IPCC報告の論点㊲:これは酷い。海面の自然変動を隠蔽

2022年01月10日 07:00
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

IPCCの報告が昨年8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。

Revolu7ion93/iStock

米国オバマ政権の科学次官を務めたスティーブ・クーニンの講演(ビデオ講演録)での指摘を紹介しよう。

ビデオだと16:26付近である:

画面右下にあるが、2013年の第5次報告(AR5)では、「1920年から1950年の間にも1993年から2010年までと同様な速い海面上昇があった」、となっている。

しかし、今般2021年の第6次報告(AR6)では、右上のFigure SPM.8(注:SPMとは政策決定者向け要約の意味)を見ても、このことは判然としない。それどころか、画面左上にあるSPM の文を見ると、

1901年から1971年は年間1.3ミリ(誤差範囲は0.6から2.1ミリ)
1971年から2006年は年間1.9ミリ(誤差範囲は0.8から2.9ミリ)
2006年から2018年は年間3.7ミリ(誤差範囲は3.2から4.2ミリ)

となっていて、いかにも海面上昇の速さが加速しているかのように書いている。

だがこの元になっている論文を見ると画面左下の図のようになっていて、海面上昇速度(GMSL: Global Mean Sea Level、青い線。青い影は誤差範囲)はやはり1920年から1950年にかけてかなり速かったことが分かる。

酷いのはこのIPCCの時間区分が恣意的すぎることで、「1901年から1971年」「1971年から2006年」「2006年から2018年」と3つに区分することで、平均操作によって、いかにも一貫して海面上昇速度が上がってきたかのように見せている訳だ。

クーニンは「学生がこんなレポートを出して来たら落第にする」と批判し、レビュープロセスに問題があるとしている。

なお詳しくは原論文に譲るが、海面水準が変わる理由は氷河や氷床の融解など(画面左下図中の赤線)と海水の熱膨張(図中オレンジ線)がある。そして、下図のdのように、1920年から1950年にかけては、グリーンランドの氷床融解や世界中の氷河の融解がいまよりも盛んであったと推計されている。

1つの報告書が出たということは、議論の終わりではなく、始まりに過ぎない。次回以降も、あれこれ論点を取り上げてゆこう。

【関連記事】
IPCC報告の論点①:不吉な被害予測はゴミ箱行きに
IPCC報告の論点②:太陽活動の変化は無視できない
IPCC報告の論点③:熱すぎるモデル予測はゴミ箱行きに
IPCC報告の論点④:海はモデル計算以上にCO2を吸収する
IPCC報告の論点⑤:山火事で昔は寒かったのではないか
IPCC報告の論点⑥:温暖化で大雨は激甚化していない
IPCC報告の論点⑦:大雨は過去の再現も出来ていない
IPCC報告の論点⑧:大雨の増減は場所によりけり
IPCC報告の論点⑨:公害対策で日射が増えて雨も増えた
IPCC報告の論点⑩:猛暑増大以上に酷寒減少という朗報
IPCC報告の論点⑪:モデルは北極も南極も熱すぎる
IPCC報告の論点⑫:モデルは大気の気温が熱すぎる
IPCC報告の論点⑬:モデルはアフリカの旱魃を再現できない
IPCC報告の論点⑭:モデルはエルニーニョが長すぎる
IPCC報告の論点⑮:100年規模の気候変動を再現できない
IPCC報告の論点⑯:京都の桜が早く咲く理由は何か
IPCC報告の論点⑰:脱炭素で海面上昇はあまり減らない
IPCC報告の論点⑱:気温は本当に上がるのだろうか
IPCC報告の論点⑲:僅かに気温が上がって問題があるか?
IPCC報告の論点⑳:人類は滅びず温暖化で寿命が伸びた
IPCC報告の論点㉑:書きぶりは怖ろしげだが実態は違う
IPCC報告の論点㉒:ハリケーンが温暖化で激甚化はウソ
IPCC報告の論点㉓: ホッケースティックはやはり嘘だ
IPCC報告の論点㉔:地域の気候は大きく変化してきた
IPCC報告の論点㉕:日本の気候は大きく変化してきた
IPCC報告の論点㉖:CO2だけで気温が決まっていた筈が無い
IPCC報告の論点㉗:温暖化は海洋の振動で起きているのか
IPCC報告の論点㉘:やはりモデル予測は熱すぎた
IPCC報告の論点㉙:縄文時代の北極海に氷はあったのか
IPCC報告の論点㉚:脱炭素で本当にCO2は一定になるのか
IPCC報告の論点㉛:太陽活動変化が地球の気温に影響した
IPCC報告の論点㉜:都市熱を取除くと地球温暖化は半分になる
IPCC報告の論点㉝:CO2に温室効果があるのは本当です
IPCC報告の論点㉞:海氷は本当に減っているのか
IPCC報告の論点㉟:欧州の旱魃は自然変動の範囲内
IPCC報告の論点㊱:自然吸収が増えてCO2濃度は上がらない

 

クリックするとリンクに飛びます。

「脱炭素」は嘘だらけ

This page as PDF
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

関連記事

  • 第6次エネルギー基本計画は9月末にも閣議決定される予定だ。それに対して多くの批判が出ているが、総合エネルギー調査会の基本政策分科会に提出された内閣府の再生可能エネルギー規制総点検タスクフォースの提言は「事実誤認だらけだ」
  • 高浜3・4号機の再稼動差し止めを求める仮処分申請で、きのう福井地裁は差し止めを認める命令を出したが、関西電力はただちに不服申し立てを行なう方針を表明した。昨年12月の申し立てから1度も実質審理をしないで決定を出した樋口英明裁判官は、4月の異動で名古屋家裁に左遷されたので、即時抗告を担当するのは別の裁判官である。
  • IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 北極振動によって日本に異常気象が発生することはよく知られ
  • 原子力問題は、安倍政権が残した最大の宿題である。きのう(9月8日)のシンポジウムは、この厄介な問題に新政権がどう取り組むかを考える上で、いろいろな材料を提供できたと思う。ただ動画では質疑応答を割愛したので、質疑のポイント
  • 先日、日本の原子力関連産業が集合する原産会議の年次大会が催され、そのうちの一つのセッションで次のようなスピーチをしてきた。官民の原子力コミュニティの住人が、原子力の必要性の陰に隠れて、福島事故がもたらした原因を真剣に究明せず、対策もおざなりのまま行動パターンがまるで変化せず、では原子力技術に対する信頼回復は望むべくもない、という内容だ。
  • 言論アリーナでは7.6%の支持しかなかった細川氏だが、きのうの出馬会見も予想どおり支離滅裂だった。BLOGOSの記事によれば「脱原発」以外の具体的な政策はほとんど出てこなかったが、彼が何を誤解しているかはわかった。これは小泉氏と同じ、よくある錯覚だ。
  • 昨年の福島第一原子力発電所における放射性物質の流出を機に、さまざまなメディアで放射性物質に関する情報が飛び交っている。また、いわゆる専門家と呼ばれる人々が、テレビや新聞、あるいは自らのブログなどを通じて、科学的な情報や、それに基づいた意見を発信している。
  • GEPR編集部より。このサイトでは、メディアのエネルギー・放射能報道について、これまで紹介をしてきました。今回は、エネルギーフォーラム9月号に掲載された、科学ジャーナリストの中村政雄氏のまとめと解説を紹介します。転載を許諾いただきました中村政雄様、エネルギーフォーラム様に感謝を申し上げます。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