「4.8℃上昇」を商売に使ったのか? 米16州司法長官がビッグ4に「気候踏み絵」

前回、米国16州の司法長官がデロイト、EY、PwC、KPMGの監査法人ビッグ4に対し、気候活動が監査人としての「独立性」を損ない、「利益相反」を生み出しているのではないかと指摘していることを紹介しました。
2026年8月24日に送付された公開書簡の最後には、ビッグ4に対して回答を求める38項目もの質問が並んでいました。これがなかなかの破壊力なのでご紹介します。大手メディアやESGコンサル、金融機関の皆さんに自分ごととして読んでもらいたい内容です。
過去に「RCP8.5」を使っていなかったか?
筆者が最も驚いたのは質問18です。
司法長官らは、IPCCが過去に利用し現在ではその現実性が強く疑問視されている高排出シナリオ「RCP8.5」について、
RCP8.5のような、IPCCが過去に依拠していたが放棄された(discarded)気候シナリオに基づいて、監査に関する社内方針や実務を変更したことがあるか
と指摘し、エビデンス(提出資料)を伴う厳格な回答を求めています。
書簡の本文中でも、PwCやデロイトによるRCP8.5使用に言及し、気候関連開示の「投機的な性質」を示す例として批判しています。
PwCは気候変動による甚大な経済的被害を予測していた著名な科学論文が最近撤回されたことを認識していながら、オンラインの刊行物『Value in Motion: Methodology』において同論文を引用し続けている。
(中略)
PwCによるISSB(国際サステナビリティ基準審議会)基準に基づく開示文書の事例では、除外されたシナリオの中で最も極端なもの(RCP 8.5)が採用されており、気候関連の開示が推測に基づいているという性質がさらに浮き彫りになっている。
デロイトもまた、気候変動リスク・金融システム・グリーン化ネットワーク(NGFS)が公表した気候シナリオを「有益な外部ベンチマーク」として引用することで、撤回された論文への依拠を間接的に促している。
「RCP8.5のような極端なシナリオを今後の監査や保証業務に使うのはやめなさい」、だったら筆者も分かるのですが、なんと16州司法長官は過去にRCP8.5を使って監査方針や実務を変更していなかったかまでエビデンス付きの回答を迫っているのです。これは辛い!
撤回されたNature論文の使用履歴についても逃がさない
さらに質問17も容赦ありません。
2024年にNatureへ掲載された論文「The economic commitment of climate change」を、監査方針や実務に利用したことがあるか。利用したのであれば、その論文が重大な誤りを理由に撤回された後、方針を再評価・撤回したのか。
気候変動の将来予測には大きな不確実性があります。それを企業の財務や監査に取り込んだのであれば、前提となった研究やシナリオが変わったとき、評価そのものをやり直さなければなりません。「科学にもとづいています」で済ませず、「その科学が間違っていたら監査も見直したのか?」と迫っているわけです。これもきつい!
「気候開示を増やせば自分たちが儲かる」のは利益相反では?
さらに質問23~28は利益相反を真正面から突いています。
ビッグ4はTCFD、ISSB、NZFSPAなどを通じて気候関連開示を推進してきました。その一方で、企業が開示情報やデータを増やせば、監査・保証・コンサルという新たな仕事が発生します。
質問23はズバリ直球です。
気候開示を推進することで、顧客の負担によって自社の仕事と収益が増える。それがなぜ利益相反にならないのか説明せよ。
さらに質問28では、
過去5年間に気候開示保証、サステナビリティ報告、ESGコンサルで稼いだ収益をすべて明らかにし、その収益を得ながら気候開示拡大を提唱することがなぜ利益相反ではないのか説明せよ。
と迫っています。これも痛い!
「独立した監査人」か、「脱炭素の推進者」か
38問を通して司法長官らが問いかけているのは単純です。
監査法人は、企業の財務情報を客観的・中立的に検証する「独立した監査人」なのか。それともネットゼロや気候開示を企業に広げ、その結果として自らの保証・コンサル市場も拡大させる「脱炭素の推進者」なのか。どっちなんだい!
