米国のエネルギー支配は実現するか?
6月29日のエネルギー支配(American Energy Dominance)演説
6月29日、トランプ大統領はエネルギー省における「米国のエネルギーを束縛から解き放つ(Unleashing American Energy)」とのイベントで演説を行い、「米国は無限に近いエネルギー資源を有しており、これを活用して長年追求してきた米国のエネルギー独立(American energy independence)のみならず、米国のエネルギー支配(American energy dominance)を目指す。米国のエネルギーを世界中に輸出することにより、雇用を創出すると共に、米国の友好国、パートナー国、同盟国のエネルギー安全保障を確保する。そのためにはエネルギー開発が不可欠であり、過去8年、米国のエネルギー開発を阻害してきた規制を除去し、インフラ開発を進める」と表明した。そして「米国のエネルギー支配の新たな時代」を実現するために6つのイニシアティブを発表した。
- 原子力セクターを復活させ、拡大するために米国の原子力政策の包括的レビューを行う
- 財務省は高効率石炭火力の海外展開への融資に対する障壁を取り除く
- メキシコへの新たな石油パイプライン建設を許可する
- センプラ・エナジーによる韓国への米国産天然ガスの販売交渉を開始する。
- エネルギー省はレイク・チャールズLNGターミナルからの2件の天然ガス長期輸出案件を許可する
- 前政権が開発を禁止してきたオフショアの連邦所有地におけるエネルギー開発を開放する
この演説で注目されるのは「エネルギー支配」という概念である。エネルギー自給率を高め、他国がエネルギーを経済的武器として使うことによる地政学的リスクから米国を守るという「エネルギー独立」は、1973年にニクソン政権が第一次石油危機に直面して以来、米国の歴代政権が一貫して追求してきた目標であった。
しかし近年のイノベーションにより米国の石油・ガスの探査・掘削技術が大きく進歩し、2026年には米国はエネルギー純輸出国になると見込まれている。トランプ政権は「エネルギー独立」を一歩進め、米国の豊富なエネルギー資源を外交ツールとして活用することも視野に入れている。
例えば7月のポーランド訪問ではトランプ大統領はロシアへの天然ガス依存を懸念するウクライナ、ポーランド、ハンガリー、バルト三国等に対して米国産LNGの輸出が中東欧地域の対ロシア依存軽減に貢献することをPRした。韓国の文大統領との米国訪問の際にもLNG輸出が話題になる等、日本、韓国、中国、インド等との二国間協議の際においても米国産LNG輸出を貿易等の他のアジェンダと絡めて外交ツールの一つにすることも考えているようだ。
なお「エネルギー支配(Energy Dominance)」という用語が適切か、という議論もある。支配(dominate)が発生すれば、必然的に被支配(dominated)が発生する。オバマ政権でエネルギー省国際担当次官補を務めたジョナサン・エルキンド・コロンビア大上席研究員は、「米国産エネルギーの顧客と目される国々が望むのは支配されることではなく、パートナーシップである」と述べている。
米国の石油ガス生産量は増大するのか
米国のエネルギー生産を拡大し、雇用と所得の増大を図るというのはトランプ大統領が就任前から一貫して標榜してきたスローガンであり、輸出拡大によるエネルギー支配もその延長線上にある。そして前政権では煩瑣な規制を通じて米国のエネルギー生産を制約してきたが、自分は規制緩和・撤廃を通じて米国のエネルギー生産・輸出を拡大するというのがトランプ大統領のロジックである。問題はトランプ政権の施策がどの程度の効果を生むかということだ。
オバマ政権下の8年間を見ると石油生産は85%拡大し、天然ガス生産も40%以上拡大した。その原動力となったのがシェールガス、シェールオイルの生産拡大であることは言うまでもない。政策面ではオバマ政権時に行われた石油輸出解禁、24に及ぶLNG輸出ターミナルの許可が米国のシェールガス、シェールオイル開発の大きな促進要因になった。オバマ政権が環境配慮を理由にチュクチ海、ボーフォート海における石油ガス採掘を禁じたり、キーストンXLパイプラインやダコタパイプラインの建設を差し止めたのは事実だが、オバマ政権下においても相当規模の連邦所有地が石油ガス開発のために開放されてきたこともまた事実である。したがって少なくとも石油、ガスに関する限り、オバマ政権がエネルギー生産に過度に制約的であったという批判は当たらない。
