Apple、脱炭素・ESGから転換か

ozgurdonmaz/iStock
昨年末、Appleのサステナビリティ担当副社長リサ・ジャクソン氏が2026年1月末で退任すると発表されていました。
Apple announces executive transitions
プレスリリース
2025年12月4日Apple、幹部人事異動を発表
(中略)
環境・政策・社会イニシアティブ担当副社長のリサ・ジャクソンが2026年1月下旬に退任する。
(中略)
「リサの貢献には深く感謝している。彼女は2015年比で当社のグローバル温室効果ガス排出量を60%以上削減する上で重要な役割を果たした」とクックは述べた。
このリサ・ジャクソン氏、英語wikiによれば1987年に米国環境保護庁(EPA)へ入庁し、民主党オバマ政権下の2009年~2013年にEPA長官を務め、退官後の2013年にAppleの環境・社会性担当副社長となったそうです。すごい経歴。。
Appleはこの10年ほど、世界中のサプライヤーに対して脱炭素・ESG対応を要求してきました。同社向けの供給に関して再エネ100%での製造やリサイクル100%素材の使用など、無茶な条件を強要され辛い経験をされた日本企業のご担当者も多いはず。この陣頭指揮を執っていたのが元EPA長官のリサ・ジャクソン副社長だったようです。
氏の退任が公表された当時、筆者は個人ブログで以下のようにコメントしていました。
Appleのリサ・ジャクソン副社長(環境・社会性担当)が1月末で退任。アップル社は後任を置かず2人の上級幹部に分割する、と。
アップルはこの10年、全世界のサプライヤーに対して再エネ導入、スコープ3排出量算定・削減目標などを強制してきました。
こうしたグリーンウォッシュの教唆、優越的地位の濫用が収まれば、世界中のサプライヤーにとってとても良いニュースになります。
世界中のサプライヤーが懸命にAppleへ協力した結果、同社は2023年にカーボンニュートラルApple Watchの販売を開始しました。ところが、2025年8月にドイツの裁判所から炭素クレジットを利用したカーボンオフセットがグリーンウォッシュであり、ドイツ競争法に違反するとの判決が出たため「カーボンニュートラル」表記を撤回したのです。
Apple Watch not a ‘CO2-neutral product,’ German court finds
Apple Watchは「CO2ニュートラル製品」ではないとドイツ裁判所が認定
ベルリン、8月26日(ロイター) – AppleはドイツでApple Watchを「CO2ニュートラル製品」として宣伝できなくなった。環境保護団体からの申し立てを支持した裁判所の判決で消費者を誤解させたと認定されたためだ。フランクフルト地方裁判所の声明によると、Appleはオンラインで同デバイスを「当社初のCO2ニュートラル製品」と宣伝していたが、裁判官団はこの主張に根拠がなく、ドイツ競争法に違反すると判断した。
サプライヤーの協力を結集した製品であり、2023年に華々しく宣伝していました。しかしグリーンウォッシュ判決を受けた後は何の説明もなく、ひっそりと製品表示や広告を取り下げたそうです。以下は販売開始時の華やかなりしリリース。
プレスリリース
2023 年9月12日Apple、初のカーボンニュートラルな製品を発表
カリフォルニア州クパチーノ
Appleは本日、まったく新しいApple Watchのラインナップに含まれる、Appleが作った初めてのカーボンニュートラルな製品を発表しました。デザインとクリーンエネルギーにおけるイノベーションにより、カーボンニュートラルなApple Watchで各製品の排出量を75パーセント以上、大幅に削減しました。
(中略)
「Appleは、長年にわたる実績のある取り組みにより、気候変動との闘いで推進的な役割を果たしています。再生可能エネルギーと低炭素設計に対する重点的な取り組みは、すでに業界をリードする排出量の削減を実現しています。そして、私たちは手を緩めません。私たちは、世界で最も人気が高い時計をカーボンニュートラルにするという重要なマイルストーンを達成しました。今後も、喫緊の課題を解決するためのイノベーションを続けていきます」と、Appleの環境・政策・社会イニシアティブ担当バイスプレジデント、リサ・ジャクソンは述べています。
他方、判決に関する説明やカーボンニュートラル表記をやめたというリリースは見当たりません。世界中の製品やウェブサイトからひっそりと表示を消しただけのようです。
Apple quietly drops “carbon-neutral” labels amid EU crackdown
EUの取り締まり強化を受け、Appleが「カーボンニュートラル」表示をひっそりと廃止
(中略)
