難航が予想されるCOP28:温暖化対策をめぐる途上国との深まる溝

CHUYN/iStock
日本が議長を務めたG7サミットでの重点事項の一つは気候変動問題であった。
サミット首脳声明では、
- 「遅くとも2025年までに世界の温室効果ガス排出量(GHG)をできるだけ早くピークにし、遅くとも2050年までにネット・ゼロ排出を達成するために、この10年間における経済変革への協働を要請。直近のIPCCの知見を踏まえ、2030年43%、2035年60%削減の緊急性を強調」
- 「2030年NDC目標又は長期低GHG排出発展戦略(LTS)が1.5℃の道筋と2050年までのネット・ゼロ目標に整合していない全ての締約国、特に主要経済国に対し、可及的速やかに、かつCOP28より十分に先立って2030年NDC目標の再検討・強化、2050年までのネット・ゼロ目標へのコミットを要請」
等の野心的な文言が並んだ。
これはインド主催のG20(デリー)、最終的には11月30日~12月12日のCOP28(ドバイ)を念頭においたメッセージであるが、G7が唱道する野心が世界全体でシェアされる可能性は皆無に等しい。6月5日~15日にボンで開催された気候変動枠組み条約補助機関会合の雰囲気をみれば明らかである。
補助機関会合で初日から大きくもめたのは「緩和作業計画」を議題に追加するというEU提案の取扱いであった。先進国に敵対的な有志途上国グループ(LMDC)はこれに強く反対し、先進国が嫌がる資金支援問題を議題に追加するよう逆提案した。
会合で何を議論するかをめぐって火花を散らす「アジェンダファイト」は温暖化交渉の風物詩のようなものであるが、今回は会議閉幕の前日までそれが続いた。こんなことは前代未聞である。中国、インド等が参加するLMDCは自分たちの目標見直し圧力につながりかねない緩和の議論をブロックしたいという思いの表われであろう。
もともと「緩和作業計画」は2030年▲45%を達成するため、今後10年間の野心レベル引き上げを促すことを目的に議長国英国が合意文書に書き込んだものである。これに対する主要途上国の警戒心は非常に強く、COP27(シャルム・エル・シェイク)ではLMDCの強い抵抗により、内容が大幅にトーンダウンされた。緩和作業計画の議題化をめぐるアジェンダ・ファイトもその延長線上にある。
しかしCOP28の最大の争点になるのはグローバル・ストックテイク(GST)である。GSTとはパリ協定の目的及び長期的な目標の達成に向けた全体としての進捗状況の評価のことであり、2023年から5年おきに実施される。したがってCOP28は初のGSTが実施される場となる。
GSTは、①情報収集、②技術的評価、③成果の検討の構成の3つのステージからなる。
①として、2021年11月以降、締約国の緩和努力の状況等の情報を収集しており、今回の補助機関会合まで継続された。IPCC第6次評価報告書も参考とされる。②としてはパリ協定の実施状況に関して締約国で意見交換を実施することを目的とした技術対話を立ち上げ、これまでに今回の補助機関会合を含め、3回開催された。
しかしGSTの中で最も重要なのは③である。緩和、適応、実施手段の機会・課題を特定し、取組の強化に繋がるような政治的なメッセージをまとめ、決定文書もしくは宣言を発出することとされている。
GSTの評価対象は緩和、適応(ロス&ダメージを含む)、実施手段(気候資金、技術等)である。野心レベル引き上げに専ら関心を有する先進国はIPCC第6次評価報告書を踏まえ、「各国の目標値を足し上げても1.5℃目標が求める削減経路に全然足りない」というメッセージを打ち出し、GSTを2025年に予定されている各国目標見直しを野心的なものにする起爆剤にしようと考えている。
他方、途上国は「先進国からの資金援助、技術協力、ロス&ダメージ支援が全く足りない」というメッセージを打ち出したい。2024年は新たな資金援助目標を決定する年にあたる。途上国は先進国が2020年の目標数値である年間1000憶ドルすらも達成できていないことを難詰している。条約事務局は2030年までに途上国が緩和・適応のために必要とする資金量を約6兆ドルと見積もっており、途上国はGSTを使って2024年の新資金目標交渉を有利に運びたい考えだ。
