COP30で見えた世界の潮流変化
COP30に参加してきた。今回の開催地はブラジルのアマゾン河口に近い地方都市ベレン。宿泊施設1万床といわれるこの町で例年4~5万人が押し掛けるCOPが開催されるということで、ブラジル政府は民泊や仮設宿泊所、ひいては大型クルーズ船まで動員して床数を増やしたものの、宿泊費は高騰し、途上国交渉団やNGO、大学研究機関などの非営利団体はもとより企業など参加をあきらめたり、人数を絞るなどの対策に追われたという。
筆者も従来1週間程度の参加としてきた現地参加日程を3日(11月16~19日)に絞って何とか寝所を確保して予算も節約して参加してきた。
そうした背景事情もあり、会場を訪れた印象は「例年より参加者が少ない」ということであり、実際に例年参加している国内外の産業関係者や環境NGOや、労働界・研究機関等の知己とも、会場で顔を合わせることが少なかった。
一方で11月16日の朝に筆者が参加登録に向かったCOP会場の入り口前には、交通を遮断して装甲車が配備され、兵士が数十人マシンガンを構えて警護するなど物々しい雰囲気が漂っていた。前週にアマゾン流域の原住民たちが大規模なデモを挙行し、自分たちの神聖なアマゾンの自然環境を「森林クレジット」のような金銭取引の対象にするCOPそのものがケシカラナイと抗議して(環境保護を装った欺瞞であるとして)セキュリティを突破、会場内になだれ込んだこと(警備員などに負傷者が出た)への対策だったようである。
さらに会期末の迫る11月20日にはイベント会場で火災が発生し、屋根(テント)が焼け落ちて会場全体が半日にわたり立ち入り禁止となった。その結果、各国政府パビリオンで行われていた様々なサイドイベントがその後すべて中止となってしまった。
ほかにもイベント会場や交渉団の控室のエアコンが効かず、熱帯の熱気に悩まされたり、時折襲来するスコールがテントの屋根にあたる音でサイドイベントのスピーチが聞こえなくなるなど、せっかくルーラ大統領肝いりでアマゾンの河口で行われたCOPであるが、ロジスティクス的には褒められたものではなく、世界最大の「環境保護の祭典」であるCOPにもかかわらず“Least Inclusive”(最も包摂性のない)COPだったと陰口がたたかれる始末であった。
米国交渉団の“完全不在”という異例の状況
そのCOP30の交渉概要と結果については、有馬純東大客員教授による詳しいレポートが本サイトに掲載されているのでそちらを参照いただくとして、筆者が今回気になった点、印象に残った点についていくつか紹介したい。
COP30の結果と評価:パリ協定10年目に見えた1.5℃目標の限界
先ず今回はCOPの30回の歴史の中で初めて、米国政府の公式な交渉団(交渉官)の姿が見られなかったCOPとなった。
いうまでもなくトランプ政権によって今年1月にパリ協定再離脱が宣言され、米国国務省の気候変動対策関連部署も廃止されたからでなのであるが、前回の第一次トランプ政権(2017~21年)では、米国が公式にパリ協定から離脱していたのは2020年11月から翌年1月のバイデン大統領就任までのわずか3か月に満たなかった※1)。加えて第一次トランプ政権では離脱宣言後も政府交渉団はCOPに派遣されており、交渉そのものには参加していたのである。
それが今回は、正式な協定離脱の発効が離脱宣言の1年後、つまり来年の1月からであるにもかかわらず、米国は既に今回のCOP30にも一人の交渉官も派遣してこなかった。この米国政府の不在は少なくとも3年後のCOP33まで4年間続くことになる。
実際には今回も民主党系の州知事や米議会議員など、米国政治の関係者もCOPに参加して、気候変動対策へのコミットの継続を訴えており、また筆者自身も会場内でバイデン政権時代の複数の米政府交渉幹部に遭遇して驚いた※2)のだが、将来の復帰を期して人脈や影響力の維持のために個人の立場で参加して交流に努めていたものと思われる。
一方で今回、会場内で懇談した米国の民間企業団体である米国国際ビジネス評議会(USCIB)の代表は、「トランプ政権がパリ協定やCOPのプロセスに反対の立場をとるのは政治的にやむを得ないとしても、全く交渉に参加しないことは米国産業界にとって望ましいことではない」と嘆いていた。
