欧州におけるEV販売不振とその波紋

Marcus Lindstrom/iStock
欧州では電気自動車(EV)の販売が著しく落ち込み、関連産業や政策に深刻な影響を与えているという。
欧州自動車工業会(ACEA)の発表によれば、2024年8月のドイツにおけるEV新車販売は前年比で約70%減少し、2万7024台にとどまった。ドイツはEU最大のEV市場であるだけに、この減少幅は衝撃的だ。フランスでも販売は33%減の1万3143台と大幅に落ち込み、EU全体としてEV市場の成長が鈍化していることが明らかとなった。
この「持続的な下降傾向」に対し、ACEAは警鐘を鳴らしており、現行の排出規制目標では自動車メーカーが目標を達成できず、結果として数十億ユーロに及ぶ罰金が科される恐れがあるとして、EUに対して排出ガス規制目標の延期を求めている。すでにフォルクスワーゲン(VW)、BMW、ルノーといった主要メーカーも同様の要望を表明しており、規制と市場現実の乖離が表面化している。
このような販売不振は、EV関連のバッテリー産業にも影響を及ぼしている。スウェーデンの電池メーカー、ノースボルト(Northvolt)は、スケレフテオにある「Ettギガファクトリー」の拡張計画を一時停止し、これに伴い1600人の雇用を削減した。需要低迷が雇用や投資の縮小に直結する構図が浮き彫りとなっている。
Northvolt axes 1600 jobs as EV slowdown bites
一方、英国でもEV市場の逆風は強まっている。特に中古EVの需要が急減し、リース業者が大きな損失を被っている。リース契約終了時の想定残存価値(リセールバリュー)は従来の60%から35%にまで落ち込み、資産価値の減少が業者の収益を直撃している。
また、新車を購入する消費者にとっても、EVは内燃機関車(ICE)より1万ポンド(約190万円)以上高価であるうえ、将来的な下取り価格も低いため、コスト面での魅力が著しく低下している。
こうした中古市場の停滞には、英国政府の政策転換が影を落としている。政府はガソリン車とディーゼル車の新車販売禁止時期を2030年から2035年へと5年延期したが、これによりEVへの移行機運が減速し、中古EV市場も冷え込んだとみられている。
加えて、中古車への購入補助金などの金銭的インセンティブが不足している点も、消費者心理の後退につながっている。さらに、古いEVではバッテリー性能の劣化が顕著で、航続距離や充電効率の低下が実用性への懸念となり、中古車市場の成長を阻んでいる。
また、安全性への懸念も高まっている。保険会社QBEの調査によると、英国においてリチウムイオン電池が関与する火災件数は、2023年に前年から46%増加した。対象は電動バイク、スクーター、EV、トラック、バスなど多岐にわたり、消防機関の出動頻度が急増している。バッテリーの発火リスクに対する不安も、EVの普及にブレーキをかける一因となっている。
UK fire services face 46% increase in fires linked to lithium-ion batteries
このように、欧州におけるEV市場は「政策目標」と「市場現実」の間に乖離が生じており、消費者の負担増、企業の損失拡大、安全性への懸念といった複合的な要因が絡み合って普及を妨げている。持続的なEV普及を実現するには、政策の柔軟性、経済的支援、安全技術の向上といった多角的な取り組みが不可欠である。
以上をまとめると、
- 2024年8月のEV新車販売:ドイツで約70%減、フランスで33%減。
- ACEAは排出規制の延期をEUに要請。大手自動車メーカーも支持。
- ノースボルト社は工場拡張を中止、1600人の雇用喪失。
- 英国では中古EVの価値が大幅下落し、リース業者に損失。
- 政府の規制延期と補助金不足が市場に悪影響。
- 古いEVのバッテリー性能劣化が中古市場にブレーキ。
- 英国ではEV関連の電池火災が前年比46%増加。
- 今後のEV普及には、現実的な政策、経済支援、安全対策が不可欠。
日本政府への勧告:EV政策の見直しについて
- 市場動向の現実的評価を
欧州の事例に学び、EV販売の急減や消費者の懐疑を直視し、日本国内でも市場実態や国民の購買力、インフラ整備状況に即した柔軟な政策を検討すべき。 - 技術選択の多様性を確保
EV一択ではなく、ハイブリッド、水素、合成燃料(e-fuel)など多様な低炭素技術の共存を促進し、産業競争力とエネルギー安定性を確保すべき。 - 中古車市場とリサイクル問題への対応強化
バッテリー性能の劣化、中古EVの急速な価値下落といった課題に対応するため、再利用・再資源化の体制を強化し、資源循環型社会の基盤を整えるべき。 - 消費者負担軽減とインセンティブの再設計
EV購入補助や充電インフラ支援の持続可能な仕組みを見直し、長期的な社会的受容を得られるよう、段階的で現実的な誘導策を構築すべき。
欧州の政策失敗を繰り返さないためにも、「カーボンニュートラル=EV偏重」とせず、多元的かつ国益重視の視点で政策を見直すことが不可欠である。
関連記事
-
日本でもメガソーラーや風力発電の立地に対する反対運動が増えているが、米国でも事情は同様だ。ロバート・ブライスは、再エネ却下データベース(Renewable Rejection Database)にその事例をまとめて、無料
-
1月10日の飛行機で羽田に飛んだが、フランクフルトで搭乗すると、機内はガラガラだった。最近はエコノミーからビジネスまで満席のことが多いので、何が起こったのかとビックリしてCAに尋ねた。「今日のお客さん、これだけですか?」
-
新ローマ教皇選挙(コンクラーベ)のニュースが盛り上がる中、4月30日付の「現代ビジネス」に川口マーン恵美さんが寄稿された記事「ローマ教皇死去のウラで~いまドイツで起きている『キリスト教の崩壊』と『西洋の敗北』」を読んでい
-
「生物多様性オフセット」COP15で注目 懸念も: 日本経済新聞 生物多様性オフセットは、別名「バイオクレジット」としても知られる。開発で失われる生物多様性を別の場所で再生・復元し、生態系への負の影響を相殺しようとする試
-
世界のエネルギーの変革を起こしているシェールガス革命。その中で重要なのがアメリカのガスとオイルの生産が増加し、アメリカのエネルギー輸入が減ると予想されている点です。GEPRもその情報を伝えてきました。「エネルギー独立」は米国の政治で繰り返された目標ですが、達成の期待が高まります。
-
福島第一原発事故をめぐり、社会の中に冷静に問題に対処しようという動きが広がっています。その動きをGEPRは今週紹介します。
-
今年の8月初旬、韓国の電力需給が逼迫し、「昨年9月に起こった予告なしの計画停電以来の危機」であること、また、過負荷により散発的な停電が起こっていることが報じられた。8月7日の電気新聞や9月3日の日本経済新聞が報じる通り、8月6日、夏季休暇シーズンの終了と気温の上昇から供給予備力が250万キロワット以下、予備率が3%台となり、同国で需要想定と供給責任を担う韓国電力取引所が5段階の電力警報のうち3番目に深刻な状況を示す「注意段階」を発令して、使用抑制を呼びかけたという。
-
米国出張中にハンス・ロスリングの「ファクトフルネス」を手にとってみた。大変読みやすく、かつ面白い本である。 冒頭に以下の13の質問が出てくる。 世界の低所得国において初等教育を終えた女児の割合は?(20% B.40% C
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間














