チェルノブイリ原発危機の実相

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外部電源喪失
チェルノブイリ原子力発電所はロシアのウクライナ侵攻で早々にロシア軍に制圧されたが、3月9日、当地の電力会社ウクルエネルゴは同発電所が停電していると発表した。
いわゆる外部電源喪失といって、これは重大な事故につながる起因事象である。外部電源は文字通り発電所の外から送電線で供給される。戦争状態のなかで送電線が破損したようである。戦争状態であるため、思うように送電線が復旧できないという。
外部電源は原子力発電所内の様々な機器を動かすために用いられる。そのような機器の一つに使用済み燃料プールの冷却システムがある。
福島第一に匹敵する大量の使用済み燃料
チェルノブイリ原子力発電にはRBMKという黒鉛減速沸騰水圧力管型炉が4基設置されている。いずれも電気出力の規模は100万kWである。1986年に事故を起こしたのは4号機である。1〜3号機はかねてより原子炉は停止しており運転はしていない。2000年までに全ての原子炉が停止された。今は廃炉措置の過程にある。
崩壊熱は時間とともに急速に減って行くので、20年以上たてば通常運転時の発熱量の0.1%以下に低下している。しかし、それでも発熱は続けているので冷やし続けなければならない。さもなければ、福島第一原子力発電所の4号機で懸念されたような事態になる可能性が排除しきれない。
つまり使用済み燃料プールの冷却水が加熱されて蒸発・減少して、燃料棒が水面に露出する。そうすると燃料棒が過熱して果ては溶ける可能性がある。福島第一では、コンクリートポンプ車を用いて外側から冷却水を注入し万事休す結果となった。
チェルノブイリ原子力発電の1〜3号機には大量の使用済み燃料がある。その量は福島第一原子力発電所の1〜4号機の使用済み燃料にほぼ匹敵する。
これらの使用済み燃料を冷やすためには電源が必要で、その主力が外部電源であり、バックアップとして非常用ディーゼル発電機がある。
非常用ディーゼル発電機
非常用ディーゼル発電機は重油を燃料として使う。発電機には重油タンクが付いていて、チェルノブイリの場合は一回の給油で48時間の連続運転が可能のようである。
発電所内には補給用の大型の重油タンクがあるので、必要に応じて追加の補給をすれば良い。
ただし、ロシア軍の制圧状況が不詳なので、補給が滞りなく行えるか否かについては何とも言えない。
危機の実相
仮に非常用ディーゼルも停止して、さらに外部電源も復旧しない状態が長時間続けば、燃料が露出し最悪事態として燃料が溶け始めることもあり得る。どれぐらい長時間かといえば、その時間的目安は数週間程度と考えられる。
燃料が溶け始めれば、放射性物質が環境に漏れ出す可能性があり、欧州のみならず世界に悪影響を及ぼす可能性がある。

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