オーウェル的未来が現実になるドイツ:“バカ”と書いたら家宅捜索?!

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前回の本コラムで、ドイツで言論統制が進みつつある実情に触れ、ジョージ・オーウェルの「1984年」を読み直したいと書いた。その後、私は本当に同書を50年ぶりで読み返し、オーウェルの想像力と洞察力に改めて驚愕。しかも、ここに書かれた多くの現象が、ドイツで今、起こっていることと恐いほど重なるのだ。
Trusted Flaggersとは何か:ドイツで進む言論統制の行方
ドイツでは今、主要メディアがまさしく政府の応援団と化しており、特に公共第1テレビではしばらく前から、「簡易な言葉のニュース番組」を放送するようになった。簡易な言葉を好む人のためのニュースと言えば、外国人の多いドイツでは、親切で、理に適っているように聞こえるが、しかし、言葉を簡易化すると思考は深さを失う。施政者が嫌う国民の自由な発想や異なった意見を駆除するには、もってこいだ。
オーウェルの主人公、ウィンストンの住むオセアニアでは、思想を形成したり、記述したりすることを防ぐため、ニュースピークと名付けられた、まさに単純化された言葉が使われる。
また、オセアニアでは、ダブルシンクといって、「矛盾した2つの事象を同時に受け入れるという現実無視の能力」が求められるが、これがどうしても、緑の党の「再生可能エネルギー100%でドイツ経済が繁栄する」という主張と重なってしまう。太陽光パネルや風車をどれだけ増やそうが、お天気任せの電源に頼っての経済発展はあり得ない話だが、緑の党はそれには触れず、3万基の風車を10万基に増やせば全て解決するかのようだ。
ただ、今のドイツでは、この非論理的な政策が一笑に付されないため、ひょっとするとすでに多くのドイツ人がダブルシンクの能力を身につけてしまって、「何か変だが、でも、きっとできるのだろう」と思っているのかもしれない。もしそうなら、かなり怖い話だ。
国民の監視にかけては、オセアニアではどの家にもテレスクリーンがあり、ずっと監視されているので、家の中でも政府の批判など絶対にできない。一方、22年、私たちの世界にも7.7億台の監視カメラが設置されており、その半分強が中国にあるそうだ。テレスクリーンだって、中国ではすでに実験中かもしれない。
ではドイツは?というと、最近、政治家が自分たちの政治を批判する国民を、侮辱罪で訴え続けており、国民は、訴訟やら罰金は怖いので自ずと口をつぐむようになった。政治家がこれほど頻繁に国民を訴える国が、民主主義のはずはないが、これは民主主義を守るためだと言いくるめられている。先週書いたのは、怪しいネットの書き込みなどを見つけたら、届け出る仕組みが作られたこと。また、密告も推奨の動きだ。
11月12日の朝6時15分、バイエルン州のフランケン地方に住む元・国防軍の軍曹で、現在は年金生活者のシュテファン・ニーホフ氏(64歳)が、突然、「国民扇動」の疑いにより、家宅捜索を受けた。やってきた男女2人の警官の説明では、ニーホフ氏に対して、「すべての部屋と車の捜索と、インターネットに接続できるすべての機器の没収」が指示されていたという。

