教条主義化したCOPの議論はSDGsの考え方に反する

2020年02月26日 10:00
アバター画像
東京大学大学院教授

17の国連持続可能目標(SDGs)のうち、エネルギーに関するものは7番目の「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」である。

出所:環境省資料

出所:環境省資料

しかし、上記の資料は国連で採択されたSDGsの要約版のようなものであり、原文を見ると、SDG7は「手頃な価格で、信頼性があり、持続可能で近代的なエネルギーへのアクセスを全ての人に(Ensure access to affordable, reliable, sustainable and modern energy for all)」である。上記の要約版に比して「手頃な価格で」と「信頼性のある」が要件として加わっているのがわかるだろう。

https://sustainabledevelopment.un.org/sdg7

しかし、「手頃な価格で」、「信頼性があり」、「持続可能で」、「近代的な」、「全ての人に」の5つの要素を同時に達成することは容易ではない。環境派の人は途上国も含め、再エネを大幅に普及することを主張する。仮に太陽光、風力等の変動性再エネが、電力システムの安定化を確保するためのシステムコスト(バックアップ、送電網強化、蓄電池等)も含めて従来電源と補助金なしで競争できるようになれば、上記の5つの要素の同時達成が可能となるし、温暖化問題は解決することになろう。

しかし現時点では再エネによるエネルギーアクセスは「持続可能な」「近代的な」「全ての人に」は満たせても、「手頃な価格で」「信頼性があり」を満たせない。途上国にとって「手頃な価格で」は何よりも重要だ。「全ての人」の中には低所得層も含まれるのであり、エネルギーコストが上がってしまったのでは、エネルギーへのユニバーサルアクセスが難しくなる。事実、低開発国の中には電力が供給されていても、電気代を節約して教育に回すため、引き続き前近代的なバイオマスを使う貧困家庭が存在する。アジアの途上国は「手頃な価格で」「信頼性があり」「近代的な」「全ての人に」を重視し、国内石炭資源を活用してエネルギーアクセスを拡大してきたのはそれが理由だ。

COPの世界では、再エネと省エネ推進が声高に推奨される一方、石炭を筆頭に化石燃料バッシングが先鋭化している。しかし「途上国はコスト高であってもクリーンな再エネを使え」というのは先進国のエゴであり、SDG7の考え方に背反するものである。化石燃料を引き続き使っている途上国のエネルギー政策当局は無知蒙昧なのではなく、それだけの経済的理由があるのだ。

普通、そこまで突っ込んで見る人は余りいないだろうが、17のSDGの下には169項目のターゲット(達成基準)が掲げられている。SDG7の下で以下のターゲットが設定されている。

7.1:2030年までに手頃な価格で、信頼でき、近代的なエネルギーサービスへのユニバーサルアクセスを確保する。

7.2:2030年までにグローバルなエネルギーミックスにおける再エネのシェアを大幅に拡大する

7.3:2030年までに世界のエネルギー効率改善率を倍増させる

7.4A:2030年までに再エネ、エネルギー効率、高度でクリーンな化石燃料技術を含むクリーンなエネルギーの研究・技術に対するアクセスを改善し、エネルギーインフラ、クリーンエネルギー技術への投資を推進するための国際協力を強化する。

7.4B:2030年までに全ての途上国(特に低開発国、小島嶼国、内陸開発途上国)に対し、近代的で持続可能なエネルギーサービスを供給するため、それぞれの支援計画に応じて、インフラを拡大と技術の高度化を行う

SDG7のロゴマークが一見、太陽を思わせるものであるせいか(正確には電気の供給を表すものであろう)、SDG7は「再エネで全ての人にエネルギーアクセスを」と意味すると勘違いしている人もあろう。しかし上記のようにSDG7では再エネ、省エネのみならず、高度でクリーンな化石燃料技術がクリーンなエネルギーの中に含まれている。日本が輸出している高効率石炭火力も当然、その中に含まれる。SDGsは160か国を超える国々が侃々諤々の交渉を経て合意された。化石燃料の生産国や消費国の事情を考えれば、「化石燃料のクリーン利用」が含まれるのは当たり前の話であろう。

そうした経緯を無視して、COPでは化石燃料排除の議論ばかりが独り歩きし、OECD/DAC事務局は化石燃料関連のODA停止を提案し、欧州投資銀行は化石燃料関連の融資を全てとりやめるとしている。そうした動きに「悪乗り」し、グテーレス国連事務総長自身が「石炭中毒」などといって石炭排除のお先棒をかついでいる始末である。これは本欄で繰り返し指摘してきたように、SDG17のうち、SDG13(気候変動)だけを至高の目標とした原理主義であり、SDG7の中身を理解していない。グテーレス事務総長には「もう一度、SDG7を読まれてはいかがか」と申し上げたい。

This page as PDF

関連記事

  • 今年9月に国会で可決された「安全保障関連法制」を憲法違反と喧伝する人々がいた。それよりも福島原発事故後は憲法違反や法律違反の疑いのある政策が、日本でまかり通っている。この状況を放置すれば、日本の法治主義、立憲主義が壊れることになる。
  • 環境教育とは、決して「環境運動家になるよう洗脳する教育」ではなく、「データをきちんと読んで自分で考える能力をつける教育」であるべきです。 その思いを込めて、「15歳からの地球温暖化」を刊行しました。1つの項目あたり見開き
  • 2012年6月15日に衆議院において原子力規制委員会法案が可決された。独立性の強い行政機関である「三条委員会」にするなど、政府・与党民主党案を見直して自民党および公明党の修正案をほぼ丸呑みする形で法案は成立する見通しだ。本来の政府案よりも改善されていると見てよいが、問題は人選をはじめ実質的な中身を今後どのように構成し、構成員のコンピテンシーの実をたかめていくかである。このコラムでは、福島原発事故のような原子力災害を繰り返さないために、国民の安全を守る適切な原子力規制機関の姿を考察する。
  • はじめに 「地球温暖化は人間の出すCO2によって引き起こされている。このことについて科学者の97%が同意している」──このフレーズは、20年近くにわたり、メディア、環境団体、国際機関を通じて広く流布されてきた。 この数字
  • 世界的に化石燃料の値上がりで、原子力の見直しが始まっている。米ミシガン州では、いったん廃炉が決まった原子炉を再稼動させることが決まった。 米国 閉鎖済み原子炉を再稼働方針https://t.co/LILraoNBVB 米
  • エネルギー基本計画の主要な目的はエネルギーの安定供給のはずだが、3.11以降は脱炭素化が最優先の目的になったようだ。第7次エネ基の事務局資料にもそういうバイアスがあるので、脱炭素化の費用対効果を明確にしておこう。 「20
  • 気候研究者 木本 協司 地球温暖化は、たいていは「産業革命前」からの気温上昇を議論の対象にするのですが、じつはこのころは「小氷河期」にあたり、自然変動によって地球は寒かったという証拠がいくつもあります。また、長雨などの異
  • ただ、当時痛切に感じたことは、自国防衛のための止むを得ぬ戦争、つまり自分が愛する者や同胞を守るための戦争ならともかく、他国同士の戦争、しかも大義名分が曖昧な戦争に巻き込まれて死ぬのは「犬死」であり、それだけは何としても避けたいと思ったことだ。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