トランプ政権人事と温暖化問題への影響
トランプ政権のエネルギー温暖化対策やパリ協定への対応に関し、本欄で何度か取り上げてきたが[注1]、本稿では今年に入ってからのトランプ政権の幹部人事の影響について考えて見たい。
昨年半ば、米国がパリ協定に残留するか否かが大きな論議をよんだが、その時、政権内の構図は下図のようなものであった。
結局、パリ協定をキャンセルするという選挙公約の実現にこだわったトランプ大統領は離脱派の議論を採用し、6月のパリ協定離脱表明につながったのは周知の通りである。しかしオバマ政権時代に米国はパリ協定を批准し、締約国になっているため、トランプ大統領の演説一本で離脱が完了するわけではない。パリ協定から法的に離脱するには発効後3年経った2019年11月に気候変動枠組条約事務局に離脱を正式通報せねばならず、その後1年で離脱が確定することになる。
このため、厳密に言えばパリ協定離脱派完了しておらず、トランプ大統領がオバマ政権の目標を下方修正することによって「better deal」をし、パリ協定に残留するという可能性も残っていた。昨年9月に離脱派の中の最強行派であったバノン首席戦略官が解任され、政権を去ったことは、筆者を含め米国のパリ協定残留を望む立場からすれば良いニュースであった。
しかし、今年に入り、トランプ政権上層部で相次ぐ交代が生じた。筆者と旧知であり、パリ協定残留派であったホワイトハウスのバンクス特別補佐官は何年も前のマリワナ吸引を理由とした機密情報へのアクセス制限を不満として政権を去り、後任にはトランプ大統領の選挙キャンペーンに関与し、政権発足後、政治任用でエネルギー省高官となっていたグリフィス氏が任命された。彼はトランプ大統領に忠実であることを評価されて起用されており、パリ協定離脱を支持しているという。
また2月にはコーン国家経済会議(NEC)議長が通商政策をめぐるトランプ大統領との意見対立を背景に辞任をし、後任には保守派の経済評論家のクドロー氏が就任した。コーン前議長はサミットシェルパとして米国のパリ協定残留に対する他国からの期待を体感しており、政権内では残留派と目されていた。他方、クドロー新議長はトランプ大統領のパリ協定離脱表明を「化石燃料に対する戦争の終焉である」と評価している。
加えて3月には同じくパリ協定残留派であったティラーソン国務長官が解任され、後任にポンペオ前CIA長官が就任した。ポンペオ長官はパリ協定に批判的であり、CIA長官就任時の議会ヒアリングでは気候変動が国家安全保障上の脅威であるという考え方につき“ignorant, dangerous and completely unbelievable”と批判している。
コーン議長やティラーソン長官の辞任、解任はエネルギー・温暖化政策が原因では全く無い。しかし今年に入ってからの一連の人事異動の結果、政権部内の勢力図はパリ協定離脱派優位に大きく傾いたと言える。残留派で残っているのはクシュナー・イヴァンカ夫妻くらいであり、最近、彼らのプレゼンスは見えにくくなっている。
本年7月には出張へのファーストクラス利用等、様々なスキャンダルで批判を受けてきたプルイットEPA長官が辞任した。後任が固まるまで、ウィーラー副長官が長官代理となるが、彼は気候変動懐疑派の重鎮であるインホフ上院議員の補佐官や石炭企業であるマレーエナジー社のロビイストを勤め、第一次ブッシュ政権の際にはEPAにも勤務していた人物である。彼はパリ協定否定を含め、プルイット路線を引き継ぐと目されているが、オクラホマ州司法長官としてワシントン政治のアウトサイダーであったプルイット前長官に比してワシントンを熟知しているだけに、環境派は「トランプ大統領のアンチ環境路線をより効果的に実現する」と懸念している。
7月には最高裁判事人事も注目を集めた。9人いる最高裁判事のうち4人はクリントン、オバマ政権時代に任命されたリベラル派であり、4人はブッシュ、トランプ政権下で任命された保守派である。昨年2月にクリーンパワープラン差し止め判決に賛成し、その後急逝した保守派のスカリア判事の後任としてトランプ大統領はコロラド州巡回控訴裁判所のゴーサッチ判事を任命した。ゴーサッチ判事は保守色が強く、リベラル4、保守4の拮抗状態が維持されたわけだが、そうした中でキャスティング・ボートを握るとされたのがレーガン政権時代に任命されたケネディ判事である。彼は保守・リベラルの間の中間派とされており、大気浄化法に基づきEPAにCO2規制権限を付与するか否かをめぐってはリベラル派と共に賛成に投じ、これがトランプ大統領が廃止を公約したクリーンパワープランにつながった。