そしてこの両方を同時にやって本当に利益相反にならないのか。
RCP8.5、撤回論文、GFANZとの通信記録、過去5年間のESG関連収益――。ここまで具体的に証拠と回答を要求された以上、ビッグ4は「気候変動は重要です」「サステナビリティは企業価値向上につながります」といったお題目では逃げられません。
ビッグ4が38問にどう答えるのか。ぜひ監査法人側の回答や言い分も全文公開していただきたいものです。
なお、報道等で我々が繰り返し刷り込まれてきた「2100年に最大4.8℃気温上昇!」の根拠が質問18のRCP8.5シナリオでした。つまり、16州司法長官は、「4.8℃上昇」の根拠となったRCP8.5を過去のビジネスでどう利用してきたのか、エビデンスを出して説明しろと言っているようなものです。
また、「気候変動によって莫大な経済損失が発生する!」といった主張の根拠の一つとなってきたのが、質問17のNature論文であり、その損失関数を採用したNGFSシナリオでした。こちらも16州司法長官から「論文が撤回された後に見直ししたのか」と言われています。筆者がNGFSシナリオの使用状況について調べた2025年12月時点では、GPIFや三菱UFJなど多くの金融機関が継続中でした。
これまで気候危機を煽りまくって企業を食い物にしてきたESGコンサルや金融機関、そして日本の環境省にも、今回の16州司法長官による公開書簡、および38項目の質問をぜひ自分ごととして受け止めていただきたいものです。
【参考】
16州司法長官が監査法人ビッグ4に突き付けた38の質問
以下は、公開書簡末尾の質問38項目の概要です。
- 中小企業・農家への影響
TCFD、ISSB、NZFSPAへのコミットメントが、上場企業のサプライチェーンにいる中小企業や農家にどのような影響を与えるのか。 - TCFDと監査人の独立性
「マテリアリティ評価とは無関係」に気候情報開示を求めるTCFDへの支持は、マテリアリティを重視する監査人の独立性と矛盾しないのか。 - ISSBと監査人の独立性
ISSBの世界的導入を推進することは、米国のマテリアリティ原則と異なる基準を支持することになり、監査人の独立性と矛盾しないのか。 - 社内の研修・ガイダンスを提出せよ
2020年以降に作成・使用した気候開示、マテリアリティ、ISSBなどに関する監査人向け研修資料・社内文書をすべて提出せよ。 - 社外向けガイダンスも提出せよ
気候開示、マテリアリティ、ISSBなどについて外部向けに作成・公表したガイダンスや文書をすべて提出せよ。 - 何年先まで気候リスクを予測しているのか
監査・保証で使用した気候関連の時間軸をすべて示し、なぜその期間を採用したのか説明せよ。 - ネットゼロ推進と「中立性」は両立するのか
政策当局などへネットゼロ政策を働きかけるNZFSPAへのコミットメントは、GAAPが求める「中立性」とどう両立するのか。 - SEC委員長の「自己利益」批判に答えよ
監査法人が財務的マテリアリティを軽視し、自社の利益になるサービスを推進しているとのSEC委員長の批判にどう答えるのか。 - スコープ1・2・3は本当に重要なのか
監査・保証先企業にとってスコープ1・2・3は「マテリアル」なのか。判断基準と社内方針を示せ。 - すべての企業に気候リスクは重要なのか
監査・保証するすべての企業にとって気候リスクがマテリアルだと考えているのか。判断方法を説明せよ。 - 独立性を守る「セーフガード」はあるのか
TCFD、ISSB、NZFSPAへの参加が独立性を脅かす場合、どのような防止策を講じているのか。証拠資料も提出せよ。 - そのセーフガードは本当に有効なのか
独立性への脅威を許容可能な水準まで下げたというのであれば、その根拠と証拠を示せ。 - GFANZから「不当な影響」を受けていないか
130兆ドル超の資産を束ねたGFANZとその有力指導者の影響力は、監査法人の独立性を脅かす「不当な影響力」にならなかったのか。 - GFANZとの通信記録を出せ
GFANZ関係者や資産運用会社から、監査・サービスをネットゼロ目標に整合させるよう働きかけを受けたことはないか。通信記録を提出せよ。 - 気候イニシアチブ参加後、監査方法を変えたか
TCFD、NZFSPA、ISSBへのコミットメント後、気候開示やマテリアリティに関する監査方法・社内方針をどう変更したのか。 - 実際に何社で気候情報が必要だったのか
2020年以降、財務諸表を適正に表示するため気候関連開示が必要だと判断した企業は何社・どの業種だったのか。 - 撤回されたNature論文を使っていなかったか
2024年のNature論文「The economic commitment of climate change」を監査方針等に利用したか。利用したなら、論文撤回後に見直し・撤回したのか。 - RCP8.5を使っていなかったか
RCP8.5のような、司法長官らが「IPCCが過去に依拠していた放棄された気候シナリオ」と呼ぶシナリオに基づいて監査方針や実務を変更したことはないか。 - NZFSPA解散後、どんな活動を続けているのか
NZFSPAが単独組織として終了した後も各社が実施している気候関連目標とは何か。それは監査人の職業上の義務と両立するのか。 - UN PRIとの関係をすべて明らかにせよ
UN PRIへの参加、調整、連絡に関するすべての接触と文書を提出せよ。 - 幹部のESG発言を全部出せ
2020年以降、幹部がESG、気候変動、ネットゼロ、再エネ、排出量などについて行ったすべての公的発言を示せ。 - 気候目標と顧客への義務は衝突しないのか
TCFD、ISSB、NZFSPAへのコミットメントを、顧客に対する客観的な監査より優先していないことをどう担保しているのか。 - 気候開示を増やせば自分たちが儲かるのでは?
