「科学」の危機

2021年09月04日 07:00
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元静岡大学工学部化学バイオ工学科

元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智

前稿で科学とのつき合い方について論じたが、最近経験したことから、改めて考えさせられたことについて述べたい。

それは、ある市の委員会でのことだった。ある教授が「2050年カーボンニュートラルを踏まえると云々・・」と述べたので、筆者は「お言葉ですが、2050年カーボンニュートラルなんてものは実現できっこないし、本委員会での議論にしない方が良いと思いますが」と述べた。教授はかなり怒ったらしく「無責任なことは言わないで」とか「温暖化はウソばかりとか言う○○大学の某先生と同じですね」とか言い出した。筆者は「私は事実に基づいて言っているつもりです。人工衛星で観測した気温データとか、ご覧になっているんですか?」と聞いたのだが、それには答えず「私は温暖化の専門家です。もっと現実を見なさい」と今度はお説教・・。

これでは対話にならないので、筆者は「私は科学者として責任を持って発言しているつもりです」とだけ述べて発言を打ち切った。この教授の、質問には答えず、ひたすらレッテル貼りと非難しか述べない態度に辟易した。この人にとっての「科学」とは、何だろう?

wesvandinter/iStock

筆者にとって「科学」とは、現実に起こっている現象を矛盾なく説明できる手段である。その重要な条件は、誰がやっても同じ結果になること(再現可能性)・間違っていたら分かること(反証可能性)・批判的な評価を受け入れること、などである。科学的な正しさは、人間社会の多数決では決まらない。現実世界の中で本当であるかどうかで決まる。科学的事象に関する議論は、この原則の上で行うべきである。しかし、今に始まったことではないが、科学に関する議論においても、この原則が守られていない例が多い。特に多いのは、相手の言い分に耳を貸さず、自分の意見だけを一方的に主張するケース、または相手に何らかのレッテル貼りをして印象操作を施すものである。

筆者が経験した例も、その一つに入るのだろう。この教授の言う「現実」とは何かを考えてみるに、一つは日本中あるいは世界中で温暖化が問題とされ脱炭素が課題となっている「現実」、または大雨が降り森林火災が続発し熱波もやって来ているという「現実」などが念頭にあるのだと推測する。IPCC報告書でも「温暖化が人類活動によることには疑問の余地がない」と言っているし、何をバカなこと言ってんの?と言わんばかりの調子だったのだから。しかしそれは「現実」の一面でしかない。

それこそ現実を冷静に眺めるなら、「世界中」と言っても、脱炭素に熱心なのは欧米の声が大きい数ヶ国(米・英・独・仏)とそれに操られている国連だけであって、中・露や多くの発展途上国は、見かけはともかく本心では本気ではなく、単に金儲けの機会と捉えていることは明白である。日本は、この数ヶ国の自滅的な脱炭素政策に付き合わされているだけなのだ(日本の国是は、悲しいかな米国追従一辺倒)。また異常気象の多くが、大気中CO2濃度変化と関係づけるのが難しいことは、科学的にはほぼ明らかである(詳しくは「地球温暖化のファクトフルネス」参照)。

日本国内では今のところ、脱炭素政策に異を唱える筆者のような立場は少数派であり、公的な場でその種の発言をすると、筆者のような攻撃を受ける場合が多いのだろう。圧倒的多数派をバックにしている側の高圧的態度を前にすると、少数派は怖じ気づいてしまい、発言しにくくなる。以前にも指摘したが、学会などでの「同調圧力」もこの部類に入る。しかし、それで良いはずがない。

なぜなら、それは「科学の自滅」または「科学の自殺」に直結するからだ。これは正に「科学の危機」だろう。その例として、最近のマスコミの科学記事でしばしばデタラメ(フェイク)が流されてきたこと、それを告発する側が弾圧されてきた事実を挙げる。温暖化問題やコロナに関する言説で、特にそれが目立つと筆者は見ている(暴論・妄論が氾濫していることは前に述べた)。付け加えると、国連事務総長やグレタ嬢が言う「科学の言うことを聞け」における「科学」とは、IPCCの科学者が愛用するコンピュータ・シミュレーション結果と派生する各種シナリオである。つまり「科学」という言葉の意味内容も、変容しつつあるのが現代だろう。

