産廃クレジットやNOxクレジットはないのに炭素だけクレジット

MicroStockHub/iStock
2023年10月に開設されたカーボン・クレジット市場では取引対象が「J-クレジット」となっています。前回も紹介した海外の杜撰な森林クレジット等と違って、日本のJ-クレジットは政府が行う厳密な制度であり、事業者のカーボンニュートラルや世界の脱炭素に貢献できるものという印象が広まっています。
ところが、公式の説明資料にはこんな下りがあります。こちらのスライド3枚目、2ポツ、3ポツより。

- クレジットは、排出削減実績を主張する権利を“証券化”したようなものであり、自らも排 出削減に努めているが、もっと(実態以上に)排出削減した“ことにしたい”者へ、移転・売却することが可能。
- こうした売買が、クレジットの創出者と購入者との間の自由取引(量も価格も自由)で行われることにより、「市場メカニズム」の下、地球温暖化対策の資金を循環させ社会全体で最適に配置させることが目的(認証それ自体、あるいは認証を通じた排出削減・吸収の“称揚”が最終目的ではない)。
(出典:J-クレジット制度ウェブサイト(太字は筆者))
J-クレジットの目的は、実態としてCO2排出削減を進めることでもCO2排出削減を称揚することでもなく、資金を循環させること、となっています。
さて、企業の環境活動はCO2削減だけではりません。大きく分けると、地球温暖化防止(CO2削減)、資源循環(廃棄物削減やリサイクル推進)、公害防止(化学物質削減)の3つに分類されます。それぞれ、省エネ法や温対法、廃棄物処理法、大気汚染防止法や水質汚濁防止法などの法律を順守するとともに、地球環境に配慮しながら事業活動を進めなければなりません。
廃棄物処理法では事業者が排出する産業廃棄物の排出、運搬、処分方法などが厳格に定められています。大気汚染防止法では硫黄酸化物(SOx)や窒素酸化物(NOx)などの大気中への排出基準が、水質汚濁防止法ではカドミウムや水銀、鉛などの公共用水域への排出基準が、それぞれ国や自治体によって細かく指定されています。
ここで、上記資料の1ポツによれば「(炭素)クレジット」とは以下のように説明されています。
省エネ・再エネ設備の導入により排出削減されたり、森林管理により吸収されたりしたCO2等の量(t-CO2単位)を認証
これを炭素以外の環境負荷に当てはめるとどうなるでしょうか。頭の体操をやってみます。
たとえば、産廃クレジット制度。産業廃棄物クレジット創出者(つくるひと)が年間の排出計画を50トンと設定していたところ、分別の徹底や有価売却等の廃棄物削減施策によって排出実績が40トンとなりました。そこで差分である10トン分の産廃クレジットを発行します。
産廃クレジット購入者(つかうひと)は、実際の排出量が10トンだったのですがこのクレジットを購入することによって、自社の産廃排出量をオフセットして産廃ゼロと申告したり顧客にアピールすることができます。
たとえば、NOxクレジット制度。窒素酸化物(NOx)クレジット創出者(つくるひと)が一年間NOxの排出基準を順守したので、基準値と実績値の差分をNOxクレジットとして発行します。NOxクレジット購入者(つかうひと)は、実際にはNOxの環境基準を超過して大気中に排出したのですが、このクレジットを購入することによって自社のNOx濃度を…(以下略)
…こんなことは絶対に許されません。
廃棄物と違って炭素は、地球上のどこで排出しても大気中で薄まるので、オフセットできるなどという理屈を子供の目を見て説明できるのでしょうか。
もしもカーボン・クレジット制度やGXリーグなどのカーボンオフセットに取り組んでいる日本企業の皆さんが純粋に自社のCO2排出量が減るのだと信じているのであれば大間違いです。実際には大気中のCO2が減らないのに追加費用を支払って、実態以上にCO2排出削減した”ことにしたい“者と見做されているのです。
■
関連記事
-
エネルギー・環境問題を観察すると「正しい情報が政策決定者に伝わっていない」という感想を抱く場面が多い。あらゆる問題で「政治主導」という言葉が使われ、実際に日本の行政機構が政治の意向を尊重する方向に変りつつある。しかし、それは適切に行われているのだろうか。
-
2014年12月4日、東商ホール(東京・千代田区)で、原子力国民会議とエネルギーと経済・環境を考える会が主催する、第2回原子力国民会議・東京大会が、約550名の参加を得て開催された。
-
20世紀末の地球大気中の温度上昇が、文明活動の排出する膨大な量のCO2などの温室効果ガス(以下CO2 と略記する)の大気中濃度の増加に起因すると主張するIPCC(気候変動に関する政府間パネル、国連の下部機構)による科学の仮説、いわゆる「地球温暖化のCO2原因説」に基づいて、世界各国のCO2排出削減量を割当てた京都議定書の約束期間が終わって、いま、温暖化対策の新しい枠組みを決めるポスト京都議定書のための国際間交渉が難航している。
-
17の国連持続可能目標(SDGs)のうち、エネルギーに関するものは7番目の「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」である。 しかし、上記の資料は国連で採択されたSDGsの要約版のようなものであり、原文を見ると、SDG7は
-
国土交通省の資料「河川砂防技術基準 調査編」を見ていたら印象的な図があった。東京の毎年の1日の降水量の最大値だ。 ダントツに多いのが1958年。狩野川台風によるものだ。気象庁ホームページを見ると372ミリとなっている。図
-
昨年10月のアゴラ記事で、2024年6月11日に米下院司法委員会が公表した気候カルテルに関する調査報告書のサマリーを紹介しました。 米下院司法委が大手金融機関と左翼活動家の気候カルテルを暴く サマリーでは具体性がなくES
-
元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 現状、地球環境問題と言えば、まず「地球温暖化(気候変動)」であり、次に「資源の浪費」、「生態系の危機」となっている。 しかし、一昔前には、地球環境問題として定義されるものとして
-
70年代の石油燃料にたよっていた時代から燃料多様化の時代へ 図1は日本の電源構成比率の推移を示しています。一番上がオイルショック時の1975年です。70年代以前は石油の値段が安かったため、石油火力発電の割合が多く全発電量
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間

















