IPCC報告の論点㉒:ハリケーンが温暖化で激甚化はウソ
IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。

Elen11/iStock
前回の論点㉑に続いて「政策決定者向け要約」を読む。
今回、「おや?」と思ったのはこの箇所。熱帯低気圧(台風、サイクロン、ハリケーンの総称)が強くなっている?
そんな筈はない、と思って調べてみた。まず、過去のIPCC報告は熱帯低気圧が強くなっているなどとは言っていない。
気象庁の台風のデータを見ても強くなっている気配はない(図)。

図 台風の激甚化など起きていない。図の見方は拙稿を参照。
出典:気象庁 日本の気候変動2020 —大気と陸・海洋に関する観測・予測評価報告書—
それでは、IPCCが根拠にしている論文を見てみる。下の表がそのまとめ。分析対象とした期間は、衛星観測で雲画像を解析できる1979年から2017年まで。期間をEarly(1979-1997)とLater(1998-2017)のように前期と後期に分けている。
一番左のGlobal(地球全体)の欄を見るとChangeが+5%/decadeとなっていて、強い台風の割合が10年当たりで5%増えている、としている。
だがここの数字を使って計算する限り、強い台風の割合Pmajは、前期こそ3202/9420=0.3399で合っているが、後期は2842/9275=0.3064となる筈で、表中の0.3725は間違いとしか思えない。正しく割り算すれば強い台風の割合は1割も減っているはずだが???
じつはこの表は、論文発表後に誤りがあったとして出てきた修正版のものだが、これまた、どうみてもおかしい。
ここで腰が抜けてしまい、話を続ける気力が失せそうになるが、思い直して、表をもう少し眺める。
すると、西太平洋(WP)でも強い台風の割合は減っている(表中のChangeに-3%/decade、つまり10年あたりで3%弱くなった、とある)。
強いハリケーンの割合がとても増えたとされるのは北大西洋(NA)である。だが北大西洋は北大西洋振動(AMO)の影響で周期的にハリケーンは強くなったり弱くなったりすることはよく知られている。
この論文でも、このため、ハリケーンが活発になった理由が何かは分からない、としている。
けれども、分からないどころか、簡単に統計は確認できるのだ。論文の分析開始年の1979年頃はちょうどハリケーンの活動の「底」に当たる時期で、1950年代・60年代は2000年以降に負けずにハリケーンが活発だったことが下の図から分かる。
1979年以前までさかのぼるとハリケーンの活動に長期傾向が無いことも分かる。なおこれらの図についての詳しい説明は解説記事を参照されたい。
ということで、やはり台風もハリケーンも、地球温暖化のせいで強くなっているなどということはなさそうだ。IPCC報告は、誤った情報でいたずらに危機感を煽るのではなく、ここで示した図のような、誰にでも分かる観測データを率直に示すべきだ。
■
1つの報告書が出たということは、議論の終わりではなく、始まりに過ぎない。次回以降も、あれこれ論点を取り上げてゆこう。
次回:「IPCC報告の論点㉓」に続く
【関連記事】
・IPCC報告の論点①:不吉な被害予測はゴミ箱行きに
・IPCC報告の論点②:太陽活動の変化は無視できない
・IPCC報告の論点③:熱すぎるモデル予測はゴミ箱行きに
・IPCC報告の論点④:海はモデル計算以上にCO2を吸収する
・IPCC報告の論点⑤:山火事で昔は寒かったのではないか
・IPCC報告の論点⑥:温暖化で大雨は激甚化していない
・IPCC報告の論点⑦:大雨は過去の再現も出来ていない
・IPCC報告の論点⑧:大雨の増減は場所によりけり
・IPCC報告の論点⑨:公害対策で日射が増えて雨も増えた
・IPCC報告の論点⑩:猛暑増大以上に酷寒減少という朗報
・IPCC報告の論点⑪:モデルは北極も南極も熱すぎる
・IPCC報告の論点⑫:モデルは大気の気温が熱すぎる
・IPCC報告の論点⑬:モデルはアフリカの旱魃を再現できない
・IPCC報告の論点⑭:モデルはエルニーニョが長すぎる
・IPCC報告の論点⑮:100年規模の気候変動を再現できない
・IPCC報告の論点⑯:京都の桜が早く咲く理由は何か
・IPCC報告の論点⑰:脱炭素で海面上昇はあまり減らない
・IPCC報告の論点⑱:気温は本当に上がるのだろうか
・IPCC報告の論点⑲:僅かに気温が上がって問題があるか?
・IPCC報告の論点⑳:人類は滅びず温暖化で寿命が伸びた
・IPCC報告の論点㉑:書きぶりは怖ろしげだが実態は違う
・IPCC報告の論点㉒:ハリケーンが温暖化で激甚化はウソ
・IPCC報告の論点㉓: ホッケースティックはやはり嘘だ
・IPCC報告の論点㉔:地域の気候は大きく変化してきた
・IPCC報告の論点㉕:日本の気候は大きく変化してきた
■

関連記事
-
昨年夏からこの春にかけて、IPCCの第6次報告が出そろった(第1部会:気候の科学、第2部会:環境影響、第3部会:排出削減)。 何度かに分けて、気になった論点をまとめていこう。 気候モデルが過去を再現できないという話は何度
-
苦しむドイツ ウクライナ紛争に伴ったロシア制裁と、その報復とみられるロシアによる欧州への天然ガス供給の縮小により、欧州の天然ガス価格は今年に入って高騰を続け、8月半ばには1メガワットあたり250ユーロと、3月の水準から約
-
「核科学者が解読する北朝鮮核実験 — 技術進化に警戒必要」に関連して、核融合と核分裂のカップリングについて問い合わせがあり、補足する。
-
2021年8月に出たIPCCの報告の要約の図Figure TS.9を見ると、CO2濃度上昇し、過去200万年で最高の水準に達した、としている。こう言うと、まるで未曽有の危険領域に達したかのようだ。 けれども、本文をひっく
-
4月の半ばにウエッジ社のウエブマガジン、Wedge Infinityに「新聞社の世論調査の不思議さ 原子力の再稼働肯定は既に多数派」とのタイトルで、私の研究室が静岡県の中部電力浜岡原子力発電所の近隣4市で行った原子力発電に関するアンケート調査と朝日新聞の世論調査の結果を取り上げた。
-
今年の10月から消費税率8%を10%に上げると政府が言っている。しかし、原子力発電所(以下原発)を稼働させれば消費増税分の財源は十二分に賄える。原発再稼働の方が財政再建に役立つので、これを先に行うべきではないか。 財務省
-
先の国会の会期末で安倍晋三首相の問責決議可決などの政治の混乱により、政府が提出していた“電気事業法変更案”が廃案になった。報道によると、安倍首相は「秋の臨時国会で直ちに成立させたい」と述べたそうだ。
-
京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授・名誉教授 鎌田 浩毅 富士山は日本を代表する「活火山」である。たとえば、『万葉集』をはじめとする過去の古文書にも、富士山の噴火は何度となく記されてきた。地層に残された噴火記録を調
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間