ドキュメンタリー映画『ガイアのメッセージ-地球・文明・そしてエネルギー』と日本の選択

強い危機意識
東日本大震災、福島第一原子力発電所事故から5年間が過ぎた。表向きは停電もなく、日本の国民生活、経済活動は「穏やかに進行中」であるかのように受け止めている国民が多いのではないだろうか。
だが内実は、この国が安定した「文明社会」を維持していくために、エネルギーをめぐる大きな課題を克服していけるかどうかの重要な分岐点に立たされているという認識を持つことが大切だ。日本国内だけでなく、世界各国にも強い危機意識を持っている人々が多数いる事実にも、正面から目を向けるべきであろう。
長編ドキュメンタリー映画『ガイアのメッセージ−地球・文明・そしてエネルギー』(製作・フイルムヴォイス、太田洋昭監督)の完成披露試写会がこのほど、東京都内で開催された。
わが国で情緒的な「反原発映画」が相次いで制作・上映されている最中、イギリス、アメリカ、ドイツ、さらには日本各地において1年間に及ぶ長期ロケを行い、「世界のなかの日本」を基本的な視点として、私たちが選択すべきエネルギー、環境、文明の最適解を求めた初のドキュメンタリー作品であり、登場する専門家らの冷静かつ現実的、建設的な主張は傾聴に値する。

進行役ともいえる宇宙飛行士の山崎直子氏による客観的な感想、認識も注目点だ。1人でも多くの国民がこの作品を観て、エネルギー、環境、さらには文明社会の密接な関係への認識を深めてもらえるよう期待したい。
ラブロック博士の訴え
作品の基本的な柱として、三点があげられる。
第1は、昨年12月にパリで開催されたCOP21(第21回国連気候変動枠組み条約締結国会議)で世界の注目を集めた地球温暖化問題だ。

見どころは、1960年代からこの問題が人類の未来に大きな影響を及ぼすと指摘し、地球をギリシャ神話に登場する大地の女神、ガイアになぞらえて、地球システムとして総体的に対応していく重要性を「ガイア理論」として提唱したイギリスの科学者、ジェームズ・ラブロック博士(96)へのインタビューである。
年齢を全く感じさせない力強い言葉で、博士は訴えている。
「人類が大量の化石燃料を燃やし始めた時から、気温の上昇が始まっている。化石燃料を風力や太陽光に置き換えるのは、馬鹿げた考えだと思う。40年後、50年後といった先の話ではなく、10年後を考えると、化石燃料に替わるエネルギー技術をマスターしていなければ、未熟な再生可能エネルギー技術で社会活動を支えることになりかねない。
未熟な技術で無理にやれば、かなりの混乱と不快な状況が起きるし、非常に非効率だ。良いエネルギー源があるのに、不適切なものを使うのは愚かです。つまり、私は原子力エネルギーを強く支持します。ガイアはいま、地球上のどの生命よりも人類に頼っている。私たちは自らを管理し、地球に役立つことをしなければなりません」
現在でも精力的な研究を続け、世界に向けて情報を発信し続けるラブロック博士の言葉や姿勢からは、ガイアへの限りない愛情が感じとれる。
ドイツの教訓
第2の柱は、福島事故後、国内を支配した「ドイツに学べ」との主張に対する検証である。メルケル首相は「2022年の原発稼働ゼロ」を政権として決定。太陽光や風力といった再生可能エネルギーへのエネルギー政策大転換に向かった。その結果、どのような事態が生まれているのか。ドイツ在住30年余の作家、川口マーン恵美氏とともにドイツ各地を徹底取材。その問題点と日本との違いを明確にしている。

川口氏はドイツ国内のエネルギーの現場に立ちながら、明快に解説していく。
「脱原発が決まった際に、ドイツ政府が一番期待したのが風力発電。脱原発計画には北から南への送電網強化が盛り込まれており、それも含めてみんなで脱原発を決めました。しかし脱原発でデモをしていた人たちが、今度は送電線建設反対を掲げてデモをする。脱原発、再生可能エネルギー導入でも、供給不安定を埋めるために火力発電を活用しています。ドイツには、熱効率の悪い安い褐炭が多くあります。再エネのバックアップにこの褐炭を使おうというので、褐炭ルネッサンスとまでいわれている。でも、二酸化炭素が多く排出される問題があります」
ドイツでは再生可能エネルギーの発電容量が急増、その導入賦課金の増加もあって、標準世帯の電気料金は2000年に比べて2倍に上昇している。決して「再エネの理想郷」といえる状況にない現実が浮き彫りになる。
最後の柱は、日本が選択すべき道筋についての議論だ。
作家の曽野綾子氏は、電気の役割の原点ともいえる視点を強調する。
「アフリカの20数カ国を訪問してきましたが、問題の一つは義務教育が普及していないこと。もう一つは電気がない現実です。民主主義を反映させるには、選挙の時に誰かが立候補してどういう政治を理想としているかを民衆に伝えなければならない。でも電気がないと、伝える方法が全くない。それほど、民主主義には電気が大切です」
安全保障の観点
安全保障の観点ジャーナリストの桜井よしこ氏は、日本の安全保障の観点も踏まえてこう指摘する。
「国として、どのようなエネルギーを経済の基盤にするかを決める時に、その国の地政学的なポジションが重要となる。日本は海に囲まれていて、ヨーロッパの国々のように陸続きで他の国とエネルギーのやり取りができず、石油や天然ガスといった資源も少ないため、それをどう補うかという意味では、原子力発電の技術も入ってくると思う。その国のエネルギー政策を決める時には、自分の国のどこが強いか、どこが弱いか、どのような地理的条件、物理的条件のなかにあるかを大きな要素として考えるべきです」
このような3つの柱から構成されたドキュメンタリー映画を、日本の国民がどのような思いを抱きながら観るのだろうか。
同映画に関する問い合わせ先:フイルムヴォイス(03・5226・0168・増田)
鶴岡光廣(つるおか・みつひろ)
1950年生まれ、東京都出身。早大卒。74年、毎日新聞社入社。千葉支局を経て、東京本社経済部でエネルギー業界、旧通産省、旧経済企画庁、旧運輸省などを担当して取材活動にあたり、2008年に同社を退社。現在、エネルギー問題、地球環境問題、旧国鉄改革問題を主要テーマとして評論・執筆活動を進める。
(2016年4月11日掲載)

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