者とも次の問題がマネジメント問題だったと言うのも不思議と一致している。どう改善するべきかについては様々な意見があろうが、どの企業にしても他山の石には出来ない問題なのである。

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