IEA推奨の脱炭素に邁進することでエネルギー危機に

privetik/iStock
国際エネルギー機関IEAが発表した脱炭素シナリオ(Net Zero Scenario, NZE)。これを推進するとどのような災厄が起きるか。
ルパート・ダーウオールらが「IEAネットゼロシナリオ、ESG、及び新規石油・ガス投資の停止に対する批判的分析」と言う本報告(以下、単に報告)を出したので紹介しよう。原文は以下で無料公開されている。
下記は、左が石油需要、右が天然ガス需要。NZEとは2050年に世界全体でCO2排出実質ゼロを達成するシナリオ。STEPSとはこれまでに世界諸国の政府が表明した政策の積算である。
このNZEでは、「非化石エネルギーが大量導入され、省エネも進むことによって、化石燃料需要が大幅に減り、そのため石油・ガス価格は低迷する」と想定している。
しかし本報告は、それは現実的でない、とする。過去2年に起こったことを振り返ると、化石燃料の上流投資が滞った結果、化石燃料が不足し、世界的なエネルギー価格高騰が起きた。IEAのNZEを実現しようとして、今後また上流投資が滞れば、世界的なエネルギー価格高騰が起きる。化石燃料需要はそう簡単には減らない。需要がSTEPSからNZEまで価格効果によって減少することになるだろう。
この莫大な需要減少を引き起こす価格水準は、経験的な価格弾性値によって計算できる。すると石油価格水準(WTIスポット価格)はバレルあたり200ドルから400ドル、天然ガス価格(ヘンリーハブスポット価格)はMMBtuあたり15ドルから30ドルと暴騰することになる(下図、左が石油価格、右が天然ガス価格)。
IEAはNZEを発表したときに、もう今後は脱炭素に向かうから新規の石油・ガス田への上流投資は不要、などとしたが、その結果、ここ1、2年の世界エネルギー危機を招いたのだ。今後もNZE達成のためとして上流投資を止めてしまえば、またもやエネルギー危機を招いてしまう。
IEAはもともとはOPECに対抗してエネルギー安定供給を図るために設立された組織なのだが、すっかり脱炭素教に染まってしまい、かえってエネルギー安定供給を破壊するようになってしまった。こんなIEAならもう要らない。
■

関連記事
-
20世紀後半から、人間は莫大量の淡水を農工業で利用するようになった。そのうち少なからぬ量は海に還ることなく蒸発して大気中に放出される。それが降水となることで、観測されてきた北半球の陸地における2%程度の雨量増加を説明でき
-
「もしトランプが」大統領になったらどうなるか。よく予測不能などと言われるが、ことエネルギー環境政策については、はっきりしている。 トランプ公式ホームページに公約が書いてある。 邦訳すると、以下の通りだ。 ドナルド・J・ト
-
エネルギーをめぐるさまざまな意見が、福島原発事故の後で社会にあふれた。政治の場では、自民党が原子力の活用と漸減を訴える以外は、各政党は原則として脱原発を主張している。しかし、政党から離れて見ると、各議員のエネルギーをめぐる意見は、それぞれの政治観、世界観によってまちまちだ。
-
東京都が2023年春に条例で定めた新築住宅への太陽光発電パネルの義務付けの施行予定は来年2025年の4月となり、あと1年に迫ってきた。 この条例について、筆者は問題点を条例可決以前から筆者が指摘し、都に請願を提出してきた
-
政府は今年6月にグリーン成長戦略を発表した。ここでは「環境と経済の好循環」を掲げ、その手段としてカーボンプライシング(炭素税)をあげているが、本書も指摘するようにこのメッセージは矛盾している。温暖化対策で成長できるなら、
-
はじめに アメリカがプルトニウムの削減を求めてきたとの報道があってプルトニウムのことが話題になっている。まず、日本がなぜプルトニウムを生産するのかを説明する。もちろん、高速炉が実用化されたらプルトニウムを沢山使うようにな
-
原田前環境相が議論のきっかけをつくった福島第一原発の「処理水」の問題は、小泉環境相が就任早々に福島県漁連に謝罪して混乱してきた。ここで問題を整理しておこう。放射性物質の処理の原則は、次の二つだ: ・環境に放出しないように
-
3月11日の大津波により冷却機能を喪失し核燃料が一部溶解した福島第一原子力発電所事故は、格納容器の外部での水素爆発により、主として放射性の気体を放出し、福島県と近隣を汚染させた。 しかし、この核事象の災害レベルは、当初より、核反応が暴走したチェルノブイリ事故と比べて小さな規模であることが、次の三つの事実から明らかであった。 1)巨大地震S波が到達する前にP波検知で核分裂連鎖反応を全停止させていた、 2)運転員らに急性放射線障害による死亡者がいない、 3)軽水炉のため黒鉛火災による汚染拡大は無かった。チェルノブイリでは、原子炉全体が崩壊し、高熱で、周囲のコンクリ―ト、ウラン燃料、鋼鉄の融け混ざった塊となってしまった。これが原子炉の“メルトダウン”である。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間