日本を含む先進国としてはIPCC第6次評価報告書はIPCC総会で採択されたものであるから、そこに書かれている2025年全球ピークアウト、2030年▲43%、2035年▲60%(いずれも2019年比)をGSTに盛り込めると考えているだろうが、ことはそう簡単ではない。
途上国の交渉戦略に理論的支柱を与えているTWN(Third World Network)はIPCCのシナリオについて以下のような批判的コメントを出している。
- IPCC第6次評価報告書第3作業部会は、提出された2,425のシナリオのうち、1,202のシナリオの一部に基づいて、世界の緩和経路の分析を実施。IPCCの著者が審査・選定基準を決定したため、評価されたシナリオは科学を代表するものではない。
- シナリオの選定基準において国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の衡平性、共通だが差異ある責任とそれぞれの能力の原則の遵守が考慮されていない(事実、政策決定者のための要約では「モデル化されたシナリオと排出経路…社会経済変数と緩和オプションを含む様々な仮定に基づいており・・・ほとんどの場合、地球規模の衡平性、環境正義、地域内の所得分配について明確な仮定はしていない」と記述している)
- 10地域分類を使用し、パリ協定の気温目標に対応し 、IPCC WGIII評価の一部であるすべてのシナリオについて衡平性評価を実施すると、すべてのシナリオが現在の先進国・途上国間の不平等を永続化させる非常に不平等な未来を予測しており、発展途上国の成長、発展、化石燃料、エネルギー使用を制約するものとなっている。
このように途上国はIPCCのシナリオを前提とした議論に異を唱える可能性が高い。COP28では今後の目標引き上げや途上国支援の帰趨に大きな影響を与えるGSTをめぐって先進国、途上国が激突することになるだろう。

関連記事
-
世界最大のLNG輸出国になった米国 米国のエネルギー情報局(EIA)によると、2023年に米国のLNG輸出は年間平均で22年比12%増の、日量119億立方フィート(11.9Bcf/d)に上り、カタール、豪州を抜いて世界一
-
エネルギー政策の見直し議論が進んでいます。その中の論点の一つが「発送電分離」です。日本では、各地域での電力会社が発電部門と、送電部門を一緒に運営しています。
-
2015年のノーベル文学賞をベラルーシの作家、シュベトラーナ・アレクシエービッチ氏が受賞した。彼女の作品は大変重厚で素晴らしいものだ。しかし、その代表作の『チェルノブイリの祈り-未来の物語』(岩波書店)は問題もはらむ。文学と政治の対立を、このエッセイで考えたい。
-
気候科学の第一人者であるMITのリチャード・リンゼン博士は、地球温暖化対策については “何もしない “べきで、何かするならば、自然災害に対する”強靭性 “の強化に焦点を当て
-
WEF(世界経済フォーラム)や国連が主導し、我が国などでも目標としている「2050年脱炭素社会」は、一体どういう世界になるのだろうか? 脱炭素社会を表すキーワードとして、カーボンニュートラルやゼロ・エミッションなどがある
-
以前、CO2による海洋酸性化研究の捏造疑惑について書いた。 これを告発したクラークらは、この分野で何が起きてきたかを調べて、環境危機が煽られて消滅する構図があったことを明らかにした。 下図は、「CO2が原因の海洋酸性化に
-
2020年10月の菅義偉首相(当時)の所信表明演説による「2050年カーボンニュートラル」宣言、ならびに2021年4月の気候サミットにおける「2030年に2013年比46%削減」目標の表明以降、「2030年半減→2050
-
少し旧聞となるが、事故から4年目を迎えるこの3月11日に、原子力規制庁において、田中俊一原子力規制委員会委員長の訓示が行われた。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間