ゼロカーボンの旗手:N-RHESのメリットと可能性

2021年05月30日 06:50
アバター画像
東京工業大学原子炉工学研究所助教 工学博士

Ron and Patty Thomas/iStock

共存共栄への可能性

私は再エネ派の人々とテレビ番組やシンポジウムなどで討論や対話をする機会が時々ある。原子力推進派のなかでは稀な部類であると思っている。メディアでもシンポジウムでも、再エネvs.原子力という旧態依然の構図である。そのような機会に「再エネと原子力は共存共栄の道を探り、実現すべきではないか」と言えば、再エネ派からは「ありえない」と一笑に付される。

本当にありえないのだろうか?

実は、共存共栄のアイデアは米国などで提案されている。「原子力–再エネハイブリッドシステム(Nuclear-Renewable Hybrid Energy System: N-RHES)」と呼ばれる注1)

このシステムの概念では、原子力と再エネの共存共栄への道は3つのケースに分類される。

① 原子力と再エネが強く結合されたケース
② 熱的に結合されたケース
③ 緩く結合された給電のみのケース

である。

ここではケース①について、そのメリットと可能性を紹介し、2050年ゼロカーボン(NetZero注2))に向けて旗手になりうることを伝えたい。

システム構成

原子力と再エネが強く結合されたケース①の概念は図1のようになる。このケースでは、原子力および再生可能エネルギーの各要素は、共通の電力回路で結合されて統合的に制御される。その結果、このシステム全体の電力グリッドへの接続は1つになる。このケースではシステムを統合的に運用することが容易であり、結果的に収益の最適化もしやすい。統合的に運用するには、当然ながら単一の事業者が全体を運営することが望ましい。

図1 原子力と再エネが強く結合されたハイブリッドシステム(N-RHES) ©️Idaho National Laboratory

N-RHESのメリット

図1より、N-RHESのシステムが、変動する再生可能エネルギー源を単独で電源として利用するよりも優れた電気供給システムになることは明らかである。原子力と再エネを組み合わせることで、実質的にゼロカーボンでありながら、家庭、産業、運輸で必要となる電力のみならず熱が安定供給できるようになる道を拓くのである。主たるメリットをまとめると以下のようになる。

  1.  原子力と再エネのバランスをはかることで、エネルギー生産のコストを低減し、変動性が解消できる。
  2.  原子炉の運転にほとんど影響を及ぼすことなしに、再エネ電気を含めて給電指令に対応できる。なお、再エネ単独では給電指令に対応できない。
  3.  現状の原子力発電所は原子炉で発生する熱の約60%を捨てている(廃熱)が、その廃熱を活用すると同時に集光型太陽熱システムや蓄熱システムと統合して、熱を必要とする他の産業分野に供給することができる。
  4.  余剰の熱や電気を利用して飲料水や水素も製造可能になる。

再エネvs.原子力から協働へ

いいことずくめのようにも思えるが、実際にはこのシステムを使えるものにするには少なからぬ課題がある。例えば、需要と供給のバランスを常に維持しなければ停電に陥るので、発電および熱供給側の各コンポーネントと需要側の各コンポーネント(送電網につながる需要家、処理プラントなど)から時々刻々発生する信号を統合的に処理するシステム開発は必須である。

その問題は最近革新が著しい高速処理のコンピュータやA Iが切り拓いていく可能性が高い。サイバーテロに対する強靭性も当然求められる。

いずれにしても、原子力vs.再エネといういまだに根強くある偏狭で姑息な溝を橋渡しして、再エネと原子力の共存共栄の道を協働して開いていくことが、2050カーボンニュートラルの実現のための近道になるのではないだろうか。

注1)https://www.energy.gov/sites/default/files/2016/06/f32/QTR2015-4K-Hybrid-Nuclear-Renewable-Energy-Systems.pdf
注2) 英語圏ではNetZeroが比較的よく使われている。カーボンニュートラルと明確な使い分けはない。https://www.ecology-plan.co.jp/information/16211/

This page as PDF
アバター画像
東京工業大学原子炉工学研究所助教 工学博士

関連記事

  • ちょっとした不注意・・・なのか 大林ミカさん(自然エネルギー財団事務局長)が一躍時の人となっている。中国企業の透かしロゴ入り資料が問題化されて深刻度を増しているという。 大林さんは再生可能エネルギーの普及拡大を目指して規
  • 経産省は高レベル核廃棄物の最終処分に関する作業部会で、使用ずみ核燃料を再処理せずに地中に埋める直接処分の調査研究を開始することを決めた。これは今までの「全量再処理」の方針を変更する一歩前進である。
  • 下記のグラフは、BDEW(ドイツ連邦エネルギー・水道連合会)(参考1)のまとめる家庭用電気料金(年間の電気使用量が3500kWhの1世帯(3人家族)の平均的な電気料金と、産業用電気料金(産業用の平均電気料金)の推移である。
  • 前回紹介したビル・ゲイツ氏の変節は日本国内でもよく知られています。他方、実はゲイツ氏よりも世界中の産業界における脱炭素・ESG推進に対して多大な影響を及ぼしてきた代表格である人物も変節したのでご紹介します。 カナダのマー
  • G7気候・エネルギー・環境大臣会合がイタリアで開催された。 そこで成果文書を読んでみた。 ところが驚くことに、「気候・エネルギー・環境大臣会合」と銘打ってあるが、気候が8、環境が2、エネルギー安全保障についてはほぼゼロ、
  • サプライヤーへの脱炭素要請が複雑化 世界ではESGを見直す動きが活発化しているのですが、日本国内では大手企業によるサプライヤーへの脱炭素要請が高まる一方です。サプライヤーは悲鳴を上げており、新たな下請けいじめだとの声も聞
  • 11月1日にエネルギーフォーラムへ掲載された杉山大志氏のコラムで、以下の指摘がありました。 G7(主要7カ国)貿易相会合が10月22日に開かれて、「サプライチェーンから強制労働を排除する」という声明が発表された。名指しは
  • 3月上旬に英国、ベルギー、フランスを訪問し、エネルギー・温暖化関連の専門家と意見交換する機会があった。コロナもあり、久しぶりの欧州訪問であり、やはりオンライン会議よりも対面の方が皮膚感覚で現地の状況が感じられる。 ウクラ

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