チェルノブイリ原発危機の実相

2022年03月11日 07:00
アバター画像
東京工業大学原子炉工学研究所助教 工学博士

diegograndi/iStock

外部電源喪失

チェルノブイリ原子力発電所はロシアのウクライナ侵攻で早々にロシア軍に制圧されたが、3月9日、当地の電力会社ウクルエネルゴは同発電所が停電していると発表した。

いわゆる外部電源喪失といって、これは重大な事故につながる起因事象である。外部電源は文字通り発電所の外から送電線で供給される。戦争状態のなかで送電線が破損したようである。戦争状態であるため、思うように送電線が復旧できないという。

外部電源は原子力発電所内の様々な機器を動かすために用いられる。そのような機器の一つに使用済み燃料プールの冷却システムがある。

福島第一に匹敵する大量の使用済み燃料

チェルノブイリ原子力発電にはRBMKという黒鉛減速沸騰水圧力管型炉が4基設置されている。いずれも電気出力の規模は100万kWである。1986年に事故を起こしたのは4号機である。1〜3号機はかねてより原子炉は停止しており運転はしていない。2000年までに全ての原子炉が停止された。今は廃炉措置の過程にある。

崩壊熱は時間とともに急速に減って行くので、20年以上たてば通常運転時の発熱量の0.1%以下に低下している。しかし、それでも発熱は続けているので冷やし続けなければならない。さもなければ、福島第一原子力発電所の4号機で懸念されたような事態になる可能性が排除しきれない。

つまり使用済み燃料プールの冷却水が加熱されて蒸発・減少して、燃料棒が水面に露出する。そうすると燃料棒が過熱して果ては溶ける可能性がある。福島第一では、コンクリートポンプ車を用いて外側から冷却水を注入し万事休す結果となった。

チェルノブイリ原子力発電の1〜3号機には大量の使用済み燃料がある。その量は福島第一原子力発電所の1〜4号機の使用済み燃料にほぼ匹敵する。

これらの使用済み燃料を冷やすためには電源が必要で、その主力が外部電源であり、バックアップとして非常用ディーゼル発電機がある。

非常用ディーゼル発電機

非常用ディーゼル発電機は重油を燃料として使う。発電機には重油タンクが付いていて、チェルノブイリの場合は一回の給油で48時間の連続運転が可能のようである。

発電所内には補給用の大型の重油タンクがあるので、必要に応じて追加の補給をすれば良い。

ただし、ロシア軍の制圧状況が不詳なので、補給が滞りなく行えるか否かについては何とも言えない。

危機の実相

仮に非常用ディーゼルも停止して、さらに外部電源も復旧しない状態が長時間続けば、燃料が露出し最悪事態として燃料が溶け始めることもあり得る。どれぐらい長時間かといえば、その時間的目安は数週間程度と考えられる。

燃料が溶け始めれば、放射性物質が環境に漏れ出す可能性があり、欧州のみならず世界に悪影響を及ぼす可能性がある。

This page as PDF
アバター画像
東京工業大学原子炉工学研究所助教 工学博士

関連記事

  • 世界的なエネルギー価格の暴騰が続いている。特に欧州は大変な状況で、イギリス政府は25兆円、ドイツ政府は28兆円の光熱費高騰対策を打ち出した。 日本でも光熱費高騰対策を強化すると岸田首相の発言があった。 ところで日本の電気
  • 【要旨】(編集部作成) 放射線の基準は、市民の不安を避けるためにかなり厳格なものとなってきた。国際放射線防護委員会(ICRP)は、どんな被曝でも「合理的に達成可能な限り低い(ALARA:As Low As Reasonably Achievable)」レベルであることを守らなければならないという規制を勧告している。この基準を採用する科学的な根拠はない。福島での調査では住民の精神的ストレスが高まっていた。ALARAに基づく放射線の防護基準は見直されるべきである。
  • はじめに 「地球温暖化は人間の出すCO2によって引き起こされている。このことについて科学者の97%が同意している」──このフレーズは、20年近くにわたり、メディア、環境団体、国際機関を通じて広く流布されてきた。 この数字
  • 元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 前回書ききれなかった論点を補足したい。現在の日本政府による水素政策の概要は、今年3月に資源エネルギー庁が発表した「今後の水素政策の課題と対応の方向性 中間整理(案)」という資料
  • エネルギー(再エネ)のフェイクニュースが(-_-;) kW(設備容量)とkWh(発電量)という別モノを並べて紙面解説😱 kWとkWhの違いは下記URL『「太陽光発電は原子力発電の27基ぶん」って本当?』を
  • (前回:米国の気候作業部会報告を読む⑩:CO2で食料生産は大幅アップ) 気候危機説を否定する内容の科学的知見をまとめた気候作業部会(Climate Working Group, CWG)報告書が2025年7月23日に発表
  • 引き続き、2024年6月に米下院司法委員会が公表した気候カルテルに関する調査報告書についてお届けします。 (前回:気候カルテルは司法委員会の調査から逃げ回る) 今回は日本企業(特にサステナビリティ部門の担当者)にとってと
  • ちょっとした不注意・・・なのか 大林ミカさん(自然エネルギー財団事務局長)が一躍時の人となっている。中国企業の透かしロゴ入り資料が問題化されて深刻度を増しているという。 大林さんは再生可能エネルギーの普及拡大を目指して規

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