気候開示を推進すればビッグ4の保証業務と収益が増える。なぜこれが職業上禁止される利益相反にならないのか。 - 利益相反への内部統制を示せ
TCFD、NZFSPA、ISSBへのコミットメントや、気候開示を推進しながら保証サービスを販売することによる利益相反をどう管理してきたのか。 - 社内から異論は出なかったのか
パートナーや監査チームなどから、気候コミットメントと監査人の職業上の義務が両立しないとの懸念は出なかったのか。 - 顧客に利益相反を説明したのか
気候関連活動による潜在的・実際の利益相反を顧客へ開示したことがあるなら、その資料と顧客の書面による同意を提出せよ。 - 監査部門とESGコンサル部門は本当に分離されているのか
監査と気候・サステナビリティ助言/保証サービスをどのように組織的に分離し、監査への影響を防いでいるのか。 - ESGでいくら儲けたのか
過去5年間に気候開示保証、サステナビリティ報告、ESGコンサルで得た収益をすべて明らかにし、なぜ利益相反ではないのか説明せよ。 - EY:独立性をうたいながら、なぜ気候コミットメントを開示しないのか
「独立性・客観性」を宣伝しながら、TCFD、ISSB、NZFSPAへのコミットメントを同じページで説明しないのは消費者を欺くことにならないのか。 - KPMG:同じく独立性との矛盾を説明せよ
「客観性、独立性、倫理、誠実性」を掲げながら、気候コミットメントを開示しない理由を説明せよ。 - PwC:同じく独立性との矛盾を説明せよ
「誠実性、独立性、客観性」を掲げながら、気候コミットメントを開示しないことが欺瞞的ではない理由を説明せよ。 - デロイト:同じく独立性との矛盾を説明せよ
「独立性・客観性」を重視すると宣伝しながら、TCFD、ISSB、NZFSPAへのコミットメントを開示しない理由を説明せよ。 - 気候コミットメントを記載した広告資料を全部出せ
TCFD、ISSB、NZFSPAへのコミットメントに関連するウェブサイト、パンフレット、電子メール等の広告資料を提出せよ。 - 独立性をうたった広告資料も全部出せ
監査サービスにおけるマテリアリティ、独立性、誠実性、客観性について説明した広告・通信資料を提出せよ。 - ビッグ4全社が同じ気候目標を掲げても競争上問題ないのか
ビッグ4の市場シェアと高い料金を踏まえ、4社共通の気候コミットメントによる害を顧客が回避できないとの指摘に反論せよ。 - 州・自治体との契約を全部出せ
2020年以降に州政府・自治体と締結したすべての契約書と、それに関連する通信記録を提出せよ。 - 州政府との契約時に気候コミットメントを隠していなかったか
州・自治体との契約交渉でTCFD、ISSB、NZFSPAへのコミットメントを開示しなかった契約を特定し、その理由を説明せよ。 - 州・連邦法を本当に守っているのか
州・連邦法遵守を求める契約条項について、TCFD、ISSB、NZFSPAへのコミットメントを踏まえても遵守していると言えるのか説明せよ。
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