真の地球温暖化の速度を測る:米国と日本の挑戦

franconiaphoto/iStock
地球温暖化の正しい測定は難しい。通常の気象観測では捉えきれない僅かな変化を、理想的な環境で100年以上観測し続ける必要あるからだ。
気象観測は世界各地で行われているが、このような分析に耐えるデータセットはまだ存在しない。したがって、われわれはまだ真の地球温暖化の速度がどのくらいなのかを知らない。
米国と日本では、この難題への挑戦が今も続いている。
2005年1月、アメリカ海洋大気庁NOAAは米国気候基準ネットワークUSCRN(United States Climate Reference Network)の運用を開始した。年々〜数十年単位の「気象現象」ではなく「気候変動」をターゲットとしたネットワークである。
米国での長期気象観測ネットワークで有名なものは、米国歴史気候学ネットワークUSHCN(United States Historical Climatology Network)である。しかし、このデータセットには周辺の都市化昇温、観測所の移転や気温計の変更などによる誤差が含まれており、これらの影響が補正しきれていない。
そこでNOAAは、USHCNの米国内1218地点(図1a)のうち都市化の影響が小さい114地点を精選し気候観測の「基準地点」と定めて(図1b)、2005年から新たに高精度な測器を用いた観測を開始した。例えば、USHCNの観測地点には周囲の建物や樹木に風が遮られて熱がこもってしまう場所がある(図1a)。USCRNではこのような地点は観測対象から外され、地球温暖化の観測のための理想的な環境が維持されている(図1b)。日本の観測所ではまず見られない広大で平坦な敷地である。

図1 (a)USHCN・(b)USCRNによる米国内の観測地点の分布と観測風景の例(Pielke et al., 2007; Diamond et al., 2013)
USCRNを使うと、USHCNに基づく地球温暖化速度の見積もりとどの程度違うのだろうか? 2021年5月現在、利用可能なUSCRNのデータは2005年以降の15年間しかなく、地球温暖化の速度を評価するには短すぎる(図2)。けれども参考までに15年間のデータを見ると、USHCN(補正前・補正後)に比べてUSCRNのデータは年々変動が大きい。回帰直線を引くとその傾きは0.06と上昇傾向を示すが、変動が大きく有意ではないので上昇しているとは結論できない(図2左上)。今後、両者の間にどのような違いが出てくるのか注目される。

図2 1900〜2020年のUSHCN1218地点(補正前・補正後)とUSCRN114地点の米国の年平均気温偏差。直線・点線:回帰直線。左上の図は2005〜2020年の拡大図。
さて、日本はどうか。USCRNと同じように選別してみると、気象庁の観測地点(気温計が設置されている約840地点)のうち、地球温暖化の監視に理想的な地点は寿都・宮古・室戸岬のわずか3地点しかない。こうなると、USHCNと同様にその他の観測データは何らかの補正をせざるを得ないが、それができる技術や経験を持つ人材も不足している。
米国のような広大な土地を有しないわが国で、この問題を解決できるのが、近藤純正東北大学名誉教授が提案する地球温暖化観測所である。地上での都市化などの影響を避けられるように、気象庁の観測地点で風速を測っている鉄塔(高さ10–50 m)に新たに高精度の気温計を設置するというものである。
地球の気温は、どのくらい上昇しているのか。精密な観測が必要だ。
関連記事
-
元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 ドイツの屋台骨でありEUの中心人物でもあったメルケル首相が引退することになり、今ドイツではその後任選びを行っている。選挙の結果、どの党も過半数を取れず、連立交渉が長引いてクリス
-
日本の原子力規制委員会(NRA)は、アメリカの原子力規制委員会(NRC)と同じ名前を使っています。残念ながら、その中身は大きく違います。
-
IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 IPCC報告では、産業革命が始まる1850年ごろまでは、
-
札幌医科大学教授(放射線防護学)の高田純博士は、福島復興のためび、その専門知識を提供し、計測や防護のために活動しています。その取り組みに、GEPRは深い敬意を持ちます。その高田教授に、福島の現状、また復興をめぐる取り組みを紹介いただきました。
-
今年のCOP18は、国内外ではあまり注目されていない。その理由は、第一に、日本国内はまだ震災復興が道半ばで、福島原発事故も収束したわけではなく、エネルギー政策は迷走している状態であること。第二に、世界的には、大国での首脳レベルの交代が予想されており、温暖化交渉での大きな進展は望めないこと。最後に、京都議定書第二約束期間にこだわった途上国に対して、EUを除く各国政府の関心が、ポスト京都議定書の枠組みを巡る息の長い交渉をどう進めるかに向いてきたことがある。要は、今年のCOP18はあくまでこれから始まる外交的消耗戦の第一歩であり、2015年の交渉期限目標はまだまだ先だから、燃料消費はセーブしておこうということなのだろう。本稿では、これから始まる交渉において、日本がどのようなスタンスを取っていけばよいかを考えたい。
-
オランダの物理学者が、環境運動の圧力に屈した大学に異議を唱えている。日本でもとても他人事に思えないので、紹介しよう。 執筆したのは、デルフト工科大学地球物理学名誉教授であり、オランダ王立芸術・科学アカデミー会員のグウス・
-
人工衛星からの観測によると、2021年の3月に世界の気温は劇的に低下した。 報告したのは、アラバマ大学ハンツビル校(UAH)のグループ。元NASAで、人工衛星による気温観測の権威であるロイ・スペンサーが紹介記事を書いてい
-
電気代が高騰している。この理由は3つある。 反原発、再エネ推進、脱炭素だ。 【理由1】原子力の停止 原子力発電を運転すれば電気代は下がる。図1と表1は、原子力比率(=供給される全電力に占める原子力発電の割合)と家庭用電気
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間














