アゴラシンポジウム「持続可能なエネルギー戦略を考える」報告
アゴラ研究所は12月8日、第2回シンポジウム「持続可能なエネルギー戦略を考える」を開催した。(プログラム)(出演者経歴・論考)(ニコ生)
詳細は今後、GEPRと言論プラットホーム「アゴラ」で公開する。今回の記事はポイントを示す。
第1セッション「放射能のリスクを考え直す」

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第1セッションの基調講演「人類の放射能への恐怖は間違っている」でアリソン氏は以下の見解を述べた。
- 東日本大震災は津波が被害の中心だった。一方で、福島原発事故では、3つの原子炉が破損したが、死者はいない。
- 世界と日本の福島事故をめぐるパニックは必要のないものだ。放射能への過度の恐怖が問題を混乱させた。
- 国連、政治家は規制を科学的に設定する必要がある。規制強化はコストの増加に結びつく。そして市民は放射能のリスクについての理解が必要である。
- 放射線の防護基準を、「空間線量1mSvまでの除染」など、日本の現在の政策のように過度に安全を追求する必要はない。現状の東日本の放射線量では、日本で原発事故の影響による健康被害は起きない。
これを受けて、日本在住の米ジャーナリストのポール・ブルーステイン氏は自分の経験を語った。事故当初は放射能の知識がなく不安を覚えた。しかし冷静に情報を集める中で考えを変えた。欧米のメディアは不安を増幅し、米政府は危険に傾いた情報を自国民に流した。「米国の対応が、日本社会に今でも悪影響を与えている。放射線をめぐる議論では冷静さが必要だ」と分析した。
東京工業大学助教の澤田哲生氏は、原子力の利用を主張し、メディアでの発信、啓蒙活動を続ける。原発事故後は「御用学者」とレッテルを張られた。「事故前からコミュニケーションが深まらない問題があった。それが事故後、賛成と反対の感情的な対立が生まれ、問題は常に党派性を帯びている。議論を冷静にする改善の方法はなかなか見えない」と、感想を述べた。
今回のシンポジウムでは、一般の人の視点を取り入れるために、企業経営者としても著名で原子力問題には中立な立場の慶応義塾大学特別招聘教授の夏野剛氏を招いた。夏野氏は次のように分析した。「原発の問題は信頼が失われた社会において、世論がどのように分かれて行くかを示す、壮大な社会現象かなと思う。平時ならアリソン氏の言うことは正論なのだが、今の日本では通じなくなっている」。
その後の議論では、信頼回復の方法が語られた。アリソン氏が「政治、そして専門家が勇気を持って、科学的事実を説明しなければならない。そして国連、日本を含めた各国政府、ICRP(国際放射線防護委員会)が基づいて規制を作るべきだ」と強調した。また池田氏は党派色がこの問題で強すぎ、また感情が先だってしまう事を指摘し、「冷静な議論が自由な対話の前提になる」と述べた。
「原子力関係の審議会はすべてニコ生で放送し、全公開してはどうか」。これは夏野氏の提案だが、そこまでしなければ、今の国民が持つ「不信感を拭えない」という。
第2セッション「原発ゼロは可能か」

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第2セッションの基調講演「3・11以後のエネルギー・原子力政策」で、原子力委員会委員長代理の鈴木達治郎氏は次の主張をした。
- 原子力政策では、福島事故の対応が最優先であり、予算、人員はこれに集中すべきである。
- 事故の影響の最大の問題は「国民の信頼喪失」。そのため、透明化、公正化、国民の意思決定の参加を推進すべき。
- 原子力の政策転換が必要であるが、それには移行期間が必要である。
- 高速増殖炉の利用、そして使用済核燃料を加工して再利用する核燃料サイクルを進めるという政策から、柔軟な選択肢を整備することが必要である。
- 使用済核燃料の最終処分の問題も、国の関与を深め、解決を目指する必要がある。
一橋大学教授で、総合資源エネルギー調査会の基本問題委員会委員など、政府の政策決定にも参加する橘川武郎氏は鈴木氏の主張を評価をした。そして最近のエネルギー政策について、「リアリティ(現実性)が欠けていることが問題」と指摘した。原発ゼロを唱えるなどのかつての民主党の政策も、3・11前に戻ろうとする自民党・経産省の一部にある考えは「いずれも問題」という。