温暖化問題などで特に顕著だが、マスコミ等はこれまでさんざん「科学的」という言い方でプロパガンダを流し、その一方でそのプロパガンダに疑問を呈する、あるいは否定する在野の研究者・分析者たちの指摘を「非科学的」とレッテル張りして潰してきた。しかし、だんだんと化けの皮が剥がれ、科学的と称しながら実は非科学の極みだったと言った例が露見するようになった。その結果、今や「科学的な調査結果」と言った見出し自体が、信用できるかどうか疑問にさえ思われる事態になっている。それほどまでに「科学的」という言葉自体の信用度が落ちてしまっているのだ。この言葉を悪用した御用学者やマスコミ記者たちの罪は重い。科学技術に関わる者の一人として、筆者はこうした事態を大いに憂慮するのである。

現代は、インターネットで世界中の情報が瞬時に手に入る一方で、情報の統制や隠蔽・改ざんなどが非常に広範に行われる世の中になった。我々の元に届く山のような情報は、どのような操作がなされたものか、簡単には分からないようになっている。TVや新聞などのマスコミ情報もそうだし、ネット情報などはそれこそ玉石混交、ウソも真もごちゃ混ぜ状態で我々に届く。この事態に対し、我々はどう応ずるべきか?

筆者が心掛けていることは、

  1. 情報を鵜呑みにしない(=複数の情報源を当たる、裏を取る)
  2. 自分の頭で考える(=他人の意見を簡単に信用しない)
  3. 論理的に検討する(=因果関係その他に矛盾はないか?)
  4. これまでの経験・知識・他人の見解も参考にする(=自分の考えだけに頼らない)

と言ったことである。

2.と4.は矛盾するようだが、筆者はどちらも必要だと思う。自分の頭で考えること(主体性)は必須だが、自分だけが正しいとは考えない態度(客観性の担保)も必要だからである。この内容は、実は前稿に書いた「科学とのつき合い方」とほぼ共通する(1. 基本的な知識、2. 論理的科学的思考、3. 信頼できるデータの見極め)。

社会における科学・技術の影響力が大きくなるにつれ、科学・技術に関する情報の社会経済・政治的な価値・影響力も大きくなり、科学・技術情報自体の各種加工(誇張・隠蔽・改ざんその他)も頻繁に起きる、と言うよりそれが常態化してきたと見るべきだろう。それを単に受け入れたら、科学的と言う言葉はフェイクと同じ意味となり、文字通り何の意味も持たなくなる。それを避けようとするなら、一人一人が上に述べたようなことを実践する他はない。

またこの頃は「はい、論破」などと言って、まともに議論しない風潮も流行っている。この種の、詭弁を弄して常人を煙に巻く論法は、実は昔からある。古代ギリシャのアテネなどで活躍したソフィストたちがそうである。ソクラテスやその弟子のプラトンが何を考えたかと言えば、これらの詭弁に騙されない強固な論理は、どのように生み出されるか?と言う問いだった。だからこそ、プラトンの対話篇には「知識とは何か」とか「善とは何か」「正義とは?」などが出てくる。しかし、その明快な解答は、そこには出てこない。対話篇のもどかしい部分だが、簡単に答えの出る問いではないので、その探求過程をこそ学べと言っているように筆者には読める。

プラトンの「国家」に匹敵する著作を現代人が書けるだろうか?筆者の見立てではかなり否定的である。現代人の知性・思考力は、古代人プラトンに遠く及ばない。その足りない知力に対して、情報量だけが異常に増えてしまったのが現代の悲劇の根源だと思う。しかし嘆いてばかりもいられない。愚直であっても、事実に誠実に向き合い、自分と異なる意見にも耳を傾け、何が正しいことなのかを一所懸命考え続ける他はないと、自らに言い聞かす。

松田 智
2020年3月まで静岡大学工学部勤務、同月定年退官。専門は化学環境工学。主な研究分野は、応用微生物工学(生ゴミ処理など)、バイオマスなど再生可能エネルギー利用関連。

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