グリーンアンモニア、日印協力の「高コスト」を試算する

日印合同経済フォーラムに出席したモディ首相(左)と高市首相
首相官邸HPより
はじめに
報道によれば、2026年7月、高市早苗首相のインド訪問に合わせ、日印両政府は民間企業による水素・グリーンアンモニア生産計画への継続的な財政支援で合意した。
IHIがインドのACMEグループと組み、ラジャスタン州の太陽光発電を用いて年間40万トン規模のグリーンアンモニアを生産する計画で、投資規模は日印企業合計で約4800億円にのぼる。経済産業省は水素社会推進法に基づく「価格差に着目した支援」制度の対象として、IHIを含む7社を認定した。
見落とされがちなのは、この「価格差支援」という言葉が意味するところである。既存の化石燃料由来アンモニアとの価格差を、2045年までの15年間にわたり継続的に補塡するという制度設計そのものが、グリーンアンモニアが市場価格では自立し得ないことを、政府自身が認めているに等しい。
3つの工程、3つのコスト要因
アンモニア(NH₃)は、窒素(N₂)と水素(H₂)を反応させるハーバー・ボッシュ法で合成される。グリーンアンモニアの製造は次の3工程からなる。
- 再生可能エネルギーによる水電解での水素製造
- 空気からの深冷分離による窒素抽出
- 水素と窒素を反応させるハーバー・ボッシュ反応
化学量論的には、アンモニア1トンの製造に水素176kg、窒素823kgを要する(N₂+3H₂→2NH₃)。実プラントではパージ(不活性ガス排出)による数%のロスが生じるため、これを見込むと水素約180kg、窒素約830kg程度となる。
ラフな試算
インドの太陽光発電コストは1kWhあたり0.038ドル(2024年、IRENA調べ、世界2位の安さ)である。今回の案件の立地であるラジャスタン州は、タール砂漠の高い日射量を背景に、Bhadla(バドラ)ソーラーパークなどインド屈指の低コスト太陽光の実績地であり、この数字はまさにこの地域の実力を反映したものといえる。
しかし電解槽のCAPEXがグリーンアンモニアプラント全体の直接コストの4〜5割を占める中で、太陽光のみの稼働では設備利用率(容量係数)が2〜2.5割程度にとどまり、同じ年間生産量を得るには定格の3〜4倍の電解槽容量を用意する必要がある。
この結果、電力代自体は安くとも、水素の全体コストは1kgあたり3.5〜5ドル(51〜73円/Nm3)程度、中心値でおよそ4ドル/kg(58円/Nm3)になる。これをアンモニア1トンあたりに換算すると630〜900ドル(中心値約720ドル)となり、全体コストの7割強を占める。
窒素の深冷分離は技術的に成熟しており、コストへの影響は軽微(1トンあたり25〜35ドル程度)である。
一方、ハーバー・ボッシュ反応自体は400〜600℃・最大400気圧という高温高圧を要し、1トンあたり26〜35ギガジュールのエネルギーを消費する。加えて、太陽光の間欠性とハーバー・ボッシュ反応が本来求める定常運転との間にミスマッチがあるため、8〜12時間分の水素バッファー貯蔵設備を備えるのが現在の標準的な設計となっている。この柔軟運転対応が反応工程のコストを押し上げ、1トンあたり80〜150ドル程度になると見積もられる。
合計すると、グリーンアンモニアの製造コストは1トンあたり850〜1050ドル程度という試算になる。これに対し、天然ガス由来の従来型アンモニアの国際市況は、直近で1トンあたり400〜500ドル程度である。つまりグリーンアンモニアは、従来品のおよそ2〜2.5倍のコストを負うことになる。
経産省の目標値との比較
経済産業省は水素の供給コスト目標として、2030年に30円/Nm3、2050年に20円/Nm3(いずれもCIFベース、化石燃料と同等程度の水準)を掲げている。上記の試算値58円/Nm3と比較すると、2030年目標に対して約1.9倍、2050年目標に対して約2.9倍という開きになる。
なお、この58円/Nm3はインド国内での製造コストの試算であり、日本までの液化・輸送・荷役を含むCIFコストではない。経産省目標はCIFベースであるため、輸送費を上乗せすればギャップはさらに広がる方向にある。つまり2〜3倍という数字は、むしろ控えめな見積もりである。
支配要因は「設備利用率」である
この試算で示したいのは、単に水素が高い、という一般論ではない。3工程のコスト配分を見れば、水素製造が7割強、ハーバー・ボッシュの柔軟運転対応が1〜2割、窒素分離はわずか数%にとどまる。
そして水素製造とハーバー・ボッシュの両方に共通するコスト増の本質は、電力価格そのものよりも、太陽光という間欠電源に合わせて設備を運用することで生じる設備利用率(容量係数)の低さにある。
これは、LCOE(均等化発電原価)だけで再生可能エネルギーの経済性を語ることの限界を、そのまま映し出している。設備は発電時だけでなく、24時間365日の稼働を前提に建設・償却されるものであり、その設備を間欠運転させれば、単位生産量あたりの資本費は必然的に膨らむ。
FCOE(総合発電原価)的な視点で見れば、この「設備利用率の壁」こそがグリーン水素・グリーンアンモニアの構造的な高コストの正体である。
インドの負担は限定的
今回の支援スキームの負担構造にも触れておきたい。インド政府の「国家グリーン水素ミッション」の中核であるSIGHTプログラムでは、グリーンアンモニアへのインセンティブは生産開始から3年間限定で、1年目1kgあたり8.82ルピー(現在レートで約0.1米ドル/kg)、2年目7.06ルピー、3年目5.30ルピーと逓減していく。
一方、日本の経済産業省による「価格差に着目した支援」は、既存の化石燃料由来アンモニアとの価格差を2045年までの15年間、継続的に埋める設計である。
インド側は3年限定・数十円/kg規模の生産側インセンティブ(産業育成目的)にとどまり、この構造的な高コストの穴を最終的に埋めているのは、実質的に日本の財政という構図になる。
むすび
今回の日印協力は、エネルギー安全保障の観点からは合理性を持つ。中東情勢の不透明感を踏まえれば、調達源の多様化そのものに意味はある。しかし、経済性の観点から見れば、2045年までの15年間という長期にわたる価格差補塡を前提とした事業であり、その負担の大半を日本側が担う構造であることは、冷静に記録しておく必要がある。
グリーンアンモニアが「高コストアンモニア」であることは、感情論ではなく、化学量論とエネルギー収支から導かれる、静かな事実である。
こうしたエネルギー安全保障目的の対外コミットメントは、外遊のたびに首脳間の合意として発表される一方、その財源が最終的にどこから賄われるのかという国内の負担論とは、往々にして切り離して語られる。両者を接続して論じることも、今後の課題として付言しておきたい。
※ 試算はオーダーエスティメートであり、実際のプロジェクト条件により変動しうる点にご留意いただきたい。
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