プルトニウムマネジメントの観点から見た「脱原発」公約に関する論考
この度の選挙において希望の党や立憲民主党は公約に「原発ゼロ」に類する主張を掲げる方針が示されている。以前エネルギーミックスの観点から「責任ある脱原発」のあり方について議論したが、今回は核不拡散という観点から脱原発に関する課題を議論したい。
さて我が国は1970年に「核兵器の不拡散に関する条約」、いわゆる核兵器不拡散条約(NPT)に署名し、1976年に国会承認し批准した。NPTでは締結国の原子力平和的利用の権利を確認しつつ、他方で核兵器保有国に対して核拡散防止措置、非核兵器保有国に対して核拡散避止措置を義務付けている。日本は当然にして「非核兵器保有国」に分類されるため、具体的には拡散避止措置として国際原子力機関(IAEA)の保障措置(*注1)を受け入れる義務などを有している。(*注1:核物質が核兵器の開発に使われていない確認するための措置)
またNPTとは別に日本はアメリカとの間に「日米原子力協定」を締結し、事実上アメリカの管理の下で原子力政策を展開している。日米原子力協定は1955年に米国から研究炉と濃縮ウランを輸入するため締結され、58年に発電が可能となる動力炉まで含める形に、1968年に商用炉まで含める形に改定された。日米の原子力協力はここまで比較的上手く機能していたが、1977年に大きな問題が起きた。1974年にインドがカナダ産原子炉の使用済核燃料を再処理してプルトニウムを抽出し核実験を強行すると、アメリカは日本の核燃料サイクルに懸念を抱くようになった。(なお今に至るまでインドはNPTに加盟していない。)当時使用済燃料の再処理に関してはアメリカが日本の要望に応じて個別合意する方式であったこともあり、カーター政権は使用済核燃料からプルトニウムを抽出する東海村再処理工場の稼働にストップをかけたのだ。結局はカーター政権は条件付きで再処理工場の稼働を認めたが、この厳しい交渉体験は日米双方にとってトラウマとなり、現行の1988年改定では核燃料サイクルにかかる再処理に関しては個別の同意を要しない包括事前同意方式が導入された。

(原子力委員会資料より抜粋)
このように日本の核拡散防止政策はNPTという比較的緩やかな多国間の枠組みと、日米原子力協定という比較的厳格な二国間の枠組みが並存する形になっているが、さらにこれに加えてプルトウムの管理においては上乗せの自主規制を設けている。2003年8月15日原子力基本委員会決定の「我が国におけるプルトニウム利用における基本的な考え方について」とする文書では我が国は利用目的のないプルトニウムを保有しないものとし、毎年度プルトニウムの所有者、所有量及び利用目的をまとめたプルトニウムの利用計画を公表するものとしている。現在我が国は使用済核燃料の再処理の結果、47.9トンのプルトニウムを管理しており、そのうち10.8トンは国内に保有している。原子力爆弾を1発作るのに必要なプルトニウムは4kg程度のため、我が国は潜在的に一万発以上の核兵器の原料を有していることになる。これは核兵器保有国を除けばダントツのもので、、カーター政権の例をみるまでもなくアメリカや周辺諸国の警戒を呼ぶに十分すぎる値なのでその意味ではこうした対策は平和外交上必要不可欠なものであろう。

さてここで我が国が一部政党の公約通り2030年の脱原発を宣言したとすると、当然にして「プルトニウムの利用計画のあり方を国際的にどう説明するか」という問題が生じることになる。ここで選択肢は以下の三つがある。
①脱原発が達成される2030年までプルサーマル計画を最大限推進して、プルトニウムを使い切ってしまう
②2030年までプルサーマル計画で一部を消費し、残りのプルトニウムを核兵器保有国に引き取ってもらう
③2030年までプルサーマル計画で一部を消費し、残りのプルトニウムをMOX燃料として加工して第三国の原子力発電で使用する
このうち最も国際社会の理解を得られるのは①であろう。2009年段階でのプルトニウム利用計画によると、原発稼働が順調に進めばプルサーマル計画でのプルトニウムの消費量は5.5~6.5t/年とのことなので、仮に「2030年の脱原発」と引き換えにそれまでプルサーマル計画の積極的な推進を主張するならば十分に達成可能な方法でもある。
