ラリー・フィンクのメッセージ:MAGAから“MEGA”へ

Evgeny Gromov/iStock
3月10日から久しぶりに米国ニューヨーク・ワシントンを訪れてきた。トランプ政権2.0が起動してから50日余りがたち、次々と繰り出される関税を含む極端な大統領令に沸く(翻弄される)米国の様子について、訪問先の企業関係者や政策シンクタンク、エネルギー関係者などから直接ヒアリングする機会があったので、本稿ではその一端について速報の形で紹介する。
米国商工会議所でエネルギー政策をフォローしている世界エネルギー研究所(Global Energy Institute)の旧知の幹部を訪ねトランプ2.0について質問すると、「自分はちょうど昨日ヒューストンから帰ってきたばかりだが、そこで参加していた世界最大のエネルギー関係者の年次イベントCERAWeek(S&P Globalが主催)の雰囲気が昨年と一変していた」という。
その象徴的な例として彼が教えてくれたエピソードを紹介しよう。
CERAWeekに響いた“MEGA”の衝撃
世界80か国から2050社、約1万人のエネルギー関係者(産官学)が集まる同イベントの基調パネルディスカッションに登壇した、世界最大の資産運用会社(運用総額10兆ドル)であるBlackRockのラリー・フィンクCEOが、CERAWeekを主催するS&P Globalのダニエル・ヤーギン副会長と米国経済、世界情勢、資本市場、エネルギー産業などについて公開対談を行った。
その中で、米国は経済成長と将来世代のために資本投資の拡大が必要だとのヤーギン氏の締めの発言を受けて、フィンク氏が「ホラ、これを見てくれ」と手首につけた青いストラップを見せた。ヤーギン氏が顔を近づけてそのストラップのメッセージを読み上げると「Make Energy Great Again(MEGA)」とあり、会場が爆笑で沸き返るところでパネルが終了したというのである。
この「(米国の)エネルギーを再び偉大に」というフィンク氏のメッセージが1週間にわたるCERAWeekの空気を象徴していたという。
このパネルはS&P GlobalのCERAWeek Websiteで閲覧することができるので筆者も30分余りの対談をあらためて視聴してみたのだが、エネルギー問題についてヤーギン氏から水を向けられたフィンク氏が、自分は依然脱炭素の必要性は信じるものの、世界の情勢が一変していて、インフレが進む中であらゆる脱炭素関連技術のコストが急上昇して投資採算性が悪化している問題を指摘。米国が(前政権下で)進めてきた水素プロジェクトも、グリーン水素もグリーン水素も技術的には可能だとしても、その高コストの水素にいったい誰が金を払うか?と問題提起をしている。
一方でフィンク氏はデータセンターやAIによるエネルギー(電力)需要が急拡大する見通しの中で、データセンター向けの電力供給拡大について、「4年前には再エネ電力がマスト(必要)とされていたものが、2年前には再エネが望ましい(Preferable)に代わり、今や単にもっと多くの電力が必要・・となった(再エネ条件が脱落した)」ことを指摘している。
またエネルギー供給について現実的(Pragmatic)なアプローチの必要性について何度も言及し、エネルギーコストを下げることの必要性とDispatchable(安定供給可能)なエネルギー(=化石燃料と原子力)の重要性について4回も繰り返し発言しているのである。
また天然ガスの重要性・必要性については今後50年以上続くともコメント。さらに100GWもの原発の新設を進めている中国との競争の中で、米国にも確固とした原子力戦略が必要とも発言している。
これが数年前まで、投資先の経営者にむけて毎年送ってきた手紙の中で、サステナブルでグリーンな成長を志向すべしと求め、いわゆるESG投資ブームの騎手を務めてきた米国金融界の大御所による公の場での発言なのであるから、米国経済界・金融界の状況は一変していると見てよいだろう(今年の「経営者への手紙」はまもなく発出されるということだが、世界最大の資産運用会社が投資先の事業経営者に求めるものが大きく様変わりするだろうことは、上記のパネル討論の発言から予想に難くない)。
