ドイツは原発稼働延長を本当にできないのか?

2022年07月02日 07:00
アバター画像
作家・独ライプツィヒ在住

Evgeny Gromov/iStock

6月23日、ドイツのハーベック経済・気候保護相は言った。「ガスは不足物資である」。このままでは冬が越せない。ガスが切れると産業は瓦解し、全世帯の半分は冬の暖房にさえ事欠く。

つまり、目下のところの最重要事項は、秋までにガスの備蓄タンクを満たすこと。だから、ガスを発電のために使うわけにはいかない。よって発電には「予備の石炭・褐炭火力を立ち上げる!」

ただ、その途端にあちこちから、「ふざけるな、石炭・褐炭ではなく、今、動いている原発の稼働を延長しろ」という声が噴出した。当然の話だ。

ちなみに褐炭はドイツ国内に捨てるほどあり、しかも地表にあるから、わざわざ坑道を掘る必要さえない格安の資源だ。ただ、低品質なのでたくさんCO2を出す。これまで緑の党がCO2を毒ガス並みに扱ってきたことを思えば、これを燃やすのは絶対におかしいと中学生でも思う。

ドイツは、今世紀初めのSPDのシュレーダー政権(緑の党との連立)の時代より、脱原発に向かって粛々と進んできた。現在、奇しくもその2党が政権におり、今年の暮れに脱原発を完遂するという目標を、ブラックアウトが視野に入ってきている今でさえ捨てない。それどころか、自分たちの政権下でその昔年の夢が叶えられることが至上の幸せなのである。

そのためには石炭と褐炭が復活しても止むを得ない。「CO2は若干増える(ハーベック氏)」が、それも止むを得ない。原発は止めるしかないと断定している。

一方、ドイツに対して、原発を止めるなと言っている国は多い。例えばポーランドの電力関係者は数年も前から、脱原発は考え直すよう提言していた。ドイツのような大国で電気の供給が不安定になったら、周辺国はたまったものではないからだ。

また6月25日には、EU欧州委員会の圏内市場担当の委員(フランス人)が、現在動いている3基を、あと1〜2年、稼働延長すべきだと、自国のラジオの中で提案した。EUが、いや、世界中がエネルギー不足で困っているのだから、原発を動かせる国はそれを活用し、エネルギー事情の緩和に協力すべきだという主張は筋が通っている。

ところが、ドイツ最大の電力会社RWEの代表、マルクス・クレッバー氏は、「今頃、そんな話を始めてももう遅い」とつれない。「核燃料棒もないし、そんなに急に安全確認もできない」というのがその理由。年末に止めるつもりだから、10年ごとの定期点検もしていないし、予備の部品も切れかけている。燃料棒は今から注文しても来るのは1年以上先だ・・云々。

それを聞いた野党CDU(キリスト教民主同盟)のメルツ党首は、「フランスは53〜56基もの原発を運転しているのに、何故ドイツはたった3基の運転ができないのだ!」とぶち切れた。CSU(キリスト教社会同盟)のゼーダー党首も、「今、使用中の核燃料が、年末で突然、使えなくなるわけではない。世界中探して、早く次の燃料棒を注文しろ!」

はたして原発の稼働延長はできるのか、できないのか?

実は今年の3月、経済・気候保護省と環境省が、原発の稼働延長が可能かということを独自に調査し、不可能であるという結論を出している。いうまでもなく両省とも緑の党の省だ。

ところが現在、それを否定する論文や記事が多く出始めた。それによれば、この調査には原子力の専門家が入っていなかったらしい。

私には、それを確かめる術がないが、ただ2011年に、22年の脱原発が可能であるという結論を出した「倫理委員会」には、原子力の専門家も電力会社の関係者もほとんどおらず、その代わりに社会学者や聖職者が脱原発を決めた。また2019年に、2038年の脱石炭を決めた委員会でも、石炭産業の関係者は締め出され、環境団体が複数入っていた。だから、今、それと似たようなことが起こっていたとしても私は驚かない。そもそもハーベック大臣が、この調査は「イデオロギーに左右されずに」行うと、ZDF(第2テレビ)の朝のニュース番組でわざわざ言及していたことからして怪しかった。なお、ZDFも緑の党とは相性が良い。