続いて②、③であるが、これは原発再稼働が想定通り進まず、プルトニウムが使いきれなかった事態を想定したものである。この場合最終的に残ったプルトニムの処分方法だが、②では核兵器保有国に引き取ってもらうとしている。この場合想定対象国はアメリカとなるが、NPTに基づき核保有国は核軍縮を進めており、そのような中で日本が新たに米国にプルトニウムを譲渡しようとすることは国際的な、特に中露の、非難を浴びることは想像に難くなく、またある種の日本の責任放棄なのでかなり困難な道である。
これに対して③はプルトニウムをMOX燃料に加工して海外の原子炉において活用する可能性を述べたものであるが、ここで問題となるのはその対象国である。現在MOX燃料は欧州及び日本の原子炉においてのみ活用されるもので、仮に日本がMOX燃料加工工場を稼働させて欧州に採用してもらおうとしても需要がないだろう。すると想定国は今後原子力発電需要が増えていくことが見込まれるアジアとなる。
現在アジア地区で原子力発電の増設が大きく見込まれるのは中国、インド、だが、中国に関しては核兵器拡充の噂が絶えず、またインドに関してはNPTに非加盟とあり、こうした諸国の核燃料サイクルに日本がコミットすることはアメリカから懸念を示されることになるだろう。
以上見てきたように核不拡散という観点からでも早期の「脱原発」という選択肢はかなりの困難を伴うことになる。私自身はここまでに述べてきたように「2030年の脱原発」という選択肢も不可能ではないと考えるが、かなり厳しいこともまた事実で、こうした主張を公約として展開する政党は「脱原発」と併せて責任あるプルトニウムマネジメントに関しても説明する義務があるのではないかと考えるところである。
関連記事
-
2013年9月15日に大飯発電所4号機が停止して全原子力発電所が停止して以来、既に1年5ヵ月間我が国にある48基の原子力発電所は休眠状態に置かれている。このため、代替電源の燃料費としてこの4年間(2011年~2014年)に12.7兆円もの国費が海外に流出した。消費税5%に相当する巨額な金額である。アベノミクスでいくら経済を活性化しても、穴の開いたバケツで水を汲んでいるに等しい。
-
7月15日、ウィスコンシン州ミルウオーキーで開催された共和党全国党大会においてトランプ前大統領が正式に2024年大統領選に向けた共和党候補として指名され、副大統領候補としてヴァンス上院議員(オハイオ)が選出された。 同大
-
先進国では、気候変動対策の一つとして運輸部門の脱炭素化が叫ばれ、自動車業界を中心として様々な取り組みが行われている。我が国でも2020年10月、「2050年カーボンニュートラル」宣言の中で、2035年以降の新車販売は電気
-
はじめに 国は、CO2排出削減を目的として、再生可能エネルギー(太陽光、風力、他)の普及促進のためFIT制度(固定価格買取制度(※))を導入し、その財源を確保するために2012年から電力料金に再エネ賦課金を組み込んで電力
-
政策家の石川和男さんが主宰する霞が関政策総研のネット放送に、菅直人元首相が登場した。
-
(前回:米国の気候作業部会報告を読む⑦:災害の激甚化など起きていない) 気候危機説を否定する内容の科学的知見をまとめた気候作業部会(Climate Working Group, CWG)報告書が2025年7月23日に発表
-
筆者らは「非政府エネルギー基本計画」において、電力システム改革は元の垂直統合に戻すべきだ、と提言している。 日本の電力システム改革は完全に失敗した。電気料金を下げることが出来ず、安定供給もままならず、毎年節電要請が発出さ
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクGEPRはサイトを更新しました。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間















