「ネットゼロなど不可能だぜ」と主張する真っ当な論文⑤

2023年02月04日 06:30
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元静岡大学工学部化学バイオ工学科

lerbank/iStock

前回に続き、最近日本語では滅多にお目にかからない、エネルギー問題を真正面から直視した論文「燃焼やエンジン燃焼の研究は終わりなのか?終わらせるべきなのか?」を紹介する。

(前回:「ネットゼロなど不可能だぜ」と主張する真っ当な論文④

3.4. BEVsと大気の質

BEVs(電気自動車)は、ICEVs(内燃機関=エンジンで走る車)と違い、排気ガスを出さないので未燃焼炭化水素(UHC:unburned hydrocarbons)や窒素酸化物(NOx:nitrogen oxides→酸性雨・オゾン層破壊の原因物質の一つであり、UHCと反応して光化学スモッグやPM2.5の生成物質にもなる)を排出しない。

しかし前稿で述べたように、大気汚染の代わりにBEVsを使う国からバッテリー用資源の採掘国に環境負荷を輸出しているのと同じである。

現状では、最新式のディーゼルの排気ガスは非常にきれいになっており、NOxや微粒子の排出量もごく少なくなっている。排気ガスよりもタイヤ(の摩滅や道路との摩擦)から生じる微粒子の方が問題なくらいである。BEVsは重いバッテリーを積んでいるので、総重量がICEVsよりも20〜30%重く、従ってタイヤ由来の微粒子が多く発生する。BEVsの台数が増えれば、大気質にも影響が現れる可能性がある。

つまり、現在の政策目標ではCO2や温室効果ガスを減らすことに重点を置かれているが、LCAの手法を用いてBEVsを増やしたときのCO2排出削減量を正確に見積もるべきだし、BEVsが増えることによる種々の環境影響(バッテリー製造の環境負荷、充電時の電力負荷、タイヤ由来の微粒子など)と、BEVsを増やすのに必要なインフラ投資額なども考慮して政策を決めるべきだと主張している。

まことに当たり前の主張だが、CO2排出削減=脱炭素しか頭にない人たちには浮かばない、現実的な発想と言えるだろう。

3.5. 新型ICEVs販売を禁止する提案のインパクト(影響)

英国政府がBEVsを増やそうと望むにしても、新しいICEVsの販売を禁止することはナンセンスである。2030年までにはICEVsの販売を禁止するつもりのようだが、その影響は大きい。消費者が2031年にはICEVsを買えなくなるだけでなく、内燃機関の研究開発に携わる多くの技術者・研究者の職を奪い、ひいては英国の自動車産業を破壊することになる、と著者は主張する。

BEVsは、現在の政府が推進していることもあり、将来、確実に急速に増えるだろう。しかし、これまで述べてきた種々の環境負荷(バッテリー製造、充電負荷その他)と必要コストを考慮するなら、BEVsだけを唯一の解とすべきでなく、他の選択肢(ICEVs、HEVs、FCVs(燃料電池車)、代替燃料など)なども捨てずに開発研究を進めるべきである。

その際必要なのは、各選択肢の有用性を正確なLCA的な手法で見積もることだ、と述べている。これもまた、しごく尤もな主張である。

4. 「(社会の)存続の危機」はどれほど深刻なのか?

脱炭素がどれほどのペースで必要であるかは、「(社会の)存続の危機」がどの程度に深刻かつ差し迫っているかに依存する。しかし実際のところ、人類は過去の気温上昇(産業革命以後1.1℃以上とされる)に対し、経済的な繁栄と技術進歩によって上手く適応してきたのである。

例えば、過去60年間で人類の福利指標(貧困・飢餓からの脱出、教育水準、子どもの死亡率、食料生産など)はどれもが改善されている。

※ 筆者注:これらの具体的なデータに関しては、以前紹介したクーニンの本「気候変動の真実-科学は何を語り、何を語っていないか」や、杉山大志氏の「地球温暖化のファクトフルネス」などを参照されたい。まずは実際的な統計データに触れることが大切である。

またNASAの衛星観測によれば、過去35年で地表の植生は顕著に増えており、その主要な原因は大気中CO2濃度の増加によるとされる。植生の増加はCO2吸収だけでなく、水蒸気の蒸散作用によって土地を冷やす役目も果たす。つまりCO2増加は環境にとってプラス要因にもなる。

※ 筆者注:最近のnatureにも「二酸化炭素肥沃化が緑化を増大させる」との記事が載っている。

さらに種々の自然災害(旱魃、洪水、極端な気温や気象、地滑り、山火事、火山、地震等)による死者数は、この100年間で95%以上減っている。化石燃料を使って経済発展した国の方が、堤防建設や農業技術の向上等により、自然災害への抵抗力が増している。歴史が示す通り、特に貧しい諸国において、より多く「富む」にしたがって、人々の環境や自然への対応力が増すのだ。

経済面では、2100年までに地球平均気温がたとえ4℃上昇しても、世界のGDPは3.64%しか減らないとの試算がある。これと比較して、EUでは2050年までの気候変動対策費として毎年GDPの10%ずつ支出すると言うが、これでは計算が合わない(つまり無駄な支出である)。

