民意が揺らす台湾原発事情 — 日本の反原発活動が影響
5年ぶりの訪台

(写真、台湾大規模デモの翌日の総統府前の写真。「反核、もうひとつの福島は必要ない」と書かれていた)
私は4月、原子力学者と国会議員からなる、中華民国の原子力学会などからの招待によるミッションに参加した。総勢20人ほどだった。
4月25日。約5年ぶりに台北に入った。私たちには、福島第一原発事故の後で、台湾で再び炎を上げた反原発運動の「火消し」を期待されていたようだった。3・11の事故後に、日本の反原発活動家の小出裕章氏や田中三彦氏が台湾にまでわざわざやって来て『日本はもう原発を止めることにした』と吹聴したのである。
4月に閣議決定されたエネルギー基本計画をもって「日本は原発を重要なベースロード電源と位置づけた」ことを、台北で開催されるシンポジウムや馬英九総統との面談において伝え、広く発信するのが最大の役目であった。ミッションの長は元東京大学総長で、核物理学者だった有馬朗人氏であった。
ホテルにチェックインして、荷物を片付けてテレビをつけた。
しばらく様子を見ていて「しまった!」と思った。日本出発前にレクは受けたが、ここまでの事態とはまったく予想していなかった。
このとき、首都台北の街中がまさかの「反原発の怒濤の嵐」になっていたのである。
台湾の電力独占企業で、ほぼ国営の台湾電力は第4原子力発電所(通称核四)を建設中だ。その建設続行か凍結かが重要な政治イシュー化していた。というより野党勢力によって、無理矢理そうされていた。これはもう反原発運動ではない。反政府運動ではないかと、テレビ画面をみて嘆息した。
政治的人格者が語り、人々が動く
テレビ画面には『政治的人格者林義雄』というタイトルが繰り返し映った。林義雄氏は、野党民進党の元主席であり民進党創設期からの政治家である。林義雄さんは、4月22日から核四廃止をスローガンにハンガーストライキを始めたのである。
ハンスト入りから数日が経過していた。ハンスト中の林義雄さんの切羽詰まって祈るような映像が繰り返し繰り返しフラッシュバックのようにテレビ画面に映った。我々が到着した翌々日(4月27日(日曜日))に、台北市内で大規模なデモ行進とマラソン大会が予定されていた。

