米国のパリ協定離脱問題をめぐって

首脳集合写真撮影(首相官邸HPから:編集部)
G7では態度表明せず
トランプ政権はイタリアのG7サミットまでにはパリ協定に対する態度を決めると言われていたが、結論はG7後に持ち越されることになった。5月26-27日のG7タオルミーナサミットのコミュニケでは「米国は気候変動及びパリ協定に関する自国の政策を見直すプロセスにあるため,これらの議題についてコンセンサスに参加する立場にない。米国のこのプロセスを理解し,カナダ,フランス,ドイツ,イタリア,日本及び英国の元首及び首脳並びに欧州理事会及び欧州委員会の議長は,伊勢志摩サミットにおいて表明されたとおり,パリ協定を迅速に実施するとの強固なコミットメントを再確認する」との表現となった。トランプ大統領はサミット後、「パリ協定に関する結論を来週(5月29日の週)に行う」とツイートした。
米政権内のバトル
政権内でスティーブン・バノン上席戦略官、スコット・プルイットEPA長官等がパリ協定からの離脱を主張している一方、レックス・ティラーソン国務長官、イヴァンカ・トランプ氏及びジャレット・クシュナー大統領上級顧問が残留を主張しているという構図があることについては、3月23日の記事で述べたとおりだ。
5月初めには政権内で離脱派が優勢に立っているとの観測記事も出たが、筆者が5月中旬にボンの気候変動交渉会合である米国関係者から話を聞いたところ、一時、土俵際に追い詰められた残留派が盛り返し、50:50の状態になっているという。彼によれば「ホワイトハウス内で離脱派が優勢になったため、残留派がそれをプレスにリークし、結果としてパリ協定残留に向けたプレッシャーが高まった」という。
事実、この報道が出てから各方面から米国のパリ協定残留を促すコメントや声明が出ている。米国ビジネス界ではアップル、BP、グーグル、マイクロソフト、シェル、ユニリーヴァ等のCEOが連名でレターを発出し、パリ協定残留を訴えている。また5月に就任したマクロン仏大統領はトランプ大統領との電話会談でパリ協定残留を強く働きかけたという。G7サミットでも各国首脳からトランプ大統領に対してパリ協定残
パリ協定の目標下方修正は可能か
パリ協定からの離脱の是非をめぐる大きな論点は「パリ協定の下で目標の下方修正は可能なのか」というものである。トランプ政権は残留派も含め、オバマ政権の出した2025年までに2005年比▲26-28%減という削減目標は撤回すべきであるとのポジションだ。そうした中で離脱派は「パリ協定第11条第4項では A Party may at any time adjust its existing nationally determined contribution with a view to enhance its level of ambition と規定されている。目標見直しは上方修正のみ可能であり、下方修正は許されない。トランプ政権はクリーンパワープランを含め、オバマ政権の温暖化対策を大幅に弱めつつあり、オバマ目標を維持したままでパリ協定に残留していると国内での訴訟リスクを招く」と主張している。
しかし、1980年代の終わりから国務省で一貫して温暖化交渉に関与し、パリ協定策定にも深く関与したスーザン・ビニアーズ元国務省法律顧問は「パリ協定は注意深く作られており、締約国が目標をどのように見直そうとそれを禁ずるものではない。またパリ協定には自力執行力のある(self-executing)条約ではなく、パリ協定実施のための国内法が無い限り、各国の国内政策をいかなる意味でも拘束するものではない」と述べている。これまでの交渉経緯を振り返れば、このビニアーズ顧問の解釈に理がある。離脱派の解釈に従えば、一度、目標を提出したら、それが下限値として拘束力を持つことになってしまい、ボトムアップを旨とするパリ協定の趣旨に反するからだ。
目標見直しの解釈は日本にも関連
このパリ協定の解釈は日本にとっても決して無関係ではない。日本はパリ協定に先駆けて2030年までに2013年比▲26%という目標を提出した。これは電力需要が自然体から▲17%、総発電量に占める再エネのシェアが22-24%、原子力のシェアが20-22%というエネルギーミックスを前提としたものである。この目標の実現可能性はあげて原子力発電所の再稼動や運転期間の延長が着実に進むか否かにかかっている。仮に原発の再稼動が新規制基準への適合性審査の遅れや運転差し止め訴訟等により大幅に遅れることとなれば、再エネや省エネを大幅に上積みしない限り目標が達成できなくなる。この場合、電力コストが大幅に上昇し、日本経済や産業競争力に深刻な影響が出ることとなろう。状況如何によっては目標の下方見直しの可能性も論理的可能性として排除できない。「一度出した目標は何があっても下方修正できない」との解釈で米国がパリ協定を離脱することは、日本にも影響を及ぼすのである。
トランプ大統領のツイートに従えば、今週中には米国がパリ協定残留・離脱を決めることになる。パリ協定の最大の特色は全員参加を確保するための現実的なボトムアップのフレームワークであるということだ。米国が誤った解釈に基づいて離脱することで、おかしな前例ができないよう望みたいものである。

関連記事
-
トランプ大統領は就任初日に発表した大統領令「Unleashing American Energy – The White House」において、環境保護庁(EPA)に対し、2009年のEndangerment Findi
-
2023年10月に開設されたカーボン・クレジット市場では取引対象が「J-クレジット」となっています。前回も紹介した海外の杜撰な森林クレジット等と違って、日本のJ-クレジットは政府が行う厳密な制度であり、事業者のカーボンニ
-
「国民的議論」とは便利な言葉だ。しかし、実際のところ何を表しているのか不明確。そのうえ、仮にそれに実体があるとしても、その集約方法についてコンセンサスがあるとは思えない。
-
ハリケーン・アイダがルイジアナ州を襲ったが、16年前のハリケーン・カトリーナのような災害は起きなかった。防災投資が奏功したのだ。ウォール・ストリート・ジャーナルが社説で簡潔にまとめている。 ハリケーン・アイダは日曜日、カ
-
2018年4月8日正午ごろ、九州電力管内での太陽光発電の出力が電力需要の8割にまで達した。九州は全国でも大規模太陽光発電所、いわゆるメガソーラーの開発が最も盛んな地域の一つであり、必然的に送配電網に自然変動電源が与える影
-
厚生労働省は原発事故後の食品中の放射性物質に係る基準値の設定案を定め、現在意見公募中である。原発事故後に定めたセシウム(134と137の合計値)の暫定基準値は500Bq/kgであった。これを生涯内部被曝線量を100mSv以下にすることを目的として、それぞれ食品により100Bq/kgあるいはそれ以下に下げるという基準を厳格にした案である。私は以下の理由で、これに反対する意見を提出した。
-
茨城大学理学部の高妻孝光教授は、福島第1原発事故以来、放射線量の測定を各地で行い、市民への講演活動を行っています。その回数は110回。その取り組みに、GEPRは深い敬意を抱きます
-
今SMR(Small Modular Reactor: SMR)が熱い。 しかし、SMRの概念図を見て最初に思ったのは、「これって〝共通要因〟に致命的に弱いのではないか」ということだ。 SMRは小型の原子炉を多数(10基
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間