イラン戦争が突きつけたエネルギー安全保障最優先というコモンセンス

Evgeny Gromov/iStock
イラン戦争はエネルギー政策の優先順位を改めて明確化している。予想されたことであるが、環境関係者の間では「今こそ中東の石油、ガスへの依存のリスクから脱却するため、脱化石燃料をすすめるべきだ」との声があがっている。
その典型が自然エネルギー財団が4月17日に発表した「今こそ化石燃料からの転換加速を:日本を守り強くするエネルギー政策の提案」であり、その根幹は省エネ、再エネ、電化の推進によるエネルギー自給率の向上である。
自然エネルギーを強く推奨する朝日新聞も16日、「脱化石燃料、二つの戦争の教訓 価格急騰リスク 再エネ・電化推進を」という記事でドイツ前政権で経済・気候保護省次官であったパトリック・グライヒェン氏のコメントを紹介している。省エネ、再エネ、電化を推進し、化石燃料の役割を否定するという点で両者の主張は共通している。
彼らはイラン戦争を根拠に脱化石燃料こそがエネルギー安全保障に貢献すると主張している。確かに国産エネルギー源である再エネを導入すれば化石燃料の輸入依存が低下する。しかし化石燃料の供給元は中東だけではない。中東でリスクがあるから脱化石燃料というのはロジカルではない。
更に変動性再エネを電力システムに導入すれば、需給バランスのための追加的なコストがかかること、中国製のクリーンエネルギー技術や中国が圧倒的支配力を有する重要鉱物への依存拡大は経済安全保障上のリスクをもたらすこと等の再エネ拡大の負の側面も忘れてはならない。
完全なエネルギー源がないからこそ、各国の実情に応じてベストミックスを追求することになる。彼らの主張の根底にあるのは、脱炭素、再エネ促進が最優先であり、輸入化石燃料への依存低下、エネルギー安全保障への貢献はコベネフィットでしかない。
イラン戦争によって各国、特にホルムズ海峡依存の強いアジア諸国はエネルギー安全保障の危機に直面している。その際、「化石燃料からの脱却」ではなく以下の1〜4を通じて「中東で有事が発生しても安価で安定的なエネルギー供給を維持できる強靭なエネルギー供給体制の確保」を目指すのが、エネルギー政策の基本中の基本であろう。
- 備蓄を中核とした緊急時対応体制の強化
- (資源国においては)国内化石燃料生産の拡大
- 中東への過度の依存を避け、エネルギー調達源、調達ルートを多角化
- 石油、天然ガスから他の燃料への転換
緊急時対応に関し、我が国を含むIEA加盟国は備蓄の存在によって直ちに物理的途絶には直面していないが、急速な経済成長、エネルギー需要の拡大に呼応した備蓄体制が整っていなかったASEAN諸国は直撃を受けることになった。今回のエネルギー危機を契機にASEAN石油セキュリティ合意(APSA)の実効性確保を含め、緊急時体制を抜本的に見直すことになるだろう。
エネルギー危機に対応して資源国は国内生産を拡大している。中国では石油、石炭生産が、インドでは石炭生産が拡大し、米国ではシェールの増産と輸出拡大を推進している。東南アジアにおいてもインドネシア、マレーシア、ブルネイ等はガスの増産を図っている。
中東の過剰依存低下については、ブラジル、ガイアナ、米国等からの石油調達、米国からのLNG調達が考えられる。石油危機時の石油価格上昇が石油供給における非OPEC諸国のシェア拡大に繋がったのと同様である。とはいえ中東地域の原油生産コスト10-30ドル/バレルは他地域に比して圧倒的に安い(シェールは45-70ドル、ブラジル等の深海油田が40-60ドル)。中東依存の引き下げにも限界があるだろう。
同時に発電部門において石油価格とリンクしたLNGへの依存が電力価格の上昇を招くならば、再エネ、原子力の導入により、LNG需要を抑制することが必要になる。日本の場合、停止している原発の再稼働が最優先課題となるだろう。
日本政府が2030年に向けて稼働率を引き下げていくとされていた非効率石炭火力の稼働率の引き上げを決定したのも緊急措置として当然のことだ。ましてや電力需要が急増しているアジア諸国においては、これまでの石炭からガスへの転換を見直し、域内に潤沢に存在する石炭火力への回帰が起きる可能性は極めて高い。
もちろん太陽光発電、風力も拡大するだろうがそれでは増大する電力需要を賄えない。他方、運輸部門においてはガソリン価格の高騰が電気自動車の普及に追い風になる可能性がある。
各国は今回のエネルギー危機により、エネルギーの低廉で安定的な供給の死活的重要性を再確認し、短期、中長期ともにそれを最優先にすることになろう。対応策の中には再エネ、原子力の導入拡大、電気自動車の普及など、脱炭素にもコベネフィットがあるものもあれば、国内化石燃料生産の拡大、天然ガスから石炭への回帰などのように脱炭素に逆行するものも含まれる。
脱炭素、再エネ導入を最優先とし、その中でエネルギー安全保障のコベネフィットを追求する自然エネルギー財団やグライヒェン氏とは考える順番が根本的に異なる。
筆者は3月後半に米国ヒューストンで開催されていたCERAウィークに参加した。イラン戦争勃発後、1ヶ月近く経っていたこともあり、様々なセッションでそれが話題になったが、しばしば聞かれたキーワードは「プラグマティズム」、「リアリズム」、「コモンセンス」であった。
あるパネルでバイデン政権時に気候特使を務めたジョン・ケリー元特使は「気候変動の科学は明白。市場原理と価格が再エネ中心のエネルギー転換を牽引している」と主張したのに対し、スティーブ・ティンカーテキサス大教授は現実主義の立場から「世界のエネルギー需要急増に対応し、人々を貧困から脱却させるには、不安定な再エネだけでなく、石油やガスといった高密度なエネルギー源が必要」と指摘した。
COPの場であればジョン・ケリー氏のような議論が歓迎されるのだろうが、「エネルギーのダボス」ともいわれるCERAウィークでは明らかに聴衆の雰囲気はティンカー教授寄りであることが看て取れた。これがエネルギーサークルのコモンセンスである。
自然エネルギー財団に代表されるようなCOP・脱炭素サークルの議論とエネルギーサークルの議論の間の断絶は深い。エネルギーサークルは再エネの貢献を決して否定しないが、COP・脱炭素サークルは化石燃料の役割を否定しがちである(中には原子力の役割を否定する人々もいる)。
これが高じると再エネそのものよりも再エネ以外を認めない教条的な人々へのリベンジとして、トランプ政権のように再エネプロジェクトを軒並みキャンセルするような混乱が起きる。脱炭素イデオロギーも脱・脱炭素イデオロギーも困りものだ。
イラン戦争が我々に突きつけているのは、我々の日常生活、産業活動の血液であるエネルギーの安定供給確保がエネルギー政策の一丁目一番地であるという当たり前の事実である。
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