電力とは何か? 基礎から分かりやすく — 誤解だらけの電力問題【書評】

2014年06月16日 17:30
アバター画像
経済ジャーナリスト

誤解だらけの電力問題
竹内純子著

ウェッジ 1000円(本体)

深まらなかったエネルギーの議論

福島第一原発の後で、エネルギーと原発をめぐる議論が盛り上がった。当初、筆者はすばらしいことと受け止めた。エネルギーは重要な問題であり、人々のライフライン(生命線)である。それにもかかわらず、人々は積極的に関心を示さなかったためだ。

ところが3・11以降のエネルギー政策をめぐる議論は残念ながら深まらなかったように思える。議論といえば、原発の「賛成」「反対」の二分した答えをめぐるものばかり。さらに、そうした騒擾に政治家が参加し、政治的な闘争の道具に使った。

そして、そうした議論の中には基本的な事実が間違っているものも散見された。問題を考える際に正しい情報に基づかなければ、正しい答えにたどり着けないだろう。また電力の供給は電力会社だ。重要なプレイヤーであるにもかかわらず、その人々が何を考えているのかあまり伝えられなかった。

そうした問題に答えてくれるのがこの本だ。筆者竹内純子さんは東京電力の元社員で、現在はNPO法人の国際環境経済研究所理事を務める。GEPR・アゴラにも常連で寄稿をしており、その分かりやすい解説で人気のエネルギー問題の研究者だ。東電時代は、尾瀬国立公園の自然保護や地球温暖化問題にかかわった。

福島原発事故の後で、電力会社は自粛と批判の中で、発言がなかなか社会にとどかない。竹内さんは、業界にある「内在的論理」を解説する。そして竹内さんが電力会社の外に出て気づいた視点も加え、その論評はバランスのとれたものになっている。

「電気の作られ方」の想像を

本で示される議論には、興味深い点が数多くある。

巷間では電力会社は、独占で利益をむさぼると批判されている。しかし筆者は電力会社の人々の意識は、それだけではないと、おかしさを感じていた。竹内さんは、電力会社に務めた経験から、電力会社と社員の体質に「供給本能がある」と指摘する。電力を安定的に供給するという使命感だ。それによって、インフラを守ろうという事業上の仕組みがつくられ、最近は原発の再稼動を主張しているという。一方で、それが強調されるあまり、「高コスト体質」「失われた民間らしさ」「『チャレンジは失敗のもと』という意識」などの問題が、電力会社の中にあるそうだ。

電力システム改革が現在進んでいる。発送電分離で電力会社の解体がうながされる一方で、地域独占と供給義務がなくなることは電力会社にはチャンスである側面がある。竹内さんは、時期の問題を、この本で指摘した。今は原発が停止し、供給力が低下して、設備の増設が迫られている。電力会社は軒並み赤字に陥り、経営は苦しい。この状況での自由化は「病気で体力が落ちている人に外科手術をするようなもの」と、懸念を示す。これは、適切な問題意識であろうし、メディアがなかなか気づかないものだ。

このように、部外者にはなかなか分からない電力会社の現場経験の視点から、原子力、電力体制、地球温暖化問題の分かりやすい解説が並ぶ。問題をまじめに考える人に、一読をお勧めしたい。

「長い旅をしてコンセントの向こう側からやってくる電気をどんな人が、どうやって作り、どこからやって来るかを想像してみてください」と竹内さんは本の中で述べている。人々の営みの結果、電気が使える。こうした当たり前の事実を人々が深く認識するようになったら、電気の使い方は丁寧になるし、またエネルギーをめぐる議論も空論を排した地に足の着いたものになるかもしれない。

石井 孝明(ジャーナリスト)

(2014年6月16日掲載)

This page as PDF

関連記事

  • 各種機関から、電源コストを算定したレポートが発表されている。IRENAとJ.P.Morganの内容をまとめてみた。 1.IRENAのレポート 2022年7月13日、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)は、「2021年
  • 自動車メーカーのボルボが電気自動車C40のライフサイクルCO2排出量を報告した。(ニュース記事) ライフサイクルCO2排出量とは、自動車の製造時から運転・廃棄時までを含めて計算したCO2の量のこと。 図1がその結果で、縦
  • 政府エネルギー・環境会議から9月14日に発表された「革新的エネルギー・環境戦略」は2030年代に原子力発電ゼロを目指すものであるが、その中味は矛盾に満ちた、現実からかけ離れたものであり、国家のエネルギー計画と呼ぶには余りに未熟である。
  • 核武装は韓国の正当な権利 昨今の国際情勢を受けてまたぞろ韓国(南朝鮮)の核武装論が鎌首をもたげている。 この問題は古くて新しい問題である。遅くとも1970年代の朴正煕大統領の頃には核武装への機運があり、国際的なスキャンダ
  • 先日紹介した、『Climate:The Movie』という映画が、ネット上を駆け巡り、大きな波紋を呼んでいる。ファクトチェック団体によると、Xで150万回、YouTubeで100万回の視聴があったとのこと。 日本語字幕は
  • 高速増殖炉「もんじゅ」の廃炉決定を受けて、7日に政府の「高速炉開発会議」の初会合が開かれた。議長の世耕弘成経済産業相は冒頭で「高速炉の開発は必要不可欠だ」と述べた。これは高速増殖炉(FBR)に限らず広く高速炉(FR)を開
  • 元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 前稿で「脱炭素社会法」には意味がないと述べた。 その根拠として、 実測データでの気温上昇率は100年当り0.7〜1.4℃しかなく、今世紀末までの80年足らずの間に3〜5℃もの気
  • 今年3月11日、東日本大震災から一年を迎え、深い哀悼の意が東北の人々に寄せられた。しかしながら、今被災者が直面している更なる危機に対して何も行動が取られないのであれば、折角の哀悼の意も多くの意味を持たないことになってしまう。今現在の危機は、あの大津波とは異なり、日本に住む人々が防ぐことのできるものである。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