もちろんこうした流れの変化には、バイデン政権から180°方向転換したトランプ大統領による政策に米国企業がおもねるという動機も含まれているのだろう。
しかし仮にトランプファクターがなくても、金利が上昇し記録的なインフレが進む中で、初期投資がかさみ(太陽光や風力発電では発電コストのほとんどが初期投資由来)、投資回収に長期を要する再エネ等のグリーン投資の利回りが、将来のキャッシュフローの割引率が拡大することで急低下していることは間違いなく、またAI等による短中期的な電力需要急拡大と、それへの対応力が国家の競争力に直結するという緊急課題への現実的な感覚が経済界に浸透してきているととらえるべきではないだろうか。
そう考えると、上記のフィンク氏の発言の背景にあるのは、今や世界一の化石エネルギー産出国となった米国にとって、その潤沢なエネルギーを使って世界の覇権を再確立する好機ととらえ、それを「ビジネス機会」とする認識が米国の経済界・金融界に広がっているという本質的な変化の表れとみるべきではないだろうか。
事実、フィンク氏はパネルの発言の中で今のエネルギーの状況について「ヨーロッパに対するwakeup call(目覚まし警笛)」と皮肉を交えて表現して、インフレ経済環境の下でコスト上昇にあえぎ、脱産業化が進み、エネルギー転換も進まなくなっているヨーロッパを反面教師としている。
経済界は“静かに支持” トランプ2.0の実像
日本の報道を見ている限り、トランプ2.0は米国内外でハチャメチャな政策を次々と繰り出し、(欧州やカナダ、国連などから)国際的な批判や反発をもたらし、報復や訴訟の嵐を巻き起こしているような印象を持たれがちだ。
しかし、実際今回ニューヨーク・ワシントンで面談した米国のビジネス関係者たちによると、確かに不規則発言や思い付きのようにコロコロ変わる方針(関税政策、政府縮小など)によってビジネスが翻弄されている面はあるものの、大統領のそうした発言は「ディール」のためにしている発言であり、政権が志向している政策の方向性自体は必ずしもか間違ったものではなく、経済界によって静かに支持されているという声が聞かれた。
こうした矢継ぎ早に繰り出される政策は、1年半後に議会中間選挙を控える中で、議会多数派を維持して4年間のトランプ2.0の政権運営を確実にするために必要であり、少々強引な政策でも「行けるところまでまず行く」ことで成果を早期に(選挙までに)顕在化させるという方針の下、実は周到な準備に基づいて意図的に進められているとの見方をする向きが多かった。
日本は“MEGA”の時代にどう応じるのか
はたして日本はこのトランプ2.0とどう付き合っていったらよいのだろうか?
まずは表面的な事象や雑音から距離をおいて、その求めている政策の方向性の本質について、じっくりと向き合って分析、解釈をしていく必要があるのではないか、というのが筆者が米国で抱いた率直な感想である。
ウクライナをめぐるロシアと米国の駆け引きや、パレスチナ・ガザを巡る米国の駆け引きもそうした大きな文脈で見ていく必要があるのかもしれない。
BlackRockのフィンクCEOのストラップに刻まれた「Make Energy Great Again(MEGA)」は、19世紀に欧州(英国)で始まった産業革命を国産化石燃料(石炭・石油)の生産拡大によって運輸・生産革命を引き起こし「石油・化石燃料文明」に昇華させることで、20世紀を「米国の世紀」とならしめた米国の再来を希求しているのではないか?
このMEGAというスローガンは、21世紀に入って米国が再びその潤沢なエネルギー(天然ガス・原子力・革新技術)によって世界の覇権を確立し、「21世紀も米国の世紀」にするという壮大な世界戦略を示唆・象徴しているのかもしれない、というのはいささか考えすぎだろうか。

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