要するに、気候変動そのものは事実であるとしても、データが示す限り、それが「(社会の)存続の危機」に直結するとは言えないわけで、我々としてはどんな政策を選ぶとしても「後悔しない(no regretな)」選択をすべきである、と本論文の著者は言う。

そりゃ、そうだよね。大枚はたいて対策したのに、ちっとも効果が出ない、失敗だったなあ・・なんて、誰も言いたくないから(筆者の考えでは、人類の出すCO2は自然界の5%以下に過ぎないので、人間界がCO2削減=脱炭素などいくらやっても、自然界に現実的な効果は出ないはずだ)。

5. 結びの議論

この後、3頁近くにわたる長い「結語」が載っているが、内容的にはこれまで書いてきたことの再掲なので、ここでは繰り返さない。

要約すれば、人類が化石燃料に依存する世界は当分なくならず、2050年までの「ネットゼロ」(カーンボンニュートラル)など夢物語であるから、化石燃料を効率的に使うための諸研究(燃焼や内燃機関の研究)にもしっかり予算を投じて進めるべきであるとの主張である。

評者の考察と主張

筆者は基本的に上記の主張に賛成する。現実問題として、人類が化石燃料依存を脱却するまでには長い年月がかかるだろうし、幸か不幸か、化石燃料は簡単には無くならない見通しであるから。また、交通その他での「脱炭素化」、具体的には「電動化」には、本論文で指摘されるような、質的にも量的にも大きな問題がある。当分は化石燃料を大切に使いながら、時間をかけて化石燃料依存からの脱却を少しずつ準備する以外に、選択肢はなさそうに思われる。

遠い将来、化石燃料が枯渇すれば、残る一次エネルギー源は、今のところ再エネか原子力しかなく、両方とも主な出力は電力なので、二次エネルギーとしての電力の有用性が変わることはない。

水素やアンモニアは二次エネルギーとして電力に比べて使い勝手も効率も数段劣るから、これらが主たるエネルギー媒体になる世界は、決してやって来ない。故に、交通機関もいずれは電動化されるしかない(化石燃料枯渇後の世界では脱炭素など問題にならないし、役にも立たない水素・アンモニアなど、誰も見向きさえしなくなるはずだ)。

しかし本論文で指摘されるように、今すぐ自動車を全面的に電動化することには、種々の問題がある。特にバッテリーをめぐる資源・環境問題は重要で、資源採掘とそれに伴う環境汚染、使用・廃棄後のリサイクル技術開発など、越えなければならない壁は高い。これもまた、時間をかけて、少しずつ進むしかないだろう。

将来的には、無線送電などの技術が進めば、バッテリーへの依存度を下げられるかも知れないが、現状ではリチウムイオン電池が重要なため、国際的なリチウム資源の争奪戦が始まっている。ただし、バッテリーは所詮「エネルギー貯蔵器」に過ぎず、本質的な問題は「一次エネルギーをどう確保するか」なので、「リチウムを制するもの世界を制す」とはならない。

また「パワー半導体」で日本が世界をリードできるなどと囃し立てる向きもあるが、これはバッテリーから駆動力を生み出す際のメカに関連するもので、高性能なものが開発されるのは望ましいとしても、その根本には動力源となるバッテリーまたは送電技術、またその元の電源そのものが問題なので、根本と枝葉末節を混同してはならない。

一方で、本論文で指摘されている、燃焼に関する研究の重要性にも目を向けたい。ものが燃える「燃焼」は、身近なありふれた現象だが、実際には化学反応と物質・熱移動が同時進行する非常に複雑な現象で、研究も奥が深い。

研究に必要な要素や関連する分野として、本文でも触れているが、化学反応速度論、モデリングのスキル、(燃料その他の)物質の合成化学、触媒などが挙げられ、非常に幅が広い。無論、実験や計測にも高度な技術が求められる。防火・防爆等の防災面でも、社会的意義が大きい。

身近な例で言えば、有機物が不完全燃焼する際に発生する「すす(煤)」は、実体が詳しく解明されていない。つい最近、奈良県の高校生と京大生との共同研究で、定説を覆す「すす」の生成メカニズムが発見されたりしている。すすの生成過程は、エンジンからの排ガス浄化の面でも重要で、世界中で盛んに研究されている。当分は、これらの研究を「オワコン」扱いすべきではない。

また、自然環境における山火事その他で「生の」植生が燃える際に、どの程度燃焼し、どの程度の煤が生成するかは、CO2や煤(→大気汚染)の発生量予測に強く影響するはずだが、広範で精密な測定やモデリングは、未だなされていないだろう。ここでも、基礎的な実験・計測等を伴う地道な研究が重要になる。このように、燃焼の研究には、まだまだ十分な存在意義がある。

本論文でも述べられているように、英国で現在36万台あるBEVsを1000万台まで増やしても、削減できるCO2は交通分野の4.9%に過ぎないが、内燃機関の改良が進めば、台数が多いので電動化以上の削減効果が期待できる。脱炭素を目的としても、電動化だけが選択肢ではない。

以上、連載記事のまとめとして、本論文で述べられている事柄の多くは、エネルギー問題を直視するなら当然考慮すべき内容であり、今後のエネルギー・環境政策を議論する上でも基本的な前提とすべきである。また、燃焼やエンジンの研究者も、この論文の著者に倣い、より積極的に社会に向けて研究の意義を発信すべきであろう。

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