英国のエネルギー温暖化政策はどちらに向かうか

2026年08月26日 06:50
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東京大学大学院教授

marc chesneau/iStock

2026年7月に発足した英国アンディ・バーナム政権のエネルギー気候変動政策の方向性が注目される。ここ数年の英国のエネルギー温暖化政策の方向性を改めて整理してみよう。

現実路線に舵を切ろうとしたスナク政権

スナク保守党政権は2023年9月にそれまでの方針を一部修正し、2050年ネットゼロを堅持しつつ、「pragmatic, proportionate and realistic」を掲げ、家計に過大な負担をかけないことを前面に押し出していた。ガソリン・ディーゼル新車販売禁止を2030年から2035年へ延期し、住宅の省エネ規制なども緩和する一方、北海油ガスについては、エネルギー安全保障を理由に国内生産を重視してきた。

「Net Zeroの目標は変えないが、2050年から逆算して国民生活に高コストな政策を押し付けることはしない」という立場であった。

脱炭素至上主義に回帰したスターマー・ミリバンド路線

他方、2024年7月に発足したスターマー労働党政権はこの方針を脱炭素方向に巻き戻した。その典型が2030年までに年間需要相当をクリーン電源で賄い、発電量の少なくとも95%をクリーン電源とするという非常に野心的な目標を設定した「クリーンパワー2030」である。

さらに陸上風力規制の解除、再エネ投資の大幅加速、北海での新規石油・ガス探鉱ライセンスの発給停止、2035年GHG▲81%(1990年比)のNDC等の野心的な方針を打ち出した。

特にエド・ミリバンドエネルギー安全保障・ネットゼロ大臣の影響が大きく、その基本思想は「化石燃料への依存こそが価格高騰とエネルギー安全保障リスクを生む。したがって再エネを急拡大することが、脱炭素・安保・低価格の三つを同時に実現する」というものであった。

こうした理念的な姿勢に対しては、もともと脱炭素に否定的なナイジェル・ファラージュの英国改革党はもとより、最近、「ネットゼロ目標は不可能」と宣言し、保守回帰を強めているケミ・ベーデノックの保守党から強く批判されてきた。

しかし注目されるのは13年にわたって「ニューレイバー」を率い、10年にわたって首相の座にあったトニー・ブレア卿からの批判である。

「労働党の火遊び」に警鐘を鳴らすブレア元首相

ブレア元首相は5月26日に「労働党は自らと英国の未来を火遊びしている(The Labour Party Is Playing With Fire Over Its Future and the Future of this Country)」と題する論考を発表した。これは激変する国際情勢の中で英国政治・経済・AI・外交を含む国家戦略全体の再構築を求めたものであり、一貫した国家戦略を欠き、従来型の「ソフト左派」の政策から抜け出せていないスターマー政権を批判している。

特にエネルギーについては、「今の英国経済が必要としているのはクリーンなエネルギーなのか安いエネルギーなのか(Does our economy need right now the goal of clean energy or cheap energy?)」との本質的な問いを投げかけ、「安価なエネルギーと電化をNet Zeroより優先すべき」と明確に主張している。

具体的には、Net Zero政策のうち「安いエネルギーよりクリーンエネルギーを優先している部分」を撤回・修正すること、北海に残された石油・ガス資源を利用すること、電化と電力供給拡大を進めることを提案している。AI時代の産業競争力を考えれば、安価で十分な電力供給は不可欠だという論理である。

ブレア元首相は京都議定書の締結、グレンイーグルス対話をはじめ、エネルギー温暖化政策を積極的に進めてきた人物である。その彼の目から見てもスターマー、ミリバンドのエネルギー温暖化政策は「国の将来を危うくする火遊び」に映っているということが興味深い。

現実回帰を企図するバーナム政権

7月に発足したアンディ・バーナム内閣の下でエネルギー安全保障・ネットゼロ大臣に就任したのはミアッタ・ファンブレである。

バーナム内閣の基本方針は「ネットゼロを撤回せず、クリーンエネルギー政策も維持するが、生活費・エネルギー安全保障・産業雇用を前面に出し、ミリバンド期より現実主義的に運営する」ことと思われる。

具体的には、まずClean Power 2030は維持されている。政府のエネルギー担当相の所掌にもClean Power 2030、再エネ、原子力、Great British Energy、系統、エネルギー安全保障などが明記されており、2030年のクリーン電力化そのものを放棄した形跡はない。他方、「ネットゼロのためならコスト増もやむなし」という姿勢からは明確に距離を置き始めている。

バーナム首相は就任直後、家計の生活費対策として2026年10月から家庭用電気料金のVATを撤廃する方針を打ち出した。これはエネルギー政策において「脱炭素」だけでなく「affordability」を前面に置く象徴的な措置であり、さらに労働党の「新規石油・ガスライセンスを出さない」という基本線自体は維持しているが、既にライセンスを持つJackdawガス田やRosebank油田については再承認の是非を検討しており、ファンブレは前任のミリバンドより産業寄り・現実主義的と見られている。

「新規掘削全面復活」というトランプ型ではないが、「脱化石燃料を急ぐ」というミリバンド型でもないということであり、北海油ガスを移行期のエネルギー安全保障、雇用、国内供給の観点から再評価する方向が見て取れる。

エネルギー安全保障の強化にも関心が強く、政府内では輸入LNGの戦略備蓄や政府管理型の緊急備蓄まで検討されている。英国の政策が「再エネを増やせば輸入化石燃料依存がなくなる」というミリバンド的な単線的な議論から、供給途絶そのものに備える政策へ動いていることを意味する。

こうした現実回帰の萌芽がどの程度、現実に開花するのかが注視される。

英国は2021年のG7コーンウォールサミット、COP26(グラスゴー)において1.5℃目標をデファクトスタンダードとし、2050年全球カーボンニュートラルからバックキャストしたエネルギー転換論を推進してきた。しかしこれはアジアを中心とする途上国のエネルギーの現実から大きくかけ離れたものであり、南北の更なる分断を招くきっかけともなった。

2027年に英国はG20議長国となる。翌2028年は第2回のグローバルストックテイクをとりまとめる年にあたる。1.5℃目標に沿った目標値の引き上げをひたすら主張する欧州と、「それならもっと金を出せ」と主張する途上国がぶつかり合って袋小路に陥ったCOP交渉を前に進めるきっかけを提示できるだろうか。

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