自ら作った防火壁の罠にハマる独メルツ首相:いくつの選挙に負ければ気づくのか?

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3月8日のバーデン=ヴュルテンベルク州の州議会選挙で、CDU(キリスト教民主同盟)が緑の党に敗れた。同州は、自動車産業のメッカであり、長らくドイツ産業の牽引役を担ってきた重要な州だ。つまり、ここの選挙結果はドイツ全体の政治的傾向の指標となるため、特に現在のメルツ首相にとって、敗北は壊滅的な意味を持つ。

バーデン=ヴュルテンベルク州は、元々、保守が強く、戦後、同州ができた1952年以来59年間、政権はずっとCDUが握っていた。州都はシュトゥットガルトだ。
ところが、2011年の福島の原発事故直後の選挙でそれが混乱。津波の死者があたかも放射能のせいだったかのような印象操作がなされ、緑の党が、突然、躍り出たという経緯がある(首位はCDUが保ったが、2位の緑の党と3位の社民党が連立して政権を奪った)。
州議会選挙は5年ごとだが、緑の党は2期目からは弱体化した社民党に見切りをつけ、連立相手をCDUに変えつつも、これまで3期、州政権を握り続けた。それに対しCDUは、今年こそは第1党の座を奪還しようと頑張っていたのだが、結局、得票率30.2%と29.7%という究極の僅差で負けてしまったのだった。
理由はいくつかあるが、緑の党の州首相候補者であるジェム・エツデミア氏が、緑の党らしさを極力出さなかったこと(青年部はそれを非常に不満に思っている)。
シュトゥットガルトは車の町であり、今、その車産業が不振で大変なことになっている。ところが、これまで何年もありとあらゆる規制で車産業を弱体させた張本人が緑の党なのだから、ここで緑の党らしさなど出せば、一巻の終わり。州民にパスされても不思議ではない。そこでエツデミア氏はさりげなく現実政治に切り替えたわけだ。
それどころか選挙運動中も、背広を着て、ネクタイを締めるという変身ぶり。緑の党の政治家が、ここまできっちり“保守っぽい”イメージを演出するなど、これまでありえないことだった。
ただ、CDUの候補者も背広を着てネクタイを締め、景気復活を訴えていたのだから、緑の党に勝てなかった真の理由はそれだけではない。実は、保守政治を求める人たちがCDUに愛想を尽かし、AfD(ドイツのための選択肢)に投票したからだ。
おかげでAfDは18.8%と、前回に比べて得票率を綺麗に2倍に増やした。これまでAfDは旧東独のみで強いと言われていたため、この現象は色々な意味で衝撃的だった。
実は、AfDを躍進させているのは、ここ数年、一貫してAfDを“極右だ、ナチだ、絶対に連立も協力もしない”と言い続けているメルツ首相だ。メルツ氏はそれを“防火壁”と名付けている。民主主義を守るための防火壁。
しかし、それにも関わらずAfDの支持者はジリジリと増え、そのため昨年2月の総選挙では、CDUは第1党となったものの、党首メルツ氏には連立相手の選択肢が社民党しかなかった。しかも、その社民党が緑の党と左派党と組んで左派政権を立てるなどと言い出すと、メルツ氏は首相になれない。そこで、連立をし、それを維持してもらうため、遠慮に遠慮を重ね、その結果、公約であった“保守への回帰”など放ったらかし。
当然、その報いでメルツ氏の人気は今、地に落ちているのだが(満足23%、不満足72%・11月26日調べ)、その煽りを食ったのが、今回のバーデン=ヴュルテンベルクのCDU候補者だった。国民は、CDUに投票しても、政治が修正されることなどないだろうとわかってきたのだ。“だったらAfDに入れて、意思を示した方が良い!”
なお、今回の選挙では、かつては国民政党であった社民党も壊滅に近く、5.5%でギリギリセーフ。ドイツでは、小党乱立の混乱を防ぐため、得票率5%以下の政党は議席を持てないことになっている。
つまり、ドイツの現在の中央政権は、CDUと社民党という、国民の支持を失ってしまった2つの党が仕切っている。しかも、メルツ氏は今や、喫緊の課題である安全保障も経済も、どうして良いかわからず、途方に暮れた状態に見える。
3月10日には、EUのフォン・デア・ライエン欧州委員長が、EUが今後、原発の積極利用に舵を切るという方針を示したが、それについて問われたメルツ氏は、「脱原発の方針は変えず、発電については他の方法を重視していく」と述べた。これをちゃんと訳すなら、「社民党には逆らうのは怖いので原発復帰など無理です」となる。ただ、現実としてドイツの産業は悲惨な状態。防火壁の中で燃えているのはメルツ氏の家だ。ドイツ人としてはかなり不幸な状況である。
片やAfDの支持率は、旧東独地域ではあっちもこっちも30〜40%と予想されており、ドイツ全土でも20%前後。国民の5人に1人が支持している政党をナチと決めつけ、あらゆる政治的対話から締め出すのが民主主義のはずもない。しかも、AfDのどこがナチかという話は一切出ず、出てくるのは、揚げ足を取るようなことばかり。
そもそも、民主主義は右派と左派があって成り立つものだ。ところが今のドイツでは、左でないものは全て極右として抑圧される。だから、それを嫌う人は意見を口に出さなくなり、選挙で突然、AfDが伸びたといっては、メディアが大騒ぎ。左派しか許されないのは全体主義だ。いくら多くの政治家が頑張っても、全体主義を民主主義と思い込むほど、国民はバカではない。
ただ、怖いのは、CDU/CSU以下すべての党(AfDを除けば左派しかない)が結束し、議会や司法を使って、法律の改正や裁判で政敵除去に走ること。すでにAfDに関しては、禁止する動きが進んでいる。そして、さらに怖いのは、主要メディアがそれに疑問を呈さず、政府の応援団と化していること。
一方、独立系のメディアが群雄割拠するオンラインの世界では議論が盛ん。防火壁についても非難轟々。結局、社会を分断させているのは、対話を拒絶しているメルツ首相自身だと、私は思っている。
最近、興味深かったのは、BSW(サラ・ヴァーゲンクネヒト同盟)のヴァーゲンクネヒト氏が防火壁を強く非難していたこと。「AfDの投票者はネオ・ファシズムを選ぶわけではない。世界で笑い物にならないドイツを選ぶということだ」そうだ。相手の良いところを良いと言える態度こそ民主主義の真髄だと思う。
ヴァーゲンクネヒト氏はしばしば“極左”と誹謗されている政治家だが、ロシア、戦争と平和、移民、気候政策などについての見解は、“極右”と言われているAfDのそれと重なり合うところが不思議なほど多い。どうもドイツでは、阻害されている政党の方がまともである。
今年は、5年に一度の州議会選挙がまだ4つもあるので、あちこちで地滑りが起こる可能性もある。ドイツがさらに深く落ち込むか、再び這い上がって強い国になるのか、分水嶺の年になりそうだ。
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