竹内さんは、「原子力ゼロが目先は可能か」かを、考える必要があると指摘した。「エネルギーは、経済性、環境、安全という『3つのE』を考える必要がある。また温暖化対策など、他の政策との整合性の上で議論を深めるべき」という。
シンクタンク・ソフィアバンク代表の田坂広志氏は社会評論、企業の育成活動で知られるが、放射性廃棄物の最終処分方法を20年に渡って研究した専門家である。内閣官房参与として福島事故対策で、菅政権のアドバイザーにもなった。原子力の拡大には、慎重であるべきという。「技術的に地層処分の実現は可能であるが、その場所は見つからない。パブリックアクセプタンス(国民の納得)が得られない。この現実を直視すべきだ」と述べた。
そしてNIMBY(Not In My Back Yard:必要性は分かるが裏庭にはつくるな)が日本を含めてどの国にもある。「日本で安全な原子力発電の運営が行われ続け、信頼がつくられたら、最終処分の議論も進むかもしれなかった。しかし福島事故の後はほぼ不可能だと判断している」と指摘した。さらに「真剣な反省のないまま問題が進む無責任さが国民の不信を招いている」と、警告した。
参加者は、原子力発電をいきなりゼロにすることには難しいと一致した。また40年廃炉のルールが法制化された以上、原子力の発電割合は長期に渡って減ると予想していた。ただし、意見は分かれた。「今のままでは原発をめぐる議論は感情的になる。どちらに進むにしても、ある種のポピュリズムに直面しする。国民が自ら学ぶ長い時間が必要だ」と、田坂氏は述べた。
一方で、司会を務めたアゴラ研究所の所長の池田信夫氏は「原子力の先行きの議論とは早急な解決の必要がある問題を解決しなければならない。現状は日本の原発が停止することで、一日100億円程度の余分な燃料費がかかっている」と指摘した。
まとめ−−「信頼回復」への長い道のり
シンポジウムで繰り返されたのは、エネルギー政策をめぐる「信頼の喪失」だ。それは事故そのものに加え、これまでのエネルギー・原子力行政で、「知らされなかった」「だまされていた」という印象を多くの人が抱いたことにあるだろう。それが恐怖という感情や、反原発を政治的な力にしようという一部の政治勢力の思惑も流れ込み、不信と混乱が解消されない状況が続いている。
議論の中には、事実を直視しないものもある。第1セッションでは、ニコニコ生放送のアンケートで、「日本で原発事故の健康被害が起こると考えますか」と、いう質問を行った。「はい」「いいえ」と2種類の設問で、前者が49%となった。健康被害の危険は少ないのに、多くの人が誤った情報を信じている。これは深刻な問題だ。しかし、これも「政府や専門家の発言を信じられない」という感情が背景にあるのだろう。
そしてこれは、国民一人ひとりの問題でもある。「一つのアイデアとして、使用済核燃料を各都道府県に人口に合わせて貯蔵義務を加え、住民責任を考える方法があっていいと思う。もちろん原子力の導入と利用に、多くの人々は決定に参加できなかった。しかし今後は意思決定に、自らの問題としてかかわるきっかけになるのではないか」と、田坂氏は提言した。
原子力の利用の継続と重要性について、参加者の多くは肯定的な見方を示した。持続可能なエネルギー戦略は、バランスを持った多様なエネルギー源を、コストを配慮しながら利用することにある。その中で、今の時点では、原子力は一つの選択肢としての意義は今でも持つ。
しかし、いくらその長所を主張しても、社会の受け入れが進まない限り、日本が原子力を利用することはできない。もちろん、反対論には非合理さや感情論も目立つ。しかし、その中にある正当な疑問にも眼を向け、社会的な合意をつくる必要がある。
エネルギー政策における信頼回復と国民的合意の道のりは長く、難しい問題ということが、改めてシンポジウムで浮き彫りになった。しかし、どの立場にあっても、私たちはエネルギーの選択を自らの問題として受け止め、その適切な姿を考え続ける必要があるだろう。
(アゴラ研究所フェロー・石井孝明)
(2013年12月12日掲載)
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