EVで「オール電化」の時代は来るか

テスラの最新車「モデル3」(Automotive Rhythms / flickr:編集部)
エネルギー基本計画の改定に向けた論議が始まったが、先週の言論アリーナで山本隆三さんも指摘したように、今の計画はEV(電気自動車)の普及をまったく計算に入れていないので、大幅に狂うおそれが強い。
新しい計画では2050年までにCO2排出量を80%削減するというパリ協定の長期目標の実行計画を出すらしいが、これは今の計画の延長上では不可能だ。日本の場合、図のようにCO2排出量を1960年ごろのレベルに削減する必要があるので、マイナス成長にするしかない。

日本のCO2排出量と目標値(出所:日本エネルギー経済研究所)
では自動車を電化したら、エネルギーミックスはどうなるだろうか。まず忘れてはいけないのは、内燃機関をモーターに変えても、電力は2次エネルギーなので、本質的な問題は1次エネルギーの構成だということである。EVにしても発電に化石燃料を使ったら同じことなので、それ以外のエネルギー(原子力と再生可能エネルギー)に転換することが問題だ。
いま日本の原発はほとんど止まっているため、電源構成比は原子力が2%という異常な状態になっており、このままでは2030年代には電気料金は今の2倍になる。「脱原発」で再エネに切り替えたドイツは、固定価格買い取り(FIT)のコストで電気料金が2倍になる一方、バックアップの石炭火力も増えてCO2排出量は増えた。
次に問題なのは、CO2を減らす限界費用である。フランスのマクロン政権が2040年までにガソリン車・ディーゼル車の販売を禁止する方針を打ち出したのは、フランスの電力の78%が原子力で発電されているという背景がある。このため自動車をすべてEVに切り替えると、図のようにCO2が90%も削減できるが、80%以上を化石燃料に頼っている日本では55%しか削減できない(国立環境研調べ)。
つまりフランスでは自動車をすべてEVに切り替えるだけでパリ協定の長期目標を達成できるが、日本では内燃機関をすべて廃止しても達成できないのだ。残りの25%は発電所の化石燃料を減らすしかないが、原発ゼロだとすべて再生可能エネルギーにするしかない。これによってコストは大幅に上がり、ドイツのようになるだろう。
もう一つ見逃せないのは、エネルギー需給が大きく変わる効果である。OECD諸国の石油需要は2040年までに25%下がる一方、非OECDでは50%増えるので、世界全体では2040年ごろピークを迎えるというのがIEA(国際エネルギー機関)の予想である。EVやカーシェアリングが普及すると、これより大きく石油需要が減るが、向こう20年は人類の化石燃料消費が減るとは考えられない。
これに対して世界の石油と天然ガスの確認埋蔵量は、生産量に対して50年前後で一定である。「石油があと40年でなくなる」といわれた40年前から、消費されるのと同じ量が発見されているので、EVが普及すると化石燃料が供給過剰で安くなり、途上国ではガソリン車が増えるだろう。
日本のCO2排出量は世界の3.6%なので、途上国の消費が減らない限り、地球温暖化は止まらない。インフラの乏しい途上国でEVが普及するのはかなり先なので、ガソリン車のメーカーの市場は今後も確保できるが、低価格で付加価値の低い車種になろう。
EVのライフサイクルコストは2020年代にはガソリン車に追いつくと期待できるので、2040年までにOECD諸国では自家用車はEVに転換するだろう。充電や航続距離などの技術的問題は、インフラ整備でカバーできる。もちろん自動車以外の製造業の化石燃料は残るが、自家用車はカーシェアリングや自動運転も含めた電子化が進み、オール電化に近づくだろう。
EUは各国の政権が移行を進めているので、蓄電・充電・交通のインフラが整備されるだろう。アメリカはトランプ政権の姿勢が不透明だが、中国はEVに舵を切ったのでインフラ整備が進み、原発を増やしているので電気料金も削減できる。ところが日本ではトヨタがまだEV車を発売していないため、インフラ整備が進まず、それがEVの普及を止める悪循環になっている。
自動車の電子化は、PCやインターネットと同じぐらい大きなインパクトを社会にもたらすだろう。電力は今以上に重要なインフラになり、電気料金が国際競争力を決め、災害で電力が止まると社会全体が麻痺する。安倍政権のように原発を止めて電力会社に莫大なコストを負担させていると、日本の製造業が生き残れるのかどうかも危うい。オール電化の方向を踏まえた現実的なエネルギーミックスを考える必要がある。

関連記事
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクGEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。毎週月曜日更新ですが、編集の事情で今回水曜日としたことをお詫びします。
-
福島原発事故をめぐり、報告書が出ています。政府、国会、民間の独立調査委員会、経営コンサルトの大前研一氏、東京電力などが作成しました。これらを東京工業大学助教の澤田哲生氏が分析しました。
-
IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 以前、「IPCC報告の論点⑥」で、IPCCは「温暖化で大
-
米国のウィリアム・ハッパー博士(プリンストン大学物理学名誉教授)とリチャード・リンゼン博士(MIT大気科学名誉教授)が、広範なデータを引用しながら、大気中のCO2は ”heavily saturated”だとして、米国環
-
豪州と欧州で停滞する水素プロジェクト 昨年11月のニュースだが、関西電力が丸紅などと豪州で計画していた水素製造事業から撤退するとの報が流れた。プラントや収支計画などの基本設計を詰める中で、製造コストが想定以上に高く、採算
-
2018年4月8日正午ごろ、九州電力管内での太陽光発電の出力が電力需要の8割にまで達した。九州は全国でも大規模太陽光発電所、いわゆるメガソーラーの開発が最も盛んな地域の一つであり、必然的に送配電網に自然変動電源が与える影
-
電力自由化は、電気事業における制度担保がなくなることを意味する。欧米諸国の電気事業者の財務格付けは、自由化の前後で、国とほぼ同等の格付けから、経営環境や個社の財務状況を反映した格付けに改定された。その結果、大半の電気事業者が、財務諸比率が改善したにもかかわらず、財務格付けを引き下げられた。
-
GEPRを運営するアゴラ研究所は「ニコ生アゴラ」という番組をウェブテレビの「ニコニコ生放送」で月に1回提供している。4月10日の放送は「汚染がれきを受け入れろ!?放射能に怯える政治とメディア」だった。村井嘉浩宮城県知事(映像出演)、片山さつき自民党参議院議員、澤昭裕国際環境経済研究所長、高妻孝光茨城大学教授が出演し、司会はアゴラ研究所の池田信夫所長が務めた。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間