他方、昨年2月のクリーンパワープラン差し止め判決にあたっては保守派と共に差し止め判決を支持した。そのケネディ判事が高齢を理由に退任を申し出、その後任としてトランプ大統領が指名したのがワシントン連邦控訴裁判所のカバノー判事である。彼は憲法や法律を厳密に解釈し、行政府による環境規制は議会が明確に授権したもの以外は認めないというポジションをとってきた。議会によるブロックを防ぐため、行政権限で様々な環境規制を実施してきたオバマ政権の路線とは真逆の立場にいる。最高裁判事には任期がなく、終身である。下図の最高裁判事の年齢分布を見るとリベラル派には70歳代後半から80歳代の判事が2名おり、平均年齢70歳である一方、53歳のカバノー氏が最高裁判事に就任すれば保守派の平均年齢は59歳となる。保守派優位の構図は当面続く可能性が高く、米国の環境政策はしばしば裁判沙汰になることから、その終着点である最高裁で保守派が優位になることの意味合いは大きい。このため、民主党はカバノー判事の指名に反発し、上院での承認審議を中間選挙後に先送りすることを主張している。
このように今年に入っての一連の人事の動きを見ると、温暖化アジェンダについてはマイナスの材料が増えたことは間違いない。本年秋の中間選挙においてエネルギー温暖化政策がイシューになるとは思われず、当分、「冬の時代」が続きそうである。
[注1] 米国はパリ協定から離脱するのか
米国のパリ協定離脱問題をめぐって
トランプ政権のパリ協定離脱に思う
米国のエネルギー支配は実現するか?
トランプ大統領のパリ協定復帰発言をめぐって
関連記事
-
日本の学者、国会議員らが、4月に台湾(中華民国)の学会の招待で、台湾のシンポジウムに参加し、馬英九総統と会見した。その報告。日台にはエネルギーをめぐる類似性があり、反対運動の姿も似ていた。
-
IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 IPCCの報告では、CO2等の温室効果ガスによる「地球温
-
政府の第6次エネルギー基本計画(案)では、2030年までにCO2排出量を46%削減する、2050年までにCO2排出を実質ゼロにする、そのために再生可能エネルギーによる不安定電源を安定化する目的で水素発電やアンモニア発電、
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクGEPRはサイトを更新しました。
-
福島第一原発事故から3年3カ月。原発反対という声ばかりが目立ったが、ようやく「原子力の利用」を訴える声が出始めた。経済界の有志などでつくる原子力国民会議は6月1日都内で東京中央集会を開催。そこで電気料金の上昇に苦しむ企業の切実な声が伝えられた。「安い電力・エネルギーが、経済に必要である」。こうした願いは社会に広がるのだろうか。
-
福島県内で「震災関連死」と認定された死者数は、県の調べで8月末時点に1539人に上り、地震や津波による直接死者数に迫っている。宮城県の869人や岩手県の413人に比べ福島県の死者数は突出している。除染の遅れによる避難生活の長期化や、将来が見通せないことから来るストレスなどの悪影響がきわめて深刻だ。現在でもなお、14万人を超す避難住民を故郷に戻すことは喫緊の課題だが、それを阻んでいるのが「1mSvの呪縛」だ。「年間1mSv以下でないと安全ではない」との認識が社会的に広く浸透してしまっている。
-
7月1日の施行にあわせ、早速、異業種の企業が、再エネに参入を始めました。7月25日時点での設備認定件数は約2万4000件。このほとんどは住宅用太陽光ですが、中でも、風力2件、水力2件、メガソーラーは100件など、たった1か月で、本格的な発電事業が約100事業、生まれた勘定になっています。また合計すると、既に40万kW程度の発電設備の新設が決まったこととなり、今年予想されている新規導入250万kWの1/5程度を、約1か月で達成してしまった勘定となります。
-
小泉元首相を見学後に脱原発に踏み切らせたことで注目されているフィンランドの高レベル核廃棄物の最終処分地であるONKALO(オンカロ)。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間