転機は2025年8月に起こった。ドイツの裁判所がApple Watchを「カーボンニュートラル」として宣伝できないと判断したのだ。環境団体ドイツ・ウンヴェルティルフェは、Appleが製品を「グリーンウォッシング」し、消費者を誤解させていると非難した。2026年9月に施行される新しいEU規制では、カーボンクレジットやオフセットプロジェクトに依存する企業が「カーボンニュートラル」を使用することが禁止される。Appleは当初ドイツでラベルを外し、その後消費者の混乱を避けるため静かに世界的に拡大した。
さて、あれから半年後の2026年2月、今度は役員報酬とESG指標の連動についても密かに廃止したようです。
Apple quietly removes environmental metrics from executive pay
Appleは経営陣の報酬から環境指標を密かに削除した
2年前、米国企業の多くが経営陣の報酬体系から多様性目標を削除し始めた。今や環境対策——CO2削減目標を含む——も同様の運命をたどりつつある。
Appleは先月の企業提出書類によると、ティム・クックCEOら幹部向けの2025年給与パッケージからいわゆる「ESG条項」を密かに削除した。この規定は2021年から施行されており、Appleの取締役会は温室効果ガス削減やサプライヤーの再生可能エネルギー利用など、様々な指標における実績に応じて年間ボーナスを最大10%増減させることが可能だった。
Apple社のこの動きは、Starbucks社、Salesforce社、Mastercard社、Procter & Gamble社など数十社が最近、環境パフォーマンスと経営陣の報酬額との関連性を弱めたり断ち切ったりした決定に続くものだ。
(中略)
「報酬に反映されないものは、経営陣レベルで持続的な注目を集めることは稀だ」とカプール氏は述べた。「報酬を結びつけることは…こうした成果が業績の中核であり、副次的なプロジェクトではないことを示す」
(中略)
今やトランプ大統領が気候規制を撤廃し、排出削減努力を「グリーン・ニュー・スキャム(新たな環境詐欺)」と嘲笑する中、一部企業は報酬と環境目標の明確な連動を維持することに懸念を抱いている。
投資家の圧力も弱まっている。ファリエント・アドバイザーズのブエノ氏は「株主が環境問題で企業を促す頻度は年々減少している」と指摘。「企業や取締役会にとってこれらの課題が最優先事項ではなくなりつつある」「注目度が低下すれば、自然と後回しにされる」と続けた。
パール・マイヤーのクールズ氏によれば、この後退は一部企業が環境目標を事業戦略に完全に統合していなかったことも示唆している。他社が行っているからという理由だけで指標を追加し、自社イメージ向上を図ろうとした企業も含まれるという。「だから風向きが変わると、『よし、じゃあ今は外そう』という態度になるのです」
しかし、この後退以前から、一部のESG連動型報酬制度は効果の乏しいものだった。カリフォルニア大学バークレー校とスタンフォード大学による2024年の論文によれば、達成が容易すぎる目標を設定するケースが多かった。S&P500企業はESG連動指標の未達ケースがわずか2%に過ぎず、財務目標の未達22%を大きく下回っていた。この事実から、経営陣が環境面でほとんど進展がないにもかかわらず高額な報酬を得ているのではないかという懸念が生じた。
グリーンウォッシュ判決も役員報酬連動も公に説明せず密かに廃止しただけでは、ESG評価で重要な経営の透明性、情報開示、倫理観などのスコアが下がるはず。Appleの一連の対応に関してぜひESG投資家の皆さまのご意見をお聞きしたいものです。
なお、役員報酬連動については様々なESG評価やイニシアチブで問われます。たとえばCDP。米国の司法長官から気候カルテルと名指しされた世界的な脱炭素イニシアチブです。残念ながら日本企業が世界最多の2,000社も参加しています。最新の設問がこちら。

Appleさん、CDP2025では金銭的インセンティブ対象役職の全項目にチェックを入れており、備考欄では報酬ボーナスが自社およびサプライチェーンのCO2削減実績と連動している旨を説明していますが、今年度以降はこの設問が0点になるということです。
これ、CDPに限らず様々なイニシアチブでも同様の設問があります。つまり、Apple(他にもスターバックス、P&Gなど役員報酬連動をやめた各社)は脱炭素イニシアチブ、ESGスコアが下がっても構わないという経営判断を下したようです。1ランクでも1点でもESGスコアを上げるためにご尽力されているサステナビリティ担当者の皆さん、信じられますか。
金融の気候カルテルが崩壊し、民間部門でもCDP、SBTiに対して独禁法違反の調査が始まりました。欧州規制のCSDDD、CSRDも事実上の骨抜きとなり、日々筆者の元に届くスコープ3やカーボンフットプリント算定要請がほぼ日本企業だけになりました。
今後、サプライチェーンを通じた脱炭素強要にも歯止めがかかるかもしれません。Appleは将来を見越して脱炭素・ESGから転換しつつあるのでしょうか。元EPA長官の退任を機にサステナビリティ界の巨人がサプライヤーへの脱炭素強要をやめてくれれば世界中の関係者が喜ぶはずです。
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