EU脱炭素指令に米国ブチギレ:1年前の「骨抜きのフリ」では足りなかった

2025年8月に米国とEUの間で交わされた貿易協議の共同声明(関税合意)について、オールドメディアが自動車や半導体の関税率ばかりを報じる中、筆者はEUの脱炭素・サステナビリティ指令が事実上の「骨抜き」になりかねない合意文書の記述を紹介しました。
日本企業を苦しめてきたEU脱炭素規制の潮目が変わるか | アゴラ 言論プラットフォーム
当時、欧州委員会(EC)は米国の強い懸念を認識し、企業サステナビリティデューデリジェンス指令(CSDDD)や企業サステナビリティ報告指令(CSRD)が「大西洋間貿易に対して不当な制限を課さないようにする」と約束させられていました。
この共同声明の前段階で、対象企業の絞り込みや開示項目の削除といったいわゆる「オムニバス緩和」が進んでいましたが、筆者は「米国側からさらなる緩和措置が求められており、事実上の骨抜きになるのではないか」と指摘していました。
あれからちょうど一年。オムニバスによる緩和措置だけでは不十分だとして、シビレを切らした米政府から強烈な脅しが伝えられました。
「必要なあらゆる措置を講じる」——米政府の最後通牒
『ESG Today』が報じたところによると、在欧米国政府代表部(U.S. Mission to the EU)がECに対し、一連の脱炭素規制に関する痛烈なコメントレターを送付しました。その中身は、一年前の共同声明をはるかに超える「最後通牒」とも言える厳しいものです。
米政府は、EUが実施したオムニバス緩和措置について「米国の懸念をまったく解消できていない」と一蹴。その上で、もしこのまま米国企業に不当な負担を強いるのであれば、「米国ビジネスを保護するために必要なあらゆる措置を講じる(Take any actions necessary)」と激しく警告したのです。
米国が特に問題視しているのは、EUが求める「ダブルマテリアリティ」基準です。これは、環境や社会からビジネスが受けるリスクに加えて、ビジネスが環境や社会に与える影響までサプライチェーン全体にわたって評価・開示せよという、活動家好みのおそろしく複雑なのにまったく意味のない仕組みです。
これに対して米国側は、投資家にとって財務的に重要な情報を中心とする「財務的マテリアリティ(シングルマテリアリティ)」に絞るよう求めています(きわめて真っ当な意見です)。
ESG Todayが報じた米国側の主な要求を見れば、もはやEUにサステナビリティ指令の看板を降ろせと言っているに等しいことがわかります。
- 米国企業へのCSDDD・CSRDの適用を大幅に制限し、執行を免除すること
- EU域外での売上をベースにした罰金やペナルティの科刑を一切禁止すること
- 米国を環境・ガバナンス上のリスクが無視できるほど十分に高品質な規制を持つ国として扱うこと
- CSDDDにおいて、ネットゼロに向けた気候移行計画の策定義務を「再導入」しないこと
駐EU米国大使であるアンドリュー・プズダー氏も、「EUが方針を変えない限り、これらの指令はあらゆる規模のEUおよび非EU企業に負担をかけることになり、最終的にその費用を負担するのは欧州の消費者だ。」と指摘しています(これも、まさに我が意を得たり)。
経済でもエネルギーでも米国頼みの中でここまで凄まれては、経済ジリ貧の欧州が白旗を掲げ、サステナビリティ指令を限界まで後退させるのは時間の問題のように思えます。
世界の潮目の変化が見えず、自ら泥沼に飛び込む日本
EUが米国企業に対して事実上の骨抜きとなる特例を認めれば何が起こるでしょうか。当然、中国やインドをはじめ多くの国々から「米国だけなのは不公平だ!我が国にも同様の措置を適用せよ!」といった声が上がるはず。この大激変の最中にあって、我が国だけがサステナビリティ規制に自ら突っ込んでいる状況です(嘆かわしい…)。
米国もEUもそのまま法定開示基準としては採用していないISSB(国際サステナビリティ基準審議会)の顔色を窺ってわざわざ「SSBJ基準」をこさえた上で、まず時価総額3兆円以上のプライム上場企業からスコープ3(サプライチェーンCO2排出量)を含む開示義務化を始めてしまいました。
世界がサステナビリティ規制を緩和する方向へ大きく舵を切る一方、日本はこのタイミングで義務化に突き進んでしまったのです。
世界がサステナビリティ規制のくびきを緩める中、日本は自ら新たなくびきをかけ、国際競争力を削ろうとしています(まさに自縄自縛)。米政府が自国企業の利益を守るために「必要なあらゆる措置を講じる」とまで言って欧州と戦っている中で、我が国は自国産業を衰退させ続けています。
仮に「サステナビリティ情報の開示は必要だ!」「自社の企業価値向上につながる!」と考える企業があれば、自主的に取り組めばよいのです。ESG投資家にとっても、全上場企業を評価する手間が省け、投資先を選びやすくなるでしょう。
本当に企業価値を向上させるのであれば、義務化する必要などありません。やりたい企業が自主的にやればよいだけです。
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