一方、稼働延長が可能であるという記事は皆、少なくとも専門家の見解を元に書かれている。彼らは、新しい燃料棒の調達までは出力は弱まるが、今冬の電力のかなりの助けになるとした。また、点検は稼働しながらすれば良く、世界には440基もの原発が動いているのだから、部品の調達も不可能ではない。それより、早く燃料棒を注文しないと、本当に間に合わなくなってしまうと懸念している。ひょっとすると、ハーベック氏らは今、「間に合わなくなる」のを待っているのかもしれない。

なお、ドイツの脱原発は国民と国土の安全のためと言われるが、周辺には原発がたくさんあるので、ドイツの脱原発で安全になるわけではない。しかも東欧では、まだソ連時代の原発も動いており、かえってドイツの原発の方が安全かもしれない。

一方、電力会社が稼働延長に乗り気でないのも様々な理由がある。

政府に無理やり脱原発を強いられて11年、それを違法だと訴えていた裁判では、政府が敗訴を恐れて示談に持ち込み、電力会社に莫大な賠償金(税金!)を支払った。つまり、電力会社にしてみれば、すでに片は付いている。

また、以前は使用済み核燃料の輸送のたびに、自称環境団体の暴力的な抗議活動に悩まされ、しかも、メディアはいつも環境団体の味方だった。ドイツ人の原発アレルギーは今も強いから、もし稼働延長になり、あの悪夢が蘇ると思えば、気が進まないのはよくわかる。それより何より、今では電力会社でも再エネ派が力を持ち、原発の稼働延長など俎上に載らないのかもしれない。

日本が原発を稼働できないのは、政府の無能と無責任のせいだ。しかし、ドイツの脱原発は緑色のイデオロギー。そして政府が、CO2が増えようが、冬のブラックアウトの危険が迫ろうが、そのイデオロギーを実践しようとしている。なんと恐ろしい政府かと思う。

This page as PDF

関連記事

  • 政府が「2030年温室効果ガス46%削減」という目標を発表したことで、責任を感じた?小泉環境相が、「2030年までに太陽光発電の規模を2000万kW積み増して、1億800万kW以上にする」という方針を提示した。 太陽光発
  • 既にお知らせした「非政府エネルギー基本計画」の11項目の提言について、3回にわたって掲載する。今回は第2回目。 (前回:非政府エネ基本計画①:電気代は14円、原子力は5割に) なお報告書の正式名称は「エネルギードミナンス
  • EUタクソノミーとは 欧州はグリーンディールの掛け声のもと、脱炭素経済つまりゼロカーボンエコノミーに今や邁進している。とりわけ投資の世界ではファイナンスの対象がグリーンでなければならないという倫理観が幅を効かせている。
  • はじめに 気候変動への対策として「脱炭素化」が世界的な課題となる中、化石燃料に依存しない新たなエネルギー源として注目されているのがe-fuel(合成燃料)である。自動車産業における脱炭素化の切り札として各国が政策的な後押
  • 集中豪雨に続く連日の猛暑で「地球温暖化を止めないと大変だ」という話がマスコミによく出てくるようになった。しかし埼玉県熊谷市で41.1℃を記録した原因は、地球全体の温暖化ではなく、盆地に固有の地形だ。東京が暑い原因も大部分
  • ESGだネットゼロだと企業を脅迫してきた大手金融機関がまた自らの目標を撤回しました。 HSBC delays net-zero emissions target by 20 years HSBCは2030年までに事業全体
  • ベクレルという量からは、直接、健康影響を考えることはできない。放射線による健康影響を評価するのが、実効線量(シーベルト)である。この実効線量を求めることにより、放射線による影響を家庭でも考えることができるようになる。内部被ばくを評価する場合、食べた時、吸入したときでは、影響が異なるため、異なる評価となる。放射性物質の種類によっても、影響が異なり、年齢によっても評価は異なる。
  • 気候・エネルギー問題はG7広島サミット共同声明の5分の1のスペースを占めており、サミットの重点課題の一つであったことが明らかである。ウクライナ戦争によってエネルギー安全保障が各国のトッププライオリティとなり、温暖化問題へ

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