米国の石油ガス生産の拡大は国際的な石油ガス需給状況の影響が大きい。オバマ政権時代には中東情勢の不安定化によりイラン、アルジェリア、シリア、リビアからの石油供給が中断し、それに伴う石油価格の上昇が米国内のシェール開発を大きく進めることになった。またオバマ政権後期におけるロシア制裁はロシアの将来の石油ガス生産の制約要因になるため、これも米国のシェール開発にとって追い風となったと言われている。逆に最近のシェール生産の低下は石油価格の低下によるものである。
トランプ大統領の施策はメタン規制を含む環境規制の緩和、パイプライン建設の促進、連邦所有地の開発規制の緩和・撤廃を中核とする。これらは米国の石油ガス生産拡大の障壁を除去するといったほうが正確であり、実際に生産拡大が生ずるかどうかは、マクロ経済、石油価格を含む国際市場環境に左右されるところが大きいであろう。2017年1月に米国エネルギー情報局(EIA)が出した2017年エネルギー見通しでは、今後の米国の純輸入・純輸出の見通しを出しており、レファレンスケースでは2026年に純輸出国になると見通しでいるが、石油価格、国内経済成長率、資源の賦存量、技術進歩の度合いによって純輸出国になるタイミングが前倒しにも後ろ倒しにもなるとしている。またトランプ政権が進めているクリーンパワープランの廃止により、電力部門における石炭消費低下傾向に歯止めがかかった場合、皮肉なことに、国内天然ガス需要増をその分引き下げることになる。
トランプ大統領演説が企図するように米国のエネルギー輸出が拡大し、「エネルギー支配」が強化されるか否かは、トランプ政権の外交政策にも影響を受けるだろう。例えばロシア制裁の行方である。トランプ大統領はロシア制裁の緩和・解除に前向きであるといわれるが、皮肉なことにロシア制裁の解除はロシアの石油・天然ガス開発を可能にし、石油価格については下げ圧力に働くため、トランプ大統領の目指す国内石油・ガス生産にとっては逆風となる。他方、6月14日に上院は97対2でロシアのオフショア、深海の石油開発やシェールオイル開発に対する企業投資に歯止めをかけることを目的としており、これが実現すればロシアの石油、ガスセクターには打撃となり、米国のシェールオイル、ガスに対する競争圧力を減殺することになる。下院でも同様の法案が成立すれば、トランプ大統領は拒否権を発動したいところだが、大統領選におけるロシアの関与が問題になっている中で、対応は容易ではない。また上院法案のターゲットの一つはロシアからバルト海経由で西欧にガスを送るノルド・ストリームプロジェクトだが、同プロジェクトを支持するドイツ等は制裁法案に反発している。
イラン制裁の動向も不透明要素だ。トランプ大統領は選挙期間中にイラン核合意の見直しを示唆しており、ティラーソン国務長官は議会においてイランは合意を順守しているものの、核合意の見直しを行う方針を示している。仮にイラン制裁が再び課されることになれば、石油需給がタイトになるが、欧州やロシアがそれに同調するかは疑問だ。
トランプ政権の貿易政策の影響も無視できない。トランプ大統領の保護主義的な政策が主要貿易パートナーとの間で貿易戦争につながった場合、米国からのエネルギー輸出にも影響が及ぶだろう。保護貿易主義の高まりにより世界経済が収縮すれば、世界のエネルギー需要も鈍化し、ひいては米国からのエネルギー輸出にも影響を与えることとなろう。
米国が離脱を表明したパリ協定の下で諸外国の低炭素化に向けた取り組みがどの程度進むかも化石燃料需要に影響を与える。石炭から天然ガスへのシフトが進めば米国産LNGの商機が拡大するが、米国からの石炭輸出にはマイナスの影響が生じよう。
このようにトランプ政権の講じている施策がどの程度、米国の石油・天然ガス生産を拡大し、米国の「エネルギー支配」を強化するかどうかについては多くの不確定要素に左右され、米国内の規制緩和だけではそれほど大きな効果はないと思われる。

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