英国もサステナビリティ情報開示を簡素化へ:環境・人権の一律開示はやめる

筆者は先日、オーストラリア政府がサステナビリティ情報開示の簡素化に向けたパブリックコメントを開始したことを紹介しました。
オーストラリアも脱炭素開示を簡素化:スコープ3の厳格監査は無理 | アゴラ 言論プラットフォーム
豪州政府は、スコープ3が第三者データや推計値に依存するため厳格な「合理的保証」にそぐわないとして、限定的保証にとどめる案を提示しました。さらに中小企業を大企業による「過大または不合理なデータ要求」から守り、政府が二次データを用意することまで検討しています。
今度は英国です。
英国政府は9月7日、企業報告制度を抜本的に見直す「Modernising Corporate Reporting」のパブリックコメントを開始しました。目的として明記されているのは「経済成長」と「英国の国際競争力強化」です。
サステナビリティ情報開示は「長すぎ、複雑すぎ、焦点を失った」
英国政府の問題意識は実に分かりやすいものです。企業が課される情報開示に対して産業界側から、
道を見失い、長すぎ、複雑すぎ、焦点を失った(the strategic report has lost its way and has become too long, complicated and unfocused.)
との声が寄せられていると紹介しています。
さらに、英国勅許会計士協会(ICAS)からは、
年次報告書は情報のゴミ捨て場と化した(The annual report has evolved into a dumping ground for information)
との強烈な意見まで寄せられています。いやー、「ゴミ捨て場」とは。筆者でもそこまでは言えません(笑)。
英国政府自身も、報告義務を次々と追加した結果、
年次報告書の分量と複雑性が増し、長大な文書によって透明性を薄めている
として、暗に失敗を認めました。
情報をたくさん開示すれば透明性が高まるのではなく、情報を詰め込みすぎた結果、逆に透明性が低下したというわけです。
英国政府の皆さん、ようやく気づきましたか。
環境・人権・社会の「一律開示」を削除へ
今回の提案で特に興味深いのは、現在法律で明示的に要求している非財務情報の一律開示を大幅に削除することです。
英国政府が削除候補として列挙しているのは、
- 環境問題と企業活動による環境への影響
- 従業員(雇用方針、エンゲージメント、ダイバーシティ等)
- 社会的責任
- 地域社会との関係
- 人権
- 腐敗・贈収賄防止
などです。
もちろん「もう環境や人権について報告するな」という話ではありません。英国政府は、
「これらが企業の業績や事業にとって財務的に重要である場合まで、企業が報告をやめるという意味ではない」
と言っています。
サステナビリティだから何でも一律に書け、という義務化から、企業にとって財務的に重要なら書け、という見直しを行ったことになります。英国政府の皆さん、きわめて真っ当な判断です。
「チェック欄を埋めるだけ」の開示から脱却
英国政府は、現在の細かな開示義務について、
コンプライアンスとチェック欄を埋めることへの過度な集中(an excessive focus on compliance and a tick-box approach to reporting)
を生んでいると指摘しています。
さらに今回の改革によって、
企業の取締役会の考え方を「チェック欄を埋める(box-ticking)」コンプライアンス型から、企業価値を生み出す問題をより深く戦略的に検討する(more strategic interrogation of issues that generate company value)方向へ転換する
とまで書いています。
筆者がこれまで「ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい無駄仕事)」と呼んできたものを、英国政府は上品に「box-ticking」と呼んでいます。
企業本来の仕事を邪魔していた?
大臣序文もなかなか痛烈です。英国の企業報告法制について、
場当たり的かつ断片的に発展した結果、複雑な規制群となり、その多くが雇用を生み出し富を創出するという企業本来の仕事から企業を逸らしている
と反省しています。
これも、まさに我が意を得たり。企業の仕事はサステナビリティ報告書を書くことではありません。雇用を生み、製品やサービスを提供し、富を創出することです。
気候開示は今回の見直し対象外
ただし、今回のパブコメで、既存の気候関連財務開示(CFD)を廃止・簡素化するわけではないようです。英国政府は、
本パブコメには、CFD要件の将来に関する提案は含まれていない
と明言しています。
CFDについては別途レビュー中で、2027年春までに結果が出る予定です。また英国政府はISSBの「財務的マテリアリティ」アプローチを強く支持しており、2026年2月にはISSBをベースとしたUK SRSも公表しています。
したがって、現時点では英国が脱炭素情報開示そのものをやめるという話ではないようです。それでも今回の方向転換に関するパブコメの実施は産業界に対する明確なメッセージとなります。
米欧豪英と来て、さて日本は?
米国では証券取引委員会(SEC)がスコープ3を最終規則から削除しました。欧州ではCSRD/CSDDDが大幅に簡素化され、事実上の骨抜きが進んでいます。オーストラリアはスコープ3の厳格保証を見直し、英国も環境・人権・社会などの一律開示を削減しようとしています。
ところが日本では今年からSSBJ基準によるサステナビリティ情報開示の義務化対象期間に入りました。英国では「長すぎ、複雑すぎ、焦点を失った」「チェック欄を埋めるだけ」「ゴミ捨て場」と言われ企業の開示負担を減らそうとしているこのタイミングで、我が国はこれからまさに突っ込むところなのです。
本当に企業価値向上につながる情報なら、お上に言われなくても企業は自主的に取り組みます。米欧豪英と同じように、義務化から自由化へと見直すべき時です。
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