Niusに掲載された問題の投稿ページと、裁判所の判決。黄色の部分に“国民扇動”と書いてある。
Nius
Weil er Habeck „Schwachkopf“ nannte: Hausdurchsuchung im Morgengrauen wegen Volksverhetzung
ただ、国民扇動の理由が、自分がXで拡散した画像だったと知らされたニーホフ氏は、思わず警官に、「あんたたち、そんなつまんないことで来たのか?」と尋ねたという。
というのも、その画像とは、緑の党のハーベック経済・気候保護相の晴れやかな笑顔で、その下に「シュヴァッハコップフ・プロフェッショナル」というキャプションを付けたものだったからだ。これは、シュヴァッハ(弱い)とコップフ(頭)の合成で、“弱い・頭”。
元の画像は、シャンプーなどヘアケアの会社「シュヴァルツコップフ」社の広告で、「シュヴァルツコップフ・プロフェッショナル」だったのを、2文字変えてあった。氏は現在の、緑の党が主力である政治に満足していない。
ただ、警官に見せられた令状には「国民扇動罪」は記載されておらず、捜索の理由は「侮辱罪」。ちなみに、現在、ドイツの刑法では、政治家に対する侮辱は、普通の人に対するそれより厳しく罰せられる。いわば「不敬罪」である。
思い返せば8年前、ドイツ公営第2テレビの有名なおふざけキャスターが、下品で最悪の、それこそとんでもなく“不敬”な替え歌で、トルコのエルドアン大統領を誹謗したときに、トルコ側が不敬罪で訴えようとしたら、「時代錯誤」と皆で寄ってたかって笑い物にしたことがあった。
そして、その後、不敬罪は廃止されたのだが、2020年、メルケル政権下で、「扇動と憎悪に関する罪」をクローズアップした政府は(そんな罪はそれまでなかった)、政治家に対する侮辱を、普通人に対するよりも重い刑とするための新しい法律を作り、実質的に不敬罪を復活させた(刑法188条で、懲役3年、または罰金刑)。
なお、ニーホフ氏の家宅捜索の件は、主要メディアはほとんど報道しなかったが、インターネット上では一気に広がった。
ハーベック氏は最初、「ニーホフ氏の家宅捜索に自分は関与していない」と言っていたが、しばらくすると、実は、ちゃんと知っていたらしいこともわかった。しかも、ハーベック氏は、2021年9月より24年8月までの間に、805回も国民を侮辱罪で訴えていたのだ。ベアボック外相(緑の党)は513回。彼らは自分たちに対する批判を決して許そうとしない。私が全体主義化を指摘するのは、根拠のないことではない。
そして、一番凄いのがつい最近まで与党だった自民党の、シュトラック=ツィマーマン氏で、昨年5月のシュピーゲル誌の記事によれば、1ヶ月に約250件も告訴していた。氏の事務所がS N Sに検索をかけ、「侮辱」に当たる文章を探し出しては片っ端から訴えていたというから、別に本人が侮辱されたと感じたわけではなさそうだ。しかし、結果的に、ゲットした賠償金がかなりの収入となることは間違いない。
なお、家宅捜索を受けたのはニーホフ氏だけではないこともわかった。たとえば、ある女性は、ショルツ首相、ハーベック経済相、ベアボック外相、リントナー財相(当時)の言葉を引用した際、それが正確ではなかったとして、ハーベック、ベアボック両氏に訴えられた。そのため、警官がある日突然、彼女の職場に現れただけでなく、留守中に家宅捜索が行われた。容疑はやはり前述の刑法188条、いわゆる「不敬罪」。
この女性は、900ユーロを支払うことで訴訟は取り下げられたが、シングルマザーだったこともあり、一括では払えず、現在、分割で支払っている最中だという。政治家が、民主主義を守るためと称して、国民を威嚇していると感じる。
しかもおかしいのは、AfDの政治家に対する侮辱は見逃されることだ。サッカーのブンデスリーガでは、フランクフルト・アイントラハトのプレジデント、フィッシャー氏が強烈なAfD敵視で有名だが、今年2月、その彼がテレビのインタビューで、AfDの党員をナチと決めつけ、「奴らにビンタを食らわせろ、顔に反吐を吐きかけてやれ」と、暴力を促す酷い発言をした。
そのため、65人もの国民がフィッシャー氏を訴えたが、ケルンの検察が11月25日になって、この発言は、フィッシャー氏が自分の意見を少し大袈裟に、写実的に表現しただけで、不法だとは言えないとして不起訴にした。
AfDへの誹謗中傷は、どんなに激しい「扇動と憎悪」が含まれていても言論の自由の範疇というのが、ドイツの実情である。これが反対だったら、どんな騒ぎになっていたことか!
ちなみに、メルケル首相は論争を避け、肝心のところでいつも「他に選択肢がない」として、反論を許さない空気を作り上げた。そこで、ドイツのための選択肢(AfD)という政党ができたが、反論ができない社会の行き着く先は全体主義だ。ドイツは、シュタージ(秘密警察)が存在した東ドイツ時代に逆戻りしつつある。

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