グローバルにビジネスを展開している米国企業は、自国がパリ協定から離脱したとしても、COPや国連関係交渉で決まった様々な国際ルールや規制の影響を受けることになるので、米国企業が不利になったり、事業活動が制限されるような規則が決められないように、米政府も交渉に臨んで調整を図ってほしいというわけである。
EUの苦戦と化石燃料フェーズアウト交渉の挫折
一方、従来交渉の場で先進国グループの一翼を担ってきた米国が抜けた今回のCOPでは、1.5℃目標の達成に向けて気候変動対策を強化することを中国、インドを含む途上国に求めてきたEU(英国を含む)が、対途上国交渉での矢面に立たされて苦戦していた感が強い。
気候変動強硬派として有名な英労働党のミリバンド環境エネルギー大臣(一時は首相候補にもなっていた)が率いる英国は、議長国ブラジルやEU、島嶼国、最貧国らと共に、削減対策の強化を狙って「化石燃料からの移行(フェーズアウト)のロードマップ策定」を決議すべく強硬に交渉に臨んでいたということであるが、結局サウジアラビア、イラン、ロシアなどの産油国等の反対にあい、化石燃料フェードアウトはCOP30決議から落とされてしまい、決議文には「化石燃料」という言葉すら一切触れられていない。
交渉の最終局面でEUの交渉団は、本国のフォン・デア・ライエンEU委員長に、交渉決裂も覚悟して化石燃料フェーズアウト・ロードマップを求める交渉スタンスの是非を打診したと報道されていたのだが、米国が脱退してパリ協定の土台にひびが入る中で、交渉決裂によってこれ以上パリ協定の協調的な枠組みに傷をつけることは、パリ協定の弱体化を招き得策ではないとの判断で引いたのかもしれない。
CBAMを巡る対立とEUの“受難”
一方EUが一人で矢面に立たされていたのが「制限的貿易措置」に関する決議である。来年1月からEUが本格導入・運用を開始する炭素国境調整措置(CBAM)について、これを気候変動枠組み条約、ならびにパリ協定が原則禁止している「気候変動対策として偽装された一方的な国際貿易制限措置である」として、インドを筆頭とした途上国が束になってEUを責め立て、COPの場でその是非を協議すべきと主張した。
この点については、最終的な合意文書の中で今後2028年までの3年間、様々なステークホルダーを含めた対話の場を設け、28年のハイレベル会合で見解の交換を行いCOPの場に報告することに合意している。
CBAMについて会場で意見交換した欧州経団連(Business Europe)のメンバーは、「CBAMの国際貿易制度上の問題は高度に専門的な通商法上の問題であり、各国財務省の所管事項なので、環境関連省庁と閣僚が集まるCOPは議論の場として不適切。WTOで議論すべき問題だ」と言っていたのだが、(WTOも議論には加わるとはいえ)CBAMについての対話の場を設定し、その結果がCOPに報告され議論をすることがCOP決議されたことにより、CBAMがCOPの交渉テーマとなる道が開けてしまった。
EUの求心力低下とパリ協定10年目の節目
以上のように今回のCOPでは今まで気候変動の世界で議論をリードしてきたEU(英国含む)が精彩を欠き、取るものは取れず(化石燃料フェーズアウトに関する決議は取れなかった)、一方で途上国に押し込まれてCBAMの是非をCOPの場で議論する道が開かれてしまう結果となった。さらに途上国の適応対策への資金協力規模を3倍にする「努力を求める」ことも決議されている。
片やEU域内では、英独仏の主要国の国内で、気候変動対策に後ろ向きな右派政党が躍進してきており、もともと気候変動対策に消極的だった東欧諸国の発言力も高まってきている中で、従来のようにEUとして一丸となってCOPに臨み、世界の温暖化対策をリードするという立ち位置が崩れ始めている気配が感じられる。
今年はパリ協定合意から10年の節目の年であるが、米国の再離脱も含めて節目の年となっているのかもしれない。
■
※1)パリ協定が正式に発効したのは2019年の11月であり、脱退が有効となるのはその1年後と規定されているため米国が正式に脱退したのは2020年11月になる。
※2)帰りの飛行機の機内で筆者の前の席にバイデン政権下での気候変動担当大統領特別補佐官だったトッド・スターン氏が一人で座っていたのに驚かされた。
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