写真は台湾の政治家でハンスト最中の林義雄氏
台湾の原子力研究者に尋ねると、あう言う風に林義雄さんのハンスト映像が流されると今度こそ林さんは死んでしまうのではないかー—と国民が恐れ戦くという。
なぜか?
林さんは、民進党の政治活動を盛んに行っていた1980年に、何者かによってお母さんとお嬢さんを殺害されてしまった。事件の真相や犯人はいまだに判っていない。当時の台湾は戒厳令下であり、政治的陰謀の臭いさえするのである。
台湾では1996年に初めて総統(大統領)選挙が、国民による普通選挙で行われた。野党だった民進党が始めて政権についたのは、陳水扁総統のもと2001年のことだった。選挙戦のなかで林義雄さんは陳水扁を推した。その際、林さんは奥さんとお嬢さんの墓参りをした。その際の悲痛な面持ちで墓標に手を合わせる映像がテレビで繰り返し流された。数あるテレビがこぞって同じ映像を繰り返し流す。その効果はどうやら絶大であったらしい。国民の多くが『林義雄さんは死ぬのではないか』と思ったそうだ。このようなキャンペーンが功を奏して民進党が躍進し政権についた側面があるという。それほど影響力のある政治家なのだ。
2014年4月、林さんが核四停止のハンスト6日目に入り、台北市内で大規模な核四廃止運動が行われた日の夕刻に、台湾の規制担当の機関である原子力委員会を訪問中の私たちに、どうやら馬英九総統が核四の事実上の凍結を決めたらしいとの一報が私たちのもとに入って来た。私たち有馬ミッション一行が馬総統に面談する予定日の前日だった。私たちの目には、林さんー民進党—反核運動(核四廃止)が巧く連動し、馬総統は政治的譲歩をせざるを得なかったのではないかと映った。
その後も林さんはハンストを30日まで続けた。
林さんは、多くの国民の支持を得たようである。ネット上には次のような書き込みがみられた。
「林さん、お疲れ様です。あなたの行動で、第四原発に関心を持つ国民が増えました」「どうか、お身体を大切になさってください。台湾はあなたを必要としています」「林義雄さん、あなたを反核運動の手本にすることはできません。死をもって完成する抗議など、二度としないでください。」
馬総統との会談
私たち有馬ミッションの一行は、4月28日に馬総統と会談した。会談の時間は当初30分だったが、意見交換が長引き、大幅に延長し70分を超えた。
馬総統は、そのスピーチのなかで、台湾のエネルギー問題は、いまグリーン化しつつあることと、現時点で原子力による電力供給比率は18%であることを強調し、日本のミッションに次のように3つの問いを投げかけた。
1) 日本はなぜ(原発ゼロ)から原発利用に舵が切れたのか
2) 日本の原発はどうやって安全確保ができるのか
3) 今回の原発政策(重要なベースロード電源との位置づけ)に民意はどのように反応しているのか
そして、馬総統は、自分は6年間政権にある。この間、日台特別パートナーシップを締結し、とりわけ、減災・救災・防災の面で今後とも強力を深めて行きたいと締めくくった。
これに対して、有馬団長は以下のように応じた。
「日本と台湾は共通するところがある。1・島国で大陸から離れている、2・資源が少ない、3・エネルギー構造が脆弱という共通の問題を抱えている。再生可能エネルギーは、時間と費用がかかる。どうしても長期にわたって取り組まざるを得ない。即効的な解決策にならない。原子力の利用は、人類の知恵の賜であり、有効なエネルギー源になる。再生可能エネルギーの増加と原子力の安全性の強化の二面作戦が必要であろう。専門家と議員が手を組んで、この問題をどうするのかを考えて行くべき。一緒に疑問を持ち、正して行くべきである。台湾の科学技術はここ20年間で大きな発展を遂げた。私たちは一緒に研究し、人類のこの先の繁栄に貢献するべきである」
また衆議院議員の細田博之氏は日本政府のエネルギー政策を紹介した。訪問した国会議員は細田氏が会長を務める自民党の「電力安定推進議員連盟」のメンバーだった。
「今日本の原子力発電所はすべてが停止中である。日本のエネルギー事情は原子力発電抜きでは非常に厳しい。第一次オイルショックのあと、日本の物価は45%上昇した。その結果、原子力発電の導入を増やし、エネルギー供給のベストミックスを目指して来た。そのことは今なお必要で変わらない。2014年に制定された原子力の新規制基準では、1000年に一回の地震・津波でも原子力発電所が耐えて事故を起こさないことを目指している。現状としては、この秋までに少なくとも1基運転再開し、その後順次再開することを目指している。これが政府の現時点での方針である。」
最後に、いくつかの質疑応答やコメントがあった。
馬総統:日本の社会と国民の反応は?
細田委員長:反対が何割かは居る。今後も、日本にとって何故原子力が必要かを粘り強い説明が必要がある。特に専門家の努力は必要。既に電気料金は20%上昇している。このままでは、国際的な日本向けの投資を失う。もう限界である。
コメントA:一昨日核四を見学した。日本よりも安全確保策が強化されていると知った。今、日本は年間でエネルギー資源輸入コストだけで、追加的に年間3・6兆円払っている。台湾がそのようなことにならないように願っている。
コメントB:放射線教育を早くから実施することを願う。
馬総統:これまでよく知らなかった日本の原子力をめぐる国内事情を理解出来た。台日は互いに自然条件が似通っている。台湾は事故を起こしていないのに、反原発運動は日本よりも激しかった。反対派は日本のデータを引用して説明し、説得した。(日本人には)他の事情もよく説明して欲しい。1979年にスリーマイル島、1986年にチェルノブイリ、2011年に福島第一と原発事故が起きたが、その間も米国は一度も原子力発電所を停止していない。廃止もしていない。そして産油国のサウジ、UAE、イランは原子力開発に向かっている。なかでもイランは既に原子力発電所を稼働している。グリーン派はスウェーデンなどの北欧の国を見習っているようだが、これらはは原子力とちゃんと取り組んでいる。民国では2010年に廃止という政策もあったが、現実には廃止していない。ゼロにすれば経済が疲弊するからだ。全世界で原発は今435基あり、建設中と計画中を合せれば、679基ある。原発ゼロは、まったくもってグローバルなトレンドではない。ドイツは2020年、ベルギーは2025年、スイスは2034年にフェーズアウトするといっている。わが中華民国は脱原発だが、年次は示していない。ゆるやかな脱原発である。風力・太陽光を多く導入すればエネルギーコストは高騰する。それに台湾では風は冬の方が強い。しかし、電気をよりたくさん欲しいのは夏場である。
最後に馬総統は3つのことを述べて、会談を締めくくった。
「核四の第一原子炉は、将来的に安全確認をして稼働するかどうか検討する」
「日本の厳しい安全審査はわれわれの参考になる」
「日本の貿易収支が11兆円の赤字という発表には驚いた」
台湾と日本の関係
台湾には親日家が多い。日本に来る旅行客も多い。首都圏でも地方でも多くの中国語を話す人々を見かける。ご存知だろうか。日本に最も沢山足を運んでいる外国人旅行客は台湾人なのである。中国や韓国よりも多いのである。私たちが見かける中国系旅行者は半分以上が台湾の人々なのである。私たち日本人も台湾を旅行すれば、どこでも居心地のよい歓迎を受けるのを多くの皆さんが経験していると思う。
3・11後に東京で開催された国際会議で、台湾の原子力委員会からやってきた研究者が、日本のシビアアクシデント対策について意見を述べていた。少なくとも台湾は、米国のNRC(原子力規制員会)の規制を参考に、しっかり対応していると矜持を示した。台湾電力の核四の現場も同様であった。所長は「私たちは政府のゴーサインが出れば、いつでも自信をもって安全に運転していく」ときっぱりと述べた。
3・11後、原子力システムについても社会との関係についても、台日で知恵を出し合っていくことができるのではないだろうか。
台湾を去る前、同国の原子力委員会の親日家石門環先生に、「5月に日本では有名な脱原発のリーダーである飯田哲也氏と対談をするんですよ」と言い残した。5月1日に飯田さんと第一回の対談を行った。核四の話しをすると、「懐かしいなあ。2001年頃、陳水扁政権下の台湾に出かけて行った」と。なるほど、台湾にそもそも日本の脱原発運動を輸出した当人だったのだ。
私は、ここまで関係の深い台湾に〝お役に立てることがないか〟と考えている。もちろん原子力への理解を推進するためにである。
台湾と日本は、地政学的な共通点も多いし、自前の化石燃料に乏しく自然エネルギーもままならない事情はまるで瓜二つなのである。

(筆者右と飯田哲也氏(中))
(2014年6月23日掲載)
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