気候変動は惑星規模のギャンブル-『気候変動クライシス』【書評】
ゲルノット・ワグナー(ハーバード大学工学・応用科学リサーチ・アソシエイト、同大学環境科学・公共政策レクチャラー)
マーティン・ワイツマン(ハーバード大学経済学教授)
東洋経済新報社
経済学者は、気候変動の問題に冷淡だ。環境経済学の専門家ノードハウス(書評『気候変動カジノ』)も、温室効果ガス抑制の費用と便益をよく考えようというだけで、あまり具体的な政策には踏み込まない。現実的な話をすると、「大企業に奉仕する御用学者」とか「石油メジャーから金をもらっている」とか攻撃されるからだ。
そんな中で、本書はかなり環境保護派寄りの立場を取っている。といっても「かけがえのない地球を守れ」みたいな素朴な話をしているのではない。気候変動はフランク・ナイトの分類でいえば、予測できるリスクではなく、確率もわからない不確実性であり、しかもその危険が大きく、不可逆だということがわかってきたからだ。
いいかえれば気候変動対策は「惑星規模のギャンブル」だが、その賭け金も配当もよくわからない。さらに厄介なのは、100年単位の超長期の問題なので、割引率によって答が大きく変わることだ。その意味では、気候変動はファイナンスの問題に近い。
気候変動対策の費用と効果
これは投資理論(CAPM)でおなじみのベータの問題である。これは株式市場が1%変化したとき、特定の株式のリターンが何%変化するかを表す係数で、ベータが高い株式はハイリスク・ハイリターンで、ベータが低いと落ち着いた動きをする。したがってベータの高い資産には高い割引率(リスク・プレミアム)をつけ、ベータの低い資産(国債など)には低い割引率が適用される。
気候変動が通常の循環的なものならベータは高く、将来の割引現在価値は低く評価される。したがって気候変動を防止する対策のコストと比較すると将来価値は小さいので、あまりコストをかけるべきではない。逆に割引率が低いと、コスト(割引現在価値)は高くなる。
2006年にイギリス政府に提出されたスターン報告https://www.env.go.jp/earth/report/h19-01/08_ref06.pdfでは、「最悪の場合は100年後にGDPの20%が気候変動で失われる」と予想し、割引率を0.1%ときわめて低く設定したため、必要な対策のコストも莫大なものになった。
しかし多くの経済学者は普通の金融市場でみられる3~5%の割引率を想定し、必要なコストをもっと低く見積もる。炭素税に換算すると、ノードハウスの計算では炭素1トンあたり20ドルぐらいだ。100年先を考えると、割引率で結果は大きく変わる。
著者はここで、今まで経済学者が考えなかったファットテールに注目する。これは、確率は小さいが大きなリスク(不確実性)で、たとえば隕石が落ちてきて、その破片でおおわれて地球が氷河期になる確率はきわめて低いが、起こると莫大な被害が出る。
このようにわからないファットテールについては、一定の保険をかけたほうがいいというのが著者の意見だ。ファイナンスでいうと、2008年の金融危機のような世界経済を破壊する破局が、それほど低くない頻度で起こっている。
ただ不確実性もファットテールも確率がわからないので、定義によって計算できない。こういう場合にどうすればいいかもよくわかっていないが、政府の問題としては安全保障に似ている。戦争はめったに起こらないが、起こったときの被害を最小化するために莫大なコストをかける。
本書は炭素税でいうと36ドル/トンぐらいを推奨している。それが最適だという保証はないが、やや高めにコストを見積もり、様子をみながら調節するのが現実的だろう。パリ協定のような割当は、賢明な政策とはいえない。経済学者が好むのは塵を散布する大気中にジオエンジニアリングだが本書は、これは好ましくないとしている。

関連記事
-
【要旨】過去30年間、米国政府のエネルギー技術革新への財政支援は、中国、ドイツ、そして日本などがクリーン・エネルギー技術への投資を劇的に増やしているにもかかわらず著しく減少した。政府のクリーン・エネルギー研究開発への大幅な支出を増やす場合に限って、米国は、エネルギー技術革新を先導する現在の特別の地位を占め続けられるはずだ。
-
先日、東アジア・ASEAN経済研究センター(ERIA)、エネルギー研究機関ネットワーク(ERIN)、フィリピンエネルギー省共催の東アジアエネルギーフォーラムに参加する機会を得た。近年、欧米のエネルギー関連セミナーでは温暖
-
元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 最近流れたニュース「MITが核融合発電所に必要となる「超伝導電磁石の磁場強度」で世界記録を更新したと報告」を読んで、核融合の実現が近いと思った方も多いかと思うが、どっこい、そん
-
東京電力福島第一原子力発電所の事故は、想定を超えた地震・津波により引き起こされた長時間の全交流電源の喪失という厳しい状況下で炉心溶融に至ったものです。 それでも本来事故以前から過酷事故対策として整備してきていた耐圧強化ベ
-
日韓関係の悪化が、放射能の問題に波及してきた。 このところ立て続けに韓国政府が、日本の放射能について問題提起している。8月だけでも、次のようなものが挙げられる。 8月8日 韓国環境部が、ほぼ全量を日本から輸入する石炭灰の
-
痛ましい事故が発生しました。 風力発電のブレード落下で死亡事故:原発報道とのあまりの違いに疑問の声 2日午前10時15分ごろ、秋田市の新屋海浜公園近くで、風力発電のプロペラ(ブレード)が落下し、男性が頭を負傷して倒れてい
-
高速増殖炉「もんじゅ」の廃炉決定を受けて、7日に政府の「高速炉開発会議」の初会合が開かれた。議長の世耕弘成経済産業相は冒頭で「高速炉の開発は必要不可欠だ」と述べた。これは高速増殖炉(FBR)に限らず広く高速炉(FR)を開
-
9月11日に日本学術会議が原子力委員会の審議依頼に応じて発表した「高レベル放射性廃棄物の処分について」という報告書は「政府の進めている地層処分に科学者が待ったをかけた」と話題になったが、その内容には疑問